第五回


 研究室から帰ってくると、部屋にオークがいた。オークのぼくがいうのもなんだが。


「父さん!」

「おう」


 なんで父さんがいるのか。ロザリィが前に座っている。


「話は聞いたぞ。…そのお嬢さん大変だったんだな」

「うん」

「最初は部屋に女連れ込んでるとか何考えてんだ、一発くらい殴ろうかと思ってたんだが…事情はわかった」


 まあそうだ。ぼくが息子が部屋に女連れ込んでるとかいわれても同じことを思うだろう。


「それにしたって…よりによって神殿か…ご両親に謝れと言いたいとこだったんだが、むしろこっちが神殿に謝って欲しいレベルだな」

「ぼくはいいけどロザリィにね」

「そうだな」


 ロザリィにお茶を淹れてもらった父は、美味しそうにお茶を飲む。


「こいつ、オークなんか作りたくないとか言ってたから一生一人なんだと思ってたんで、まさかこうなるとは思わなかったが」

「彼は優しいし、頼りになります。わたし、何回も命を助けてもらいました。離れたくない理由に、なりませんか」

「…申し訳ないって思ってるならやめといた方がいい。この朴念仁、一緒にいて楽しいか?」


 父は学はない(と言いつつ普通に読み書き算盤はできるし、何処で知ったんだというレベルの知識がある)が、本質を突くのはぼくよりも得意だ。


「…凄くいろんなこと知っててびっくりですよ。毎日が、新鮮です」

「そうか、楽しそうで何よりだ。なら俺はいい。問題は…来るぞ」


 魔力感知はできないはずの父だが、本能的な感は鋭い。ぼくとロザリィは恐ろしい規模の魔力に恐怖すら覚える。この国にごくわずかしかいない生体戦略兵器だいなないかい。そいつが大気すら震わせている。


「なにこの巨大な魔力…」

「紹介しましょう…ぼくの、母です」

「魔力感知できない俺でも恐怖感じるレベルだぞ、本能的に」


 母はもう50をはるかに過ぎているはずなのだが、見た目はそれよりはるかに若く見える。しかし…


「神殿の『聖女』だというからどれほどかと思ったのだけど、案外普通ね」

「は、はじめまして…」

「…うちの息子を誑かした覚悟はできてるんでしょうね、雌猫」

「ちょっと待ってくれ母さん。その責任はぼくにある」

「…デュラルは黙ってなさい」

「ちょっ」


 あー、なんとなく想像はついたけど、そういうこと初対面の相手にするの、やめて欲しいなぁ。


「彼は…命の恩人です。彼がいなければわたしはここにいません!」

「ほう」

「彼には…一生かけても償えません…」

「そうか」

「もし離れろと言われるなら、そのときは彼にこの命、預けます」

「ちょっと待ってロザリィ!」


 重いよ重すぎる!人の命預けられてもキツイんだが。


「…デュラル、自分のしたことが分かった?」


 急に母が魔力を小さくする。やっぱり試したのか。酷いな母さん。でも、他に選択肢はなかったよ、ぼくには。


「…また、やってしまったってことだね」

「今度は猫とは違うんだよ!責任取れるの!?」

「あの…妊娠とかならしないと思うんでお気遣いなく…」


 ロザリィのななめ上からの砲撃に、両親が頭を抱える。


「なにやってんだこのバカ息子!」

「…妊娠しない?それはどういうこと?」


 父の反応が世間的には普通だと思う。うちはオークの父のほうが常識的な家庭です。


「魔力供給、他に方法を思いつかなかった…」

「まさか!」


 母は気がついたようだ。


「リンネル教授…全くなんで言わなかったの…」

「どういうこと?」

「学院の無人神殿、知らないの!」

「何だよそれ!」

「やられた…デュラル、あんたハメて嵌められたよ」

「はぁ?」


 母の言ってる意味がわからない。


「ホウライの学部長。あれも元聖女だって知らないのか?」

「知るわけないだろ!」

「…どういう…ことです!」

「魔力供給の手段はもう1つあったのよ。知らせなかったリンネルのヤツが一番悪いけど」


 ぼくは崩れ落ちた。そんな方法があるなら言って貰いたかったものだ。


「もっともあいつ、ワザと知らせなかった可能性は非常に高いわ」

「なんでだよ」

「わからない?学院の無人神殿の制御下に置かれるってことは、要は学院付きの『聖女』にするってことよ」

「!」


 ロザリィが固まる。一度破門されておいて今更聖女になど戻りたくないだろう。


「それでか!そのリンネルとかいう教授、お嬢さんを『普通』にしたかったのか」

「あんたの推察通りよ。青二才のデュラルは気づかなかっただろうけどね」


 そこまで情報持ってない父さんでもわかるってことはだ…冷静に考えたらわかったんじゃないか?やられた…畜生。道理で何の文句も言わないわけだ教授たぬきおやじめ!


「そ、かくしてうちのバカ息子はお嬢さんを助けられて、若い二人は結ばれました、めでたしめでたし」

「ひでぇなおい。訴訟も辞さないレベルだぞ」


 父さん、うちの教授に訴訟するのか?なにをどうやって…オークに訴訟起こされる学院教授か。ゴシップ雑誌が厚くなるな。


「美人局もいいとこじゃねぇか。お嬢さんが理解してなくてやらせたのが最悪だ!」

「でももう、彼女の処女は帰ってこないよ」

「そういう問題?」

「おまえもズレてないか」


 あんまりわかってないなロザリィ。…ぼくもちょっとパニックを起こしている。そうだね、ズレてるよ父さん。


「こうなるともう、あんたが責任取るしかないのよデュラル」


 いろんなことを甘く考えていすぎたのは間違いない。


「まぁアレだ、案としては2つある」

「なんだい父さん」

「まずは知っててハメさせて嵌めた教授に、とりあえず責任の一部を取ってもらう」

「どういうこと?」

「お嬢さんの生活費どうにかしてもらおう。お前が魔導技術士取るまで」

「無理筋だと思うけど…」

「息子の進学だけでなくアカの他人まで面倒みろと?」


 父のいうことももっともではある。


「それと…お前寮に入れ」

「え?」

「寮費位は出してやる。親としてな。そこのお嬢さんがこの部屋住むんだ」

「それは…」

「週末位は二人で過ごしてもいいから。それが妥協ライン」


 それならワンルーム同棲と言われることはなくなるな。なるほど。


「その後のことは、自分たちで決めろ。いいな」

「…ありがとうございます」


 ロザリィが父に頭を下げる。


「いやお嬢さんは悪くない。一番悪いのはそのリンネルとかいう教授で次がうちのバカだ。まともに助けられもしないのにしゃしゃり出てこのざま」

「甘いわね…」


 母さん怖いよ、次はなにを言い出すつもりだ?


「まぁうちの宿六に免じてそれで勘弁してあげるわ」

「はい」

「でも、ロザリィさん…たった1つだけ、約束しなさい」

「…何で、しょうか」

「自分を、大切にしなさい、あなた」


 真剣に、だけどどこか親身にロザリィに母が言った言葉は、ぼくにも耳が痛かった。ロザリィが真っ直ぐに母を見つめてうなづく。ぼくには彼女が眩しくて、まっすぐ見てられなかった。

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