講義第十四回「チョウチンアンコウよりはオトコを見る目があると思ってるわ」
カイギュウ類の写真を厳選して、学院に報告を行った後、当然のように打ち上げに突入した。何故か酒の類、新鮮な魚料理が並べてある。生魚もあるが…遠慮したいところだ。クレア先輩と教授は躊躇いなく食べている。君ら野人か。さて。乾杯後僅か1時間もしない時のことである。何でどういう流れでこの発言が飛び出たかは覚えていない。多分メガネがフランシス先生と教授のことをからかったんだろう。
「チョウチンアンコウよりはオトコを見る目があると思ってるわ」
フランシス先生の史上稀に見る暴言は、打ち上げの席に第七位階氷結魔法をぶち込むレベルの代物であった。一瞬臨海実習の打ち上げの席が凍りつく。下ネタなど絶対平気であろう海の男の漁師衆すら凍っている。
さすがのオーク教授も反撃にでる。
「それって、地球上で最もオトコを見る目のない生物の1種じゃないですか!」
「そうでもないでしょー。DVしたり強姦殺害たりする生物もいるんだからー」
「あぁまぁそれはそうですが…って、チョウチンアンコウのオスって寄生虫っていうかヒモじゃあないですか!」
「しかも性器付近中心にくっつくのよ」
「…ヒモの上に交尾のことしか考えてないとかクズ中のクズじゃねぇか!」
若い漁師がストレートにツッコむ。
「それよりはマシて、流石に教授はもうちょいいい男じゃないの?」
珍しくメガネが擁護に入る。
「いい男、ね。もちろんそんなのわかってるわよーだからこそチョウチンアンコウよりは見る目があるって言ってるのよー」
「う わ ぁ …」
みんなドン引きである。フランシス先生コップの酒を3分の2ほど飲み干している。…結構その酒強いんですけど。
「どうしたらいいんでしょうぼく」
教授の目が船長に助けを求めている。
「ワシにふらんといてください」
「でもカークさんだけですよこの中で妻帯者は」
「…ってもなぁ…こうなったのって、いろいろストレス溜まってるんでしょ?」
「まぁ、ないとは思いませんがねぇ」
「教授多分あんたこれはアレですよ、センセの部屋に行ったら、雑誌が置いてある」
「あの人を殺せる厚さの?」
「そうその人を殺せる厚さと中身の」
「ってもぼくオークですよ…」
世の中には恐ろしい雑誌があるな…人を殺せるってどういうことなのか。教授が申し訳なさそうにフランシス先生を見ている。フランシス先生はまたコップに口をつけている。どれだけ飲むのだろうか先生は。
---
「デュラルはねー、いいとこたっくさんあるしー、わたしもよくわかってる。でもねー、ひとつだけダメなのはねー」
フランシス先生怖い。詠唱してるわけでもないのに言葉に魔力を感じる。先輩たちも男衆もビビってる。
「覚悟が足りない」
急に素の顔になるフランシス先生。本気でめんどくさい人だ。
「覚悟、ですか?」
「そー、かくごー。デュラルのおかあさん、今もおとうさんとなかよくくらしてるんでしょー?」
「な、なんでそれを…」
「学院のメール私用しない!」
…実はそんなに酔ってないな。高位魔導師様恐ろしい。個人情報とか簡単に抜ける模様だ。ガイドライン的に抜くのもアウトじゃないだろうか先生。…いや単に見えただけかもしれないが。
「っても母からメールきたんですよアレ」
仲良いな教授とお母さん。お母さんってオークなんだろうか?
「わたしもねー、デュラルのおとーさんとおかーさんみたいに、デュラルとわたしとで、ずーっと、ずーっとくらしたい」
幼児退行する金髪巨乳。ってこれ単に惚気じゃないか!
