講義第二十六回「ぼくたちは、順序を踏まずに色々なことを知ってしまいました」


 学会というところに初めてきたのだが、人が多い。1000人単位でいる。これ全部研究者か?魔法生物学会はこれでも中位の学会であるというから恐れ入る。大きな学会(生物学会など)だと万を超えるという。万単位の研究者がいるというのか…いや確かにいるとは思うが。

 教授の発表までウロウロと会場を見回す。あちこちにポスターが貼ってある。

 なになに…


「哺乳類バクと魔法生物バクの遺伝子発現比較」

「ドラゴン卵子受精の際の熱変性の重要性」


 魔法生物を生物としてここまで研究してる人たちがこんなにいるのか…全部見てると教授のワークショップに遅れそうだな…。


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 ワークショップの部屋には100人くらいが入っている。皆レジュメを読んだりヴィジャ板を操作したりしている。学会でたらレポート書いてくださいと教授からも指示があったことだし、しっかり聞いておかないと。


「…以上となります。ご質問のある方はいらっしゃいますか」

「初歩の質問ですが、よろしいでしょうか」

「どうぞ…」


 ワークショップの内容としては比較魔法生物学中心で、魔法生物間で保存されている遺伝子発現、魔術回路の発現解析など、最近はどちらかというと遺伝的解析なしでは何も進まない時代なんだなと再確認する。


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 教授の番が来た。スーツを着たオークというのは違和感があるかというと、慣れというのは恐ろしいもので、全くない。むしろ今となってはスーツを着てないオークに違和感すら感じる。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。では、発表を始めさせていただきます」


 水晶玉から光が投影され、前の白板に結像する。


「ご存知の方もおられるとは思いますが、まずは簡単な自己紹介から。ホウライ学院魔学部魔法生物学科、デュラル・ヘリオスです。我々の研究室では魔法生物間の比較解析を行っております。次の画面をご覧ください」


 画面が切り替わる。円形に似た形の系統樹のようだ。別の系統樹が隣にある。


「こちらが当研究室のフランシス先生による魔法生物間の系統樹です。先々月JBMに投稿しております。ご覧のように、ヒトと単細胞生物と同等の差異が見られることがわかります。では次の画面を」


 文章が数行。みんな静かに画面を見ている。後ろには先ほどの系統樹が見える。


「この系統樹ですが、全てと言ってもいい範囲で魔法生物の系統を網羅しています。ですが、この中に存在しない生物がいます」


 文字が現れる。


「魔族」


 会場がざわめく。


「はい。そうです。魔族も魔法生物そのものと言ってもいいはずです。ですが、これまで魔族から遺伝子自体がうまく採取できませんでした。検体がないわけではないのに、です。次の画面」


 また画面が切り替わる。何種類かの写真が現れる。魔族の写真である。


「魔族というのは、多少の差異はあれ人型のものが多いとされています。ところが、次の画面を」


 ある魔族が、別の形になったようである。


「人型とされていたある魔族が、人間以外の形態を取れることがわかりました。形態学的にあり得ない変異です。はじめぼくは、魔族は魔法生物の、いや生物の範囲外の存在ではないかと考えました。ところが、です。次の画面を、お願いしますね」


 何やら神経のようにも見える組織の写真だ。


「これは、人間の『魔術回路』です。みなさんの中にあります。オークですが、ぼくにもあります。魔術回路のおかげでぼくらは魔法が使えるわけです。次の画面を」


 またさっきと同じ画面?だ。


「これはなんだと思います?…『魔族』です」


 会場のざわつきが一層激しくなる。


「魔族の中に魔術回路がありました。魔術回路も生体組織ですので、魔法生物であるならば、魔族にあっても変ではない。しかし。次の画面をご覧ください」


 魔術回路が複数の肉体から露出している。


「魔族から回収した魔術回路です。複数の魔族の肉体にあまりに差異があるにもかかわらず、魔術回路だけは非常に似ています。形態学的にはほぼ同一と言ってもいいということです。そして…次の画面をご覧ください」


