講義第十五回「魔法生物を仲間にした勇者の話を読んだことがあります。きみは、どんな勇者になりますか?」
研究室に配属された後で、講義を受ける機会というのはそう多くはない。学ぶ場といえば論文を読むこと、学会に参加することが中心となる。しかし、それがゼロになるかというと、必ずしも完全になくなるものでもないのだ。
今日はヘリオス教授の講義を受けることになっている。他の研究室に所属している若い学生たちが「オーク教授っていうから太ってるのかな」とか「鼻が前に出てるんじゃない?」とか話し合っているのが聞こえる。いや、自分もそう思っていたがそうじゃない。オークなんです。うちの指導教官。
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「はいみなさん、それでは講義の方を始めたいと思います」
教授が入ってくきた途端、ざわつく教室。学生の半分くらいは、教授がオークなのを知っているのでノートを準備したりしているが、残り半分はかなり動揺している。
「初めて見る方も多いのでちょっと驚かれたかもしれません。見ての通りぼくはオークです。ただ、ちょっと他のオークと違って魔法を使えたりもしますので、見た目はともかく、中身はあまりみなさんと変わりないかもしれません」
教授が小さく詠唱をする。
パン。
小さな破裂音。ちょっと何かが光った。風魔法と火魔法の初歩でのちょっとした手品だ。教授は並列魔法好きだな。
「と、まぁこのくらい、よりもうちょっと上の魔法も使えます。第五位階ですので研究者としてはギリギリですが」
教室のざわめき多少は小さくなった。
「さて、ぼくの専門ですが魔法生物、その中でも比較生物学が専門です。ですが、魔法生物の比較を行ううち、かなりの種の生物門を把握させられるハメとなってしまいました」
教授が背面の巨大ヴィシャ板に何かを書き始める。
「そんなわけでぼくの講義としては、系統生物学を担当させてもらうことになります。大破壊によって多くの生物種が絶滅したのですが、実のところ地上や海中の生物で滅んでしまったのは大型のものが中心です。もっとも滅んでしまったとも思っていたが、魔法生物を追いかけていたらとんでもないものを見つけてしまったぞ!ということもありました」
系統生物学か。研究室配属の際の試験では嫌ほど学んだような。
「さて…どなたかに質問しましょうか。うちの研究室の学生も来ていますが、さすがに最初の質問は分かっちゃうだろうからなぁ…前の席の…お名前は…」
先ほどだべっていた女生徒の名前を聞いた教授、早速質問のようだ。
「ホルムズさんですか。では質問ですが、生物はものすごく大きく分けて何種類になるでしょうか?」
「…動物と…植物?…あ、微生物もいます」
「なるほど。今の考えかたをかつては『三界説』と呼んでいました。ところが、微生物を詳細に調べていくと、ひとくくりにはできないことがわかりました。こうして、微生物をMonera界、Protista界、Fungi界の三界に分けることになりました。さらに遺伝子を思う存分読めるようになると、微生物というのがそれだけではないことが判明してきます」
楕円をいくつかヴィシャ板に書き始める教授。
「古細菌の発見などで一時は八界説なども提唱されましたが、これまた分け方としては不十分という話になってしまいました。古代の人達の研究成果ですが、実のところ今でもほとんど変わりはありません。唯一違うのは魔法生物界の存在ですねー」
楕円を一つ付け足す教授。
「魔法生物は基本的に真核生物しか存在しません。魔法生物mitochondriaを有することができる前提条件はおそらくmitochondriaの存在でしょう」
さらに楕円を付け足す。
「細胞粘菌類にも魔法生物がいます。ざっくりわけつつ先人に敬意を表するなら、大きく分けると『十一界説』というのが現状といっていいでしょう」
みんなノートに書いている。自分もノートをしっかりとる。ここまでは本で読んだことはある。
「さてさて…では次こそうちの研究室の学生に質問しましょう。シュヴァリエさん」
来た!どんな質問をしてくるのか。
「動物界の門のうち、魔法生物にも存在する門はいくつあるでしょう。動物界の門は24存在します」
ちょっと待った。確か動物界の門の多くは小さな生物である。とすると…
「脊索動物門だけですか?」
「残念。他に4門が確認されています。なぜかは不明ですが…環形動物門はワーム、軟体動物門のクラーケンなどもいます」
うう…確かにミミズやイカもいると考えると…十分あり得るな。あ。クラーケンのことを忘れていた。それにしてもだ。
