講義第二十三回「これらの生物で共通して持つ遺伝子があるんです。そしてそれは」
死闘は続いている。
接近戦は比較的得意なのか、かなりの近い間合いで剣を振り回すフィッツ教授。自分とヘリオス教授は合間合間に槍で攻撃しているが、首が複数あるせいか、隙がない。
「…ラチがあきませんね」
「このままずっと戦うのも厳しいな…一時間…ムリだな」
フィッツ教授の息が上がっている。この中で最年長だからな。
「どうする?」
「火炎は効かない、他の魔法がどうか試す暇もない…」
教授が何か短く詠唱し、キマイラに魔法を当てた。少し光ったように見えるが、特に効果はなさそうである。魔力の無駄づかいではないか。
「…よし…試してみたい手があります」
「ヘリオス教授?本当か?」
「あいつがぼくの知ってるのと同じ手で作られているなら、何とかなります。ならなかったら持久戦ですが…」
「やってみてもらえるか」
「詠唱に時間が少しかかります。5分持たせられます?」
「わたしが出よう」
ファインブルグ教授が、杖に魔力を集めている。剣がわりになるのかその杖。杖が光り輝く。
「これなら…だがそう長くは持たんぞ」
「わかりました。ロザリィ!」
「使うつもりなの!?あの魔法を!ここで今!」
二人が少し下がって詠唱を開始する。不思議なのだが、ずっと昔、聞いたことがある気がする詠唱である。どこか優しい詠唱。
キマイラと自分達の状況は変わらない。剣を、槍を、杖をかわしつつキマイラが牙を、爪をこちらに突き立てる。
かろうじてかわしてはいるが、徐々に追い詰められていく気がする…まだか…かすった。
「教授!まだですか!!」
不意に、二人を中心に緑色の光の柱が出現した。
「離れて!」
フランシス先生の声とともに前衛陣が散開する。教授とフランシス先生の詠唱が、終わる。
二人の詠唱が終わると同時に、淡い緑色の光の奔流がキマイラを襲う。眩しい光に目が眩んだのかキマイラは目をつぶり暴れている。
「はぁ…はぁ…ぶっつけ本番だけど…」
「やったか。はやめましょう…」
教授が何かのフラグを潰したようである。しかし初めて聞いた詠唱だが…なんの魔法だろうかこれは。
「…はぁ…ふぅ…」
フランシス先生はまだ息が荒い。
「…ふう…さて、この魔法について説明したいと思います。まずこのキマイラなんですが、結合部分は通常の組織と別だということを先程『確認』しました」
確認?教授は何かを知っていたのか?今光ったのはそれか。
「哺乳類であるライオンとヤギはともかく、ドラゴンをどうやって結合したのかと思ってたんですが、卵胎生、それも胎盤に類する組織を有する種だったみたいですね」
胎盤?なぜそんなものが。
「教授、まさか…キマイラは胎盤類似の組織で融合しているんですか?」
自分は思わず聞いてみる。
「はい。これらの生物は妊娠の際、全て胎盤もしくは胎盤類似組織を形成しています。胎盤は出産時に剥がれ落ちます。これらの生物で共通して持つ遺伝子があるんです。そしてそれは出産の際に起動します…つまり、本来であれば結合している組織を」
「…胎盤分離遺伝子起動!確認できたわ!」
緑色の光がキマイラの結合部から放たれる。キマイラはなにが起こっているのか全く理解できていないようである。結合部から大量血が流れ始めた。ヤギの頭が、ゆっくりと滑り落ちていく。
「成功した…
フランシス先生の言うように、ドラゴンの羽のつけ根、頭のつけ根から大量の血が流れていく。一部の臓器が剥がれおちる。大量の臓器と血液を喪ったライオン部もだんだんと動きが鈍る。ついに唸り声をあげ動かなくなった。
「体内の血液のほとんどが流れ出たんです。死なない生物はいません」
とうとう、全ての頭が少しも動けなくなった。目を見開いたままライオンの頭は死んだようだ。
