講義第十二回「昔話をしましょう。龍に襲われた神殿と女の子と勇敢なオークのお話」


 さて、あんなことがあった次の日。その日の作業が終わり、夕方のことである。


「シュヴァリエさん、ちょっといい?」


 フランシス先生が実験の後片付けをしていた自分のところにやってきた。


「今日は夕ご飯どうするの?」

「いえ、特に考えてなかったんですが…」

「昨日の話、ごはんでも食べながらしようかと思って。教授の奢りで」

「教授の」


 それはまぁ願ってもないことではある。軍属時代の貯金はあっても今は定期的な収入もない。まだ短期で仕事する余裕もない。


「えぇっ?…まぁいいですよ、いいですけど、フランシスくんもちょっとは出しなさい」


 教授もさすがに魔導預金操作機(MTM)扱いはいやなのだろう。


「…教授とわたしで収入の差がどれだけあると思ってるんですか」

「ぼくと君の分は持つから、せめてシュヴァリエさんの分は出してください」

「…まぁそういうことなら」


 ちょっと待て…自分はそれじゃお邪魔虫みたいじゃないか?


「と言っても、どこ行きますか」

「『七星亭』は前行ったばかりですしね」

「あそこはどうです?『Pleiades』」

「…それフランシスくんが行きたいだけでしょ。シュヴァリエさんはどうですか?」


 古代語で昴を意味するPleiadesだが、割とお洒落な店というか、かなり女性向けな気がしますが…行ってみたい半分、気がひける半分である。


「うーん…行きたいようなそうでないような…」

「あまり乗り気じゃないみたいですね」

「なら『南十字』辺りで手を打とうかな」

「ぼくはいいですよ」

「行ったことないんで、何とも言えないんですが、いいです」

「んじゃ決まりね」


---


 学院から徒歩で15分ほどのところにその店はあった。白っぽい木造の建物である。看板に『シェフのきまぐれ風サラダときまぐれ風メインディッシュ、値段きまぐれ』と書いてある。…冗談なんだろうけど何も決まってないじゃないかそれは。


