講義第九回「知らなかったとはいえ、いや知らなかったからこそ、ぼくは罪人です」
森の精霊とのお話も済んで、つつがなく帰途につける、そう思って森を出ようとした時のことだ。
「教授」
「…会いたくない方々にあってしまいましたね…」
「そういうな。向こうにゃ向こうの立場もある」
騎士達と教授が何やら話している。
夕日をバックに黒い服の女性が2人、こちらを睨みつけている。頭にはフードのようなものを被っている。それにしても敵愾心丸出しの視線だ。…何か恨まれることをしたか?
「…聖女」
フランシス先生が小さく呟く。肩が震えている。教授がそっと先生の肩に手を置く。
「…心配ないですよ。大丈夫」
小声で教授が先生に何か言っている。
…不意に違和感を感じる。
「教授!」
「つっ!」
フランシス先生に置いていた教授の手に、「何か」が当たった。しかし当たったものが何かもわからない。魔法か?
「ちょっと!」
フランシス先生が女性達に声を荒げる。彼女達は黙ったままである。
「文句があるならわたしに言いなさい!卑怯じゃない!」
「まずい!」
教授がフランシス先生を庇うように伏せる。また「何か」が通り過ぎたような感覚を受ける。
「まさか!無詠唱!?」
高位の魔導師なら無詠唱で「頭の中で」処理を行いそのまま魔法を構成できる。
「違うわ!彼女達は無詠唱すら必要ないの」
なんですかそれ!フランシス先生!
「…『想起』ですね」
「考えただけで何か起こせるってこと?」
「そうです。もうこれは魔法っていっていいのか疑問がわきますね」
…本気で来るとしたらこんなものでは済まないのだろうか。教授たちは多少なり『聖女』を知っているのか。それにしても、彼女らを敵に回すことがこうも恐ろしいとは。脚だけを構える。油断している今飛び込めば、接近しさえ
「…総合的な身体能力では彼女達と、辛うじてぼくやシュヴァリエさんが互角。次いでロザリィ。騎士の方々は神殿の側なんで参加できません」
「そんなに!?」
だから教授心を読まないで下さい。お願いいたします。
「そこに魔法です。威力はともかく、無詠唱どころかそれ以上の速さ。まともに戦うなどムリです。もっともぼく以外とはあちらさんは戦わないとは思いますが」
教授は諦めているような発言をする。しかし目だけは諦めとは程遠い目だ。フランシス先生は敵意、いや殺意のこもった目をしている。まずい、抑えて下さい先生。
「…でもおかしいですね。聖女は普通三人で行動しているはず…三人目は」
「あなたたち…何をしてるの」
「エルダー様」
年かさ?なんだろうか。見た目では全くわからない。どうやら三人目、年上の聖女がやってきたようだ。
「この者たちとは接触するなと言ったはずです」
「ですが!」
「…お行きなさい」
「…はい」
…どうやら助かったようだ。二人の聖女は何やら呟きながらどこかに行こうとしている。
「待ちなさい!」
フランシス先生、もう揉め事増やさないで下さい。
「その詠唱、やめろ」
フランシス先生の殺意のこもった視線と、氷のような発言が緊張を高める。二人が無言になる。次の瞬間。
ゴンっ!
教授の後頭部に石が転がり、教授が倒れ込んだ。
「うわあ!」
「教授!なんだよこれ!」
「デュラルうう!ちょっと何よこれ!」
教授、何やらダイイングメッセージを地面に書こうとしている。
「一発だけなら誤射」
…なんだろう、それは違うのではないか?
「違うわ!私達じゃないんだから!」
聖女たちもかなり驚いているようだ。普通に考えたら犯人は彼女たちだろうが、でも今明らかに彼女たちが詠唱してないときに石出てきたよな?
「じゃあ誰だっていうのよ!」
フランシス先生と聖女たちが口論をはじめ…
require LIGHT dc spirits
use WARNING
my LIGHTOBJ eq LIGHT dc spirits arrow new...