「でも先生ちょっと待ってください。これらの生物種は離れすぎてはいませんか?」
前に教授が言っていたことを思い出した。
「その通りなんですよ。環形動物門と軟体動物門はまだ比較的にちかいです。ですが、そこから棘皮動物などなしに、いきなり脊索動物門です。これはかけ離れすぎています」
つまり魔法生物は、通常の進化で発生したとは考えにくいのだ。
「もっとも、現在いないからといって、中間化石などが存在すれば、魔法生物が進化によって発生した可能性を推測できます。ですが…ないんです。化石」
そう、化石などない。つまりは自然に発生したのではない…生物は自然に発生したと考えられているが、魔法生物は自然に発生したとは到底思えない。
「つまりはある時何者かが魔法生物は作り出した、恐らくは人間のせいだと考えられます。基本的には品種改良の延長ですね」
「しかし教授」
「なんでしょうか」
一人の青年が教授に問いかける。どこかで見たような…いや、気のせいか。
「品種改良という割には多くの魔法生物が人間の手に負えない存在になっていませんか?」
「ごもっとも。古代には魔法生物を人間が制御する方法があったようなのですが、それは失われてしまっています」
「制御する方法?」
「残念ながらよくはわかっていませんね。もし何かわかったらみなさんにもお伝えできるかと思います」
「制御できるのなら、今みたいに害獣として駆除する機会が減ると思いますか」
「思います。ある種の魔法生物にとっては魔力そのものが生命活動の源であるため、魔力を蓄積している人間や『神殿』は格好の標的となっています。穀物を生産する畑を狙う害獣の関係とも似ています。話が多少ズレてしまいましたが、ともかく魔法生物は動物界の門の中で僅か5門しか存在しません」
恐らくはそれしか『作らなかった』と考えられるのだろう。
「また、ある種の細胞粘菌類、さらに驚くべきことに、植物界にも魔法生物が存在します」
ざわつく教室。その話は…そういえば…学長の研究が関係しているのか?
「ということで、ぼくの講義ではこれらの各生物門の違いと相似点を見ていきます。その上で、各生物、各魔法生物についての知見を深めてもらいたいとも思います」
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教授の授業が終わった。
「…オークだったけど、授業は普通だったね」
「普通だったね」
…普通なのか。なんか腑に落ちない。それにしてもあの青年、誰かに似ている。誰だろう。つい最近見た気もするのだが…。
その青年が教授と話している。
「教授、先程の魔法生物の制御の話なんですが…あれはやはり…」
「そうです。フィッツ君もそうですが…『勇者』の血統にのみ今は息づいています」
「そうですか…」
フィッツ君?まさか!フィッツ教授の息子か。どこか似ていると思ったが。なるほど確かに。
「…戦わずに済むなら一番なんですが」
「フィッツ君、君は優しい人だからそう思うのでしょう。しかし、そう思わない、そう思えないのが生存競争の激しいこの世界なのです」
「優しいってことはないと思います。無駄な戦いで喪われるものも多いですよね。それが嫌なんです」
「そうですか」
教授はどこか遠くを見るようにしている。
「生物というのはずっと生存競争を続けてきました。直接的、間接的。バクテリアやウィルス、他の生物種、食うか食われるか。でも、そんな中で、過度の生存競争が嫌になった生物達もいたんでしょう」
そして優しい目で見つめる。
「あるバクテリアは別のバクテリアと一つになり真核生物になりました。寒さから逃れるために真核生物の一部は多細胞生物になったのです。こういった生物は共存という選択肢を選んだのです。また、我々の共通の祖先は海から逃げ出し、川からも逃げ出し、そして木の上に逃げました。今も我々の祖先と共通の祖先を持つ類人猿は、仲良くボノボのと暮らしています」
…ダジャレ言いだしたらおっさんですよ教授。
「一方共通の祖先を持つチンパンジーは非常に性格が荒いのです。我々の祖先はどちらだったのでしょうか。それとも、両方とも我々の中にもあるのでしょうか」
「わかりません」
「『勇者』の血統は何も魔族を滅ぼすためにあるのではない、とぼくは思いますよ。魔法生物を仲間にした勇者の話を読んだことがあります。きみは、どんな勇者になりますか?」
「ぼくは…」
確かに勇者は魔族に対抗する力がある。たが、その力の発揮の仕方は教授の言う通り、抗うためだけにあるのではないのかもしれない。
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