講義第二十七回 「…差別がない代わりに、ぼくは、ぼくたちは、どこかが壊れていたんですね」


 学会というヘヴィなタスクが完了し、さしもの教授も若干、放魔力状態マジックパワーがたりないである。ムリもないとは思う。一般の新聞記事にまでなったのだから。中々この規模の学会の話を、複数の新聞記者が記事にすることは珍しいことではなかろうか。

 一応惰性で論文を書いているようである。というより学会発表をまとめているようだ。なんでも『Magic』が


「うちで論文出してく?載せるよ」


 と秋波を送っているようで、教授としても願ったりかなったりの部分があることもあり(そもそもちょっと前に『Magic genetics』に論文出してるわけで)疲れ果てた頭でもその仕事だけはしているようである。教授は不死者アンデッド化しても論文書きかねないな、この分だと。

 先生や先輩たちもルーチンワークはこなしてるが、未だ頭が切り替えられない部分はあるようだ。


「それにしても、今まで不思議だったことがあるんですが」


 こういう時にしかちょっと聞けない話もあるというものだ。ひと休みしている研究室の面々に聞いてみる。


「なぁに?」

「教授ってオークじゃないですか、外見的には。中身は並の人以上に知的ですが」


 先生よめがちょっとにやける。本当に好きなんだな先生は教授のことが。


「ですが?」

「普通に考えて、差別…とかそういうのなかったのかな、って」

「うーん…それ言い出したら、下手したら私だって人外だし差別の対象よ」


 フランシス先生がいうのは、なにも教授を庇ってのことだけでもない。実際問題、『聖女』を破門された聖女なんて差別対象になりかねない気がする。


「人外っていいますけど、フランシスくんは遺伝子的には殆ど人間と違いないですし、ぼくですらY染色体の特定領域以外ほぼ全部人間ですよ」


 書く手は止めずに会話には参加する教授。大丈夫ですか論文?


「…種の定義が乱れる…」


 チェイン先輩、あきらめましょう。


「あ、そうそう、その話に関連しそうなドルガン教授の研究が『Magic』載りましたよ。フランシスくんの名前も載ってます」

「やった」


 なになに…教授に手渡された『Magic』を読みはじめる。


「蔡都病ってご存知ですか?」

「昔から言われている『みやこやまい』ですか?子どもでも知ってると思います」


 チェイン先輩たちも知っているようだが、蔡都には昔から奇妙な病気がある。ある特定の人たちが、蔡都で長く(一ヶ月以上)過ごそうとすると精神的な不調が起こり、まともに動けなくなる。一種の鬱状態となり、体調を崩してしまう。ところが、蔡都を離れるとしばらくすると何事もなかったかのように元気になる。


「で、ドルガン教授なんですが、この疾患の遺伝子探ってました。フィッツ教授やフランシスくんたちとcohort研究してたんですよね。他に白魔術学部の先生たちが多数参加してます」

「ええ。蔡都で100人、蔡都病発症者で100人の遺伝子調べたの。頭がどうにかなりそうだったけど、なんとか見つけたのよ」

「なにが見つかったんですか?」

「蔡都病に関与する遺伝子」


 凄い。治療法とかがわかりそうだな。


「しかし、です。この遺伝子ですが、性格に関与することは知られていますが、むしろ蔡都病発症者の方が多数派な遺伝子型を持っています」


 つまり多数派がそちらであると?だとすると蔡都にいる人間はみんな発症するのだろうか。


「この遺伝子、極端な言い方をすれば、『差別』に関するものです。この遺伝子が正常な人は、程度の差はあれそういう感情はあります」

「差別というと聞こえは悪いけど、元々は危険回避のメカニズムの一種なんで生物学的には必要性は高いわ」

「ところが、発症していない蔡都の人間ですが、この遺伝子が『ぶっ壊れて』いました」

「え!」


 壊れていた方が病気にならない?全く意味がわからない。


「それもよ全員!集団数秘術的にあり得ないってフィッツ教授が驚愕していたわ」

「その話を聞いて、ぼくは気になったんです。ぼくの遺伝子は壊れていないかどうか。調べてみたところ…壊れていました。ぼくはもちろん、ロザリィまで…」

「そう。この都市の住人で発症していない人間、あるいは人間に類する人たちは差別意識に関する遺伝子が壊れている可能性が極めて高いわ」


 …まさか…それは、私やチェイン先輩、ロワイエ先輩たちも?


「教授がオークって聞いて、普通ならびっくりするどころか一緒に研究なんてしたくないはずよ。それが『普通』らしいんだけど」


 フランシス先生…言われてみればそうだ。『普通』ならオークと一緒に研究なんてあり得ない話だ。


「おかしなものです。おそらく通常であれば、この形質は生物学的には不利に働く形質です。しかし、この蔡都という都市の『呪い』によって、ぼくらのような壊れた存在が集まり、しかも極端な差別意識がなく、人間も、オークも、サッキュバスも、その他の種族も仲良く協力して暮らせているのです」


 蔡都の『呪い』…それはある人々にとっては確かに呪いである。しかし…仲良く暮らせている都市の住人には、悪意から都市を守る『祝福』ですらある。


「…差別がない代わりに、ぼくは、ぼくたちは、どこかが壊れていたんですね」

「このメカニズムなんだけど、よくわかっていないの。私たちにとってはそれを解明することは、身を危険に晒すことになるかもしれない」

「うまくすれば、不必要な差別意識を軽減する可能性はあるんですが」

「教授はポジティブだなぁ…」


 そういうロワイエ先輩じゃないが、教授のポジティブさは見習うべき。なんだろうか。


「このおかしな呪いは、何者かの、おそらく古代人の仕業だとしか思えないです。数万年の闘争の歴史に終止符を打とうとしたのでしょうか?」


 人間の歴史は闘争の歴史だとも言われている。もし、この蔡都の呪いがこの星を覆い、差別意識のない人だけが残ったとしたら…むしろ人類も人外もいずれ滅ぶのではないだろうか。


「蔡都の呪いは『聖女』にも例外じゃないわ。ほとんどの『聖女』は用があるとき以外蔡都に入らない」

「『聖女』も差別意識の塊でしたからねぇ…」

「でもまさか、自分が蔡都で暮らせていけるとは思わなかったな」


…先生は、先天的にこの遺伝子が壊れていたのだろうか?だとすると、最初から『聖女』としては欠陥品だったということになる。


「ぼくも蔡都病にならなかったのは想定外でしたね」

「デュラルのご両親は?」

「母は発症しません。父は発症しました」

「あー…」

「父が蔡都に住めたら隠棲せずに済んだかもしれませんね」


 蔡都。

 この奇妙な都市の住人たちは、変な人たちにも差別意識が極端に少ない。そのこと自体が、他の世界の人間にとっては差別意識の対象にすらなりうる。他所から移り住もうとする人間は少ない。とはいえなんらかの理由で蔡都を訪れ滞在し、それでもなお病を発症しない人間は居着いてしまうことも少なくない。そして、蔡都は今日も

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