「えーでも僕の両親の出会い最悪ですよ…」
「チェイン先輩、フランシス先生って飲むとこうなんですか?」
自分はこっそりチェイン先輩に耳打ちする。タチが悪い酔っ払いってこういうひとのことを言うんだろう。
「普段はここまでじゃないんだけど、どうしたんだろ…」
「先生の友達とか同僚で結婚した人って最近いなかったか?」
カーク船長が不意にそんなことを言い出す。
「そういえば…生物学科の第七研で結婚した人いたね」
「あぁ…そういうことか…。船長、多分彼女の部屋にありますね殺人雑誌」
教授が私の知る限りこれまでで最も深く溜息をつき、頭を抱えた。
「先生も大変だなぁ…」
つくづく思う。
「見た目より年齢行ってるからね、フランシス先生。だからこそ、ね」
チェイン先輩…そんな話、聞きたくなかった。
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フランシス先生はというと、また飲んでる。そろそろ控えた方がいいんじゃなかろうか。
「ロザリィ、そろそろペースを落としたらどうかな」
「えー、じゃあデュラル飲んでよこれー」
「あまり強いの好きじゃないんですけどね」
と言いつつ教授はコップの酒を半分程飲み干した。
「…ずいぶん荒れてますねー」
「うー、だって7研の子の話デュラルも聞いたでしょ?」
「彼女たちは彼女たち、ぼくたちはぼくたちですよ」
「で、デュラルはどうするの」
「それは…」
「デュラルいなかったら他の人に供給してもらうか魔法使うの一切やめるかしかないの分かってるでしょう」
「ぼくでないといけないんですか?」
「今更他の人とかやだよ、絶対」
「…まぁそれは気持ちとしてわからなくはないですけど…ぼく、オークですよ」
「それこそそんなの今更!」
「…そうですね…」
「デュラルこそ!わたしのことイヤなの!?」
「そんなわけないじゃないですか!」
「だったら!」
「…でもね、やっぱり、簡単に幸せにします、なんて言えるわけないじゃないですか」
「じゃあわたしといるの不幸せなの?」
「…それは…」
「デュラルからしたら、わたしはチョウチンアンコウのオスみたいな存在かもしれないけど」
「いやそんなわけないじゃないですか!ロザリィはパートナーですよ立派な」
「…魔力供給的な意味では寄生してるけど…」
「それもぼくが原因ですからね…」
「でも!デュラルが助けてくれなかったら!わたしはここにいない!」
「…」
フランシス先生、重すぎです。教授も胃が痛いんじゃなかろうか。教授、コップを空けた上にさらに酒を注いだ。
「大変だなあ教授たちも…」
船長たちと遠巻きに教授とロザリィ先生の話を聞いている。みんな黙っているしかない。
「…ぼくの、両親に会ってもらえますか?」
「ほぇ?」
フランシス先生ぇ…それはないでしょう。
「ちょっと先生ぇ」
漁師衆にも突っ込まれる。確かにさすがにその反応は酷いのでは?