 また系統樹である。今度は木の形をしている。


「魔族の魔術回路からは遺伝子が採取できたのです。そして遺伝子を比較したところ、魔術回路内の魔族の遺伝子は人類の遺伝子と99.91%から99.99%以上一致するものまであることが判明しています。これは亜人種のある種よりも小さな差異です。エルフなどの早く分岐した種族より魔族の魔術回路の遺伝子は人類のものと極めて近いことがわかりました」


 会場のざわつきが収まらない。


「魔族の『肉体』とされているものの中には、遺伝子を採取できたものもあります。ですが多くは魔法生物のものではありませんでした。次の画面をお願いします」


 森の精霊の画像だ。


「唯一の例外は『魔王』の肉体です。これは森の精霊と極めて遺伝子的に近いことが判明しました。こちらについては生物学科のフィッツ教授の群集数秘学解析の結果を元に類推したものです」


 発現している遺伝子の解析結果のようだ。


「つまり魔族とは、人間の遺伝子に近似した魔術回路と、バラバラの種類の肉体からなる…何かおかしいとは思いませんでしょうか?」


 …確かに、変ではないか。


「むしろ逆なのではないか。とぼくは考えました。人間のように、脳や肉体が魔術回路を使っているのではなく、『魔術回路が肉体を使っている』のだと」


 会場がどよめく。


「脳というのは一種の情報処理装置です。情報処理は、魔術回路もおこなっています。つまり高度な魔術回路は内在回路としても用いることができる可能性があります」


 どよめきが止まらない。自分の身体の中に別の生物がいるとでも?


「…人間は、魔族になりえる。魔術回路を持つ生物全ては、魔族となりえるのです。…もちろん、いきなりこのようなことを言っても妄想扱いされるでしょう。次の画面をご覧下さい」


 …天空の棺?


「答えは、既にありました。…ぼくたちは、順序を踏まずに色々なことを知ってしまいました。脳に匹敵する情報回路に『意識』を複製する技術が過去にあったことは確定のようです。方法は不明ですが、魔族の存在がある以上、実行可能なのは間違いありません」


 最後の画面のようだ。


「まとめです。魔族の肉体の外殻は魔法生物学の範疇外だった。しかし魔力回路は形態学的、遺伝学的に人間に近い存在だった。魔力回路に脳の情報を移動させる手法が存在し、魔族が誕生、存在できたと考えられる。以上となります。ご質問がおありの方は挙手にてお願いします」


 ざわめきが収まらない。


「質問。よろしいでしょうか?」


 1人の女性が手をあげる。


「どうぞ」


「魔術産業総合研究所のシャンパルテナです。分野外なので的はずれな質問になるかもしれませんが。魔力回路に情報を移動させることができたとします。その場合、元となった情報はどうなっているとお考えですか?」

「今のところはあくまで推測ですが」


 教授が画面を操作する。


「魔術回路との情報のやりとりを行うとしても、元の情報そのものと情報自体が移動されるわけでないと考えていいと思います。元情報が破壊されるわけではないと考えられます。脳の情報自体は『擬似脳』を形成して保持しているようです」

「つまり…魔族には『本体』があると」

「おそらく、そうはないかと推測できます」


 会場がざわつく。


「他にどなたか質問のある方は?」


 初老の男性が挙手する。


「魔科学研究所のグレモリーです。初歩的な質問になりますがいいでしょうか」


 教授の表情が険しくなる。


「グレモリー先生の質問は厳しい質問多いからヘリオス教授も身構えてるわね」


 チェイン先輩が耳打ちしてくる。確かに先日言ってたやつだな。


「わかる範囲でお答えしたいと思います」

「ふむ。ではやや雑な表現をさせていただきますと『その魔術回路、どこから持ってきた』」

「…二つの可能性があります。一つ目の可能性は、ある個体が魔族になる前の肉体内にあった魔術回路を利用。そしてもう一つの可能性。それは」


 教授の眉間に皺がよる。


「…人間から簒奪、です」


 会場のどよめきが止まらなくなった。


「やはり、ですか」

「えぇ。優秀な魔術師の魔術回路ほど狙い目と言えるでしょう」

「他にご質問はありませんでしょうか…


---


 ワークショップが終わり、教授が戻ってきた。


「ふーっ…ワークショップはいつも緊張感ありますね…」

「とても緊張してたように思えないんだけど」

「そんなことないです」

「ヘリオス教授、いたか」

「ギーテン教授」


 いつ背後を取った?女の子達が身構えてる。自分も気づかなかったぞ?…この人も、実は強いのでは?