「サバンナに帰りたかったんでしょうね…」
教授はそっと、ライオンの目を閉じてやった。
「本来であれば、出産の際に胎盤の癒着を防ぐ目的の魔法よ。こんな使い方をするとは皮肉なものね」
「そうですね。医学の退化が激しかった時代に何とか子供達と母親達を護りたい、そのために生まれた魔法群です。この世で最も慈愛に満ちた魔法」
先輩達もやって来た。
「…それを使って、生物を殺せるんだ…」
チェイン先輩の言う通りだ。本来の使い方からは考えられない結果だ。
「いかなる道具も、使い方次第で武器に変わります。このキマイラも、魔族にとっては道具だったのでしょう。奴らには、残念でしたね、とでも言っておきましょうか」
教授が少し怖い。
「…これで、ぼくは『魔族の敵』になったわけですね」
「そうだな」
フィッツ教授が教授の肩に手を置く。
「意外に早かっただろ」
「生きてるうちに魔族を敵に回すとは思ってませんでしたよ」
「魔族も普通のオークなら敵視はしないだろうからな。だがもうそうはいかなくなるぞ」
「覚悟が必要、ですか」
「ウチの家なんて生まれた時から覚悟させられるんだぞ」
勇者も大変である。
「…それ言ったら生まれでいうならぼくは魔族の側でしょうが」
「まぁそうではあるな」
「…デュラルは魔族につきたかった?」
それはありえない、とわかっていても聞きたくなるものだろうか。フランシス先生ってたまにそういうことをいうなぁ。
「…今のオークはそもそも、魔族の家畜のような存在です。家畜にされるなんて、ぼくは洗脳されたりでもしない限り勘弁です。それに」
「それに?」
「魔族が飼育し、繁殖のための苗床としての人間を調達することでオークは存続しています。人類にとっては魔族と同等の敵です」
「…そんな言い方」
「…もっともぼくや、ぼくの父は別みたいですが。人間並みの知能持ったオークなんて、魔族にとっても脅威でしょう」
「だからヘリオス教授のご両親は隠棲してるのか」
ファインブルグ教授もやってきた。あちこち擦り傷だらけだ。
「そうですね。ぼくの存在も
「…辛いな。同族で殺しあうのは」
「…同族とは、あまり思えないです」
「そうね。オークとデュラルじゃ、見た目はともかく中身が全然別物だもん」
「さすがに積極的に滅ぼそう、なんて言いはしませんが、魔族が滅んだらいずれオークも滅ぶでしょう。でも、それでいいです」
「よくない!」
フランシス先生が急に声を張り上げる。
「デュラルは、何か悪いことした?あの時も、みんなのために戦って。魔法研究進めて。いっつも一生懸命で。今回も。それで!滅んでいいです!?」
「…ロザリィ?」
「そんなの!世界が認めても!私は!認めない!絶対に!」
「…今日明日の話じゃないですよ。ぼくが死んだ後の話です」
教授が優しく微笑んで先生の頭を軽く撫でる。
「そうだな。それはまだだいぶ先なんじゃないか?」
へたり込んだままファインブルグ教授が苦笑している。魔道士が身体動かすのは大変だったようだ。
「ヘリオス教授は幸せ者だな。世界を敵に回しても守ってくれる嫁がいるんだから」
フィッツ教授、ニヤけながらフランシス先生と教授を見比べる。フランシス先生、顔真っ赤です。教授も茹で豚になった。
「…一つだけ、約束して?」
「なんです?」
「私が死ぬまで、死んだら許さないから!!」
「…約束、しますね」
「それに…」
「それに?」
「…ううん、今は、まだいい」
「?」
こうして、第三種生物災害の脅威から蔡都は救われ、同時に学院も倒産の危機を回避できたのである。
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