いやこれは詠唱?光属性?空気が震える。先輩たちと騎士たちも震えている。無理もない。先生と『聖女』がぶつかり合うとしたら、最悪第6位階魔導師とそれに匹敵する存在との決戦だ。あたり一面焦土と化してもおかしくない。でも何故だろうか、聖女たちまで震えてるようにも見える。
「やめなさい」
詠唱合戦に年かさの聖女が介入した。
「…お行きなさいといったのがわからないの?口で言わないとわからないんじゃ、動物と同じよ」
酷いことを言う。今度こそ聖女たちはそそくさとどこかに行ってしまった。
「ふう…プロテクターがないと即死でしたよ」
「無様ね」
「あのね!」
フランシス先生が年上の聖女に食ってかかる。しかし思ったほどには教授、ダメージを負っているようには見えない。
「…無様といったのはそのオークのことじゃないわ」
「え?」
「さっきのあれはお前の魔法ね」
「バレました?」
口元に笑みを浮かべる教授だが、自分で石を頭にぶつけたのか?なんでそんなことを?
「なんでそんなことしたのデュラル!」
「いやぁ、場合によっては介入せざるを得ないかと思ったんでこっそり…」
「でもよ、それじゃあ頭にぶつけた理由にはならないだろ」
ダービー…さんだったっけ、ヒゲの騎士も不思議そうに教授を見ている。
「結果的にぶつけちゃいましたけど…これは防げましたよ」
「呪術!」
何やら呪術体系が石に数百も書き連ねられている。一つ一つの呪術はそう威力の高いものではなさそうである。…なんだこれ、便秘とこむら返りの呪術なんてあるのか…
「本当ならぼくの頭がこうなってたでしょうね」
「なんなの!もういい加減にしてよ!」
フランシス先生が泣きそうになっている。
「こんなの!いつ迄続けるのよ!聖女は人間を守る存在でしょ!」
そのまま座り込む。
「…お前は、そのオークのことを人間だとでも」
「!」
確かに、聖女の言うことも外れてはいないのかもしれない。
「あくまで我々は、人間を守る存在。守護対象の中に、そのオークは入ってはいない」
「そう言うことです」
教授も座り込んで諭すようにいう。
「あの時、彼女たちのルールを破ったのはぼくらの方です。ぼくは知らなかった。知らなかったとはいえ、いや知らなかったからこそ、ぼくは罪人です」
「でも!」
「…だからといってむざむざやられたりはしませんよ、ぼくは。かといって、彼女たちを傷つける気もありません」
「デュラル…いつまで、こんなの…」
「ほらほら、泣かないで下さいよ。いい大人が、ね」
教授がハンカチを渡している。気がきくというかなんというか。
「でも…でも…」
「やれやれ…お前の方が我々よりよっぽど聖人じゃないか。オークのくせに」
「…ここまでぼくを攻撃する必要性、それはなんです?」
「…聞く必要が、あるのか?」
「少なくとも、以前はここまではされなかったですよ。こうなった理由は知りたいですね」
「いいか」
教授のそばに聖女が近寄る。泣いているフランシス先生を抱きかかえたまま教授が聖女の耳打ちを受ける。
「…」
「他言無用で、頼む」
「状況はわかりました。しかし…大丈夫なんですか?」
「…大丈夫、と言いたいところだがな…」
一体何を言ったのだろう。
「できるなら、少なくとも状況が変わるまでなるべく近寄らないで欲しい」
「…今日もそのつもりだったんですけどね。逃げ損ねました」
「次に私達を見たら、迷わずに逃げろ」
「そうします」
どうやら年かさの聖女は味方とまでは言えないが、敵ではないようだ。聖女はきびすを返すと去っていった。
「デュラル…今の…」
「聞こえましたか。他言無用でお願いします」
「…うん」
一体二人は何を聞いたのだろうか。
夕日が沈む西の空が、血のような赤に染まっていた。
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