「これで君も完全にどうしようもないくらいに、そう、勇者や『聖女』と同レベルで、魔族の敵認定だな、おめでとう」

「とっくにですよ。仇敵と言われても仕方ないかもしれないですね」

「だが、成果はあった。無敵と思われていた魔族も、正体がバレてしまえば『本体』を狙って倒すことも不可能とは言えなくなる」

「情報、こそが最強の剣ですよ」

「おっかないな、ヘリオス教授は」

「…ぼくの祖先は、尖兵であったとはいえ、魔族の側の存在です。種の存続のためとはいえ多くの人間に、被害を与えてきました。魔族も同じです」

「デュラル」


 心配そうなフランシス先生に対し、寂しそうな表情で教授が微笑んだ。


「…大丈夫ですよ。ぼくのまわりにはロザリィがいる。頼れる教授たちがいる。学長もいる。そして、研究室のみんなもいる。だからぼくは」


 何かを振り払うように、教授は前を向き、


「明日からも、これまで通り研究を進めますよ」


 にこやかに宣言する。


「でもその前に」


 おいメガネなんだよ。


「今日の飲み会のセッティングしましたよ。…ってなんでフィッツ研、ギーテン研も合同なんですか!」

「そりゃ今日の研究、この3研究室でやったからですよ」

「いやだからって」

「ヘリオス教授はボーイズとも飲み会したい。ウチの若いヤツらは女の子と話がしたい。win-win」

「だからギーテン教授のとこ嫌なんですよぉ!」

「フィッツ研は半々だしいいだろ」

「…問題だけは起こさないでくださいよぉ〜」


 メガネ。頑張れ。


「デュラル、聞いてる?フィッツ教授の1番上の子が来年ウチに来るんだって」

「彼ですか!よかったぁ!彼かなり優秀ですよ!親に似ず常識人だし!!」


 教授、むちゃくちゃ言っている。


「…フィッツ教授の抑えになってくれないかな」

「…ちょっと期待しちゃいますね…」

「今日も来てるんだって」

「…すいません!ウチの親がいつも本当にすいません!」

「おや、噂をすれば」

「フィッツくん、よろしくね。大きくなったなぁ…」


いつぞやの青年だ。教授の授業以来だな。


「先生はお変わりなくお元気そうで。教授、今日の発表見ました。よくわかりましたねあそこまで」

「フィッツ教授のおかげもありますよ。怪しいデータ全部排除しつつ、擬似相関の疑い消すなんて彼でないとムリでした」

「…有能なんだけどね…」

「すいません、本当にウチの父がいつもいつも…」


 フィッツくんは来年からウチに来るのか…でもこの子、メガネあたりに狙われるんじゃないだろうか。護らなければ。多分教授たちもそう思っていそうだが…


「みなさーんいいですかー、合同打ち上げは18時半からですよ」

「店の場所はもう伝えてますよねー」


 先輩たちが各研究室メンバーに伝える。


「では、行きましょうか」


 教授が外に向かって歩き出した。


「あ、雪」

「今年も寒くなりそうですね」

「まだまだ太陽活動弱いのかな」

「そうですね、かつて地球が温暖化していたとか嘘みたいです」

「デュラル、局所的に温暖化、する?」


 フランシス先生何言ってるんですか?


「へ?」

「手」

「あぁびっくりした。では、いきますか」


 教授たち、手を繋いで先に行くようである。なんかいいな。ああいうの。

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