「は、すすいません。デュラルちょっと急に」
「何にせよぼくたちの今後を考える上で、避けては通れないと思いますから」
「…お前のような奴に息子はやらんとか言われたらどうしよう」
先生、逆です、逆。
「ないないない」
「むしろ喜んで引き取ってくれって言われそう」
先輩たちも酷い。特にメガネは相変わらず酷い発言をする。
「あのねきみね」
「いやそれだったら大変助かるんだけど」
フランシス先生もなんだかんだで現金である。
「まぁわかりましたよ。近いうち両親のところ行きましょう、野外実習ついでに」
「え?わたしたちも行くんですか?」
教授、それはちょっと違うんじゃないでしょうか?自分たちは部外者ですよ。
「いえもちろん、必要な時はちょっと外してもらって…」
「えー」
「だいたい教授はー」
さすがに皆ブーイングタラタラである。そんな感じでグダグダ言っているうち、気がつくと約1名が静かになっている。
「ちょっとロザリィ…皆さんすいません、置いてきてもらえますか部屋に」
「教授運んで下さい」
「…仕方ないですね。ほらロザリィ行くよ」
「はーい」
半分寝ボケた状態でフランシス先生、退場とあいなった。
「いやーとうとう教授も腹括りなすったか」
「ようこそ
「酷い」
カーク船長、いくら結婚は冥界だと俗に言われるとはいえ、そこまで行ってないでしょ先生たち。戻ってきた教授がコップをあおる。
「でもね、先生の気持ちもわかるんですよ。もう付き合い10年以上でしょ?」
「ですねー」
「そりゃ腹も括ってもらわないといけないと思いますよ」
「教授なら養ってく分には別に問題ないでしょ」
ミスリル系の装備は金貨20枚はするだろう。相当いい装備持ってる教授、稼ぎはいいと思う。
「そこは問題じゃない。ないんですけど」
「まぁ子ども出来るとはいえ、種族違うし」
急に教授が真顔になる。
「そこなんですよ」
「は?」
急に講義モードになった教授。アルコールはどこに行ったのか?いや飲んだから講義モードなのか?
「そもそもオークにメスっていないんですよ」
「ええええ!?」
一同衝撃の発言が飛び出した。
「オークは人間女性と交配し、子供を作れるわけですが、ロワイエくん、女性形がどうなるかわかりますか?」
「え?そういえば見たことない…とするとなんらかの理由でオークのメスは…生まれない?」
「残念ながら違います。普通に生まれます。生まれてくるのは人間の女性です。かつては差別等もあったときいていますが、実際には完全に人間のDNAを持っています」
「ええええええ??」
「そして男性型はオークです。さて、種の定義とは大変困難なものですが、この場合、どう考えられますか、チェインくん」
「…教授!それって!オークと人間って…」
「そうなんですよ…オークと人間とは、遺伝学的な差が想像以上にないんです」
「いやいやいや、でも見た目全然違うし」
若い漁師が正論を述べる。しかし教授。
「チョウチンアンコウのオスとメスは?」
「あ…」
「性差により形態的に差異があることは種として別とは言えないんですよ…」
「でも教授あんたそれ!つまりあんたは…」
「すいません、ちょっと悪酔いしましたね…」
「…まぁオークにメスがいないってのは驚いたな」
「居ても困るんですけどねー、今更…多分、ぼくも好みじゃないです」
でもちょっと待った。そもそも、サッキュバスであるロザリィ先生の方が教授より人間から離れている?
「教授」
「何ですシュヴァリエくん」
「フランシス先生と教授だと、人間とオーク以上に離れているんでは?」
「いや、エルダー・サッキュバスもほぼ限りなく人間ですよ」
「もう何がなんだかわかんねぇよ!」
カーク船長がみんなの気持ちを代弁してくれる。
「今の『聖女』は基本的には『神殿』の機構を用い単為生殖を行っているようです」
「いやいやいやいやそれ人間じゃないだろ!」
「聖女の長のみが生殖可能になるようですね…そういう生物って割といます。単為生殖かつ長のみ生殖はアブラムシが、女王のみが生殖するのはアリやハチ、哺乳類でもハダカデバネズミなどが女王のみ生殖可能です。コロニー内の他のメスは生殖機構の抑制が行われています」
「でも教授、先生は本来なら生殖できないってことですか?」
「であると考えられます」
あれ?普通に使ってたように思うんだけど先生。珍しくチェイン先輩が爆弾をぶち込む。
「フランシス先生言ってましたよ。今月遅れてるって」
「な、何が?」
教授の顔色が一気に蒼ざめる。
「何って…それ聞きます?」
「そ、そんなバカな…まさか…ちょっとお手洗い行ってきます」
教授、顔色を真っ青にしてトイレに向かう。まさか…なんらかの理由で生殖抑制の機構から外れた?つまり普通に妊娠する…?
…ご愁傷様です。覚悟を決めよう、な。
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