「らっしゃい」

「3名なんですけど、空いてます?」

「奥の部屋なら空いてますよ」


 店主に言われて奥の小部屋に通された。木目調だが、よく磨かれていて綺麗な部屋だ。


「軽く飲みます?」

「じゃあとりあえずエールで」

「デュラルそれじゃおっさんじゃない」


 軽口を叩く2人。自分はちょっと聞いてみたかったことがあった。


「聞いていいかどうか微妙なところなんですが、お二人は付き合ってるってことですか」

「つきあってるわ」

「…まぁ、そうですねー」


 教授、歯切れがイマイチ良くない。


「教授になったら結婚する!って言ってたのどこのどいつだったっけ?」

「…まさかなれるとは思ってなかったなぁ…」

「なったばかりだから、今なら約束守れるわよ」

「それはまぁ…」


 お店の人がやってきた。


「お飲み物のご注文からどうぞ」

「ぼくはとりあえずエールで」

「わたしみかんのカクテル」

「では自分はこちらのブドウサワーで」

「結局エールなの」

「いいじゃないですか。食べ物の注文いいですか?」

「どうぞ」

「タラのバター魚醤焼と、シェフのきまぐれサラダ、あと…」


---


 軽くグラスの酒を飲んで、口の滑りをよくしたところで、2人の昔話が始まった。


「もう10年以上前なんですね…ぼくが学院への入学資格とって、ホウライに進学してすぐの頃だったんですよねアレは」

「最初に会ったの覚えてる?本屋にデュラルいたでしょ?」

「そうですね、学院の本と母の魔導書探してたんですよ」

「びっくりしたわよ。オークが本屋で熱心に本読んでたんだから」


 やっぱり本読めるオークってのは普通じゃないのか。


「ぼくも当時は蔡都についたばかりで右も左もよくわからなかったもんで…本屋探すのも大変でした」

「先生も学生だったんですか?」

「わたしは神殿長に頼まれて魔導書を買いに来てたの。デュラルも同じモノ探しててね」


 神殿長?フランシス先生はもともと神殿にいたのか?それが何故いまこうしているのか。


「当時は知らなかったんですが『神殿』でも普通に魔導書使うんですね」

「神殿独自の魔法ってそんなにないしね。さて、本が別に一冊しかないわけじゃなかったんで、普通に2人とも魔導書買って、それでおしまい、のはずだったわ」

「普通ならそうですね」

「…でも、その日は普通じゃなかった」


 フランシス先生が少し肩を震わせる。気を取り直したように、芝居がかった言い方をする。


「昔話をしましょう。龍に襲われた神殿と女の子と、勇敢なオークのお話」


---


 その日、蔡都を龍が襲撃した。

 天空から舞い降りる龍は、蔡都の防人さきもり達の攻撃を受けてもビクともせず、何かを探すように何度も旋回して…やがて『神殿』に向かって降りて行った。

『神殿』には護衛の騎士がいて、防人に比べるとその戦闘力は圧倒的に上だった。だが、龍のブレスの前に苦戦は避けられなかった。

 護衛の騎士たちを跳ね飛ばし、龍は『神殿』

 に近づき、そして…神殿の外壁を破壊、更に『神殿』の中の『何か』を食べ始めた。


「…『神殿』には大量の魔力が蓄積されています。龍はそれを狙ったのでしょう」

「わたしはもう帰っていたんで、逆に襲われてしまったの」

「あれ、でもそれだと教授は関係なさそうですよね」

「…それが、お恥ずかしいことに逃げてるうちに迷ってしまったんですよ。で逆に『神殿』の近くに来て龍に出くわしました」

「話を続けるわ。龍は『神殿』の中の『聖柱』を食べ始めたわ。…わたしは初めて知ってしまった。『聖柱』の正体を」

「そしてぼくも知ってしまったんです」

「…『聖柱』の正体は『聖女』の身体が硬質化したもの…『神殿』の一部に生きているとも死んでいるとも言えない状態で果てしなく長い時間『在り』続けるの」


 背筋に冷たいものが走った。知らなかった…まるで…不死とも言われる、魔族ではないか。…いや、魔族のそれとは違う?


「昔、誰かが『聖女』 は死なないと言っていましたが、まさかそういう意味だとは思いもしませんでした」


 死んではいないかもしれない。でもそれを、生きているというのか?


「…可変性の低い情報処理や魔力出力に関しては『聖柱』化した『聖女』の方が圧倒的に上なの」

「話をその時に戻します。騎士の皆さんの尽力で実は龍はかなりダメージを受けていました。しかし騎士の皆さんももう限界でした」

「わたしたちも魔法が追いつかなくなり動けなくなって、龍に喰いつかれそうな時に、デュラルが騎士の槍で龍を突き刺して、『みなさん早く逃げてください!!』って叫んでたの。わたし思ったのよ。いやおまえも逃げろよって」


 先生冷静だな。むしろ教授が意外である。そういう無茶をするキャラには見えないんだが。


「まぁそうなんですけど、並列エンチャントブーストでちょっとは対抗できるかと思ったんですよね」

「実際対抗できてたわよね」

「短時間ですがね。でも魔力も体力もすぐ尽きます。その時、ロザリィが」

「腹が立ってきたの。なんでこんな下等生物に殺されなきゃいけないのかって」


 龍にもよるけど、下等生物ではないのではなかろうか。少なくとも詠唱を行う龍も少なくない。私のそんな感情を無視しつつ昔ばなしは続く。


「そして、大量の水滴と光の魔法で龍の目を焼いたんですよ」

「そう。でも龍は逆にブレスを乱射し始め…みんなを水膜で覆ったけど、わたしもすぐ限界が近づいたわ」

「こんなの言ったらアレなんですけど、ぼくも水膜でガードしてもらって…『なんでオークなんか守ってくれるんだ』って言ったら」

「『わたし焼豚好きじゃないの。焼豚見るのイヤだから』って、自分でいうのもなんだけどひどいわね」

「本当ですよ」


 そんな状況でよく、軍属の訓練もしてないのに冗談が言えるものだとちょっと恐ろしい。


「いずれにしてもこのままだとみんな焼き豚と焼き人間になる、なんで一気に勝負に出ることにしたわ」

「騎士の一人が龍の弱点としてブレス放射中の口を挙げたんです。そこで龍の口に突っ込んで、喉に槍を刺してやろう、と思いました」

「無論そのままじゃ焼豚でしょ?何で、盾役がいるって言ったわけ」

「魔術の盾、水膜を展開したロザリィを背中におんぶして、最後の魔力でブーストして龍の喉に槍を突き立てわけです」


 無茶をするなぁ…二人とも。でもその頃から息が合ってたのか?


「それは上手くいったわ。でもまだ龍は死なない。…わたしは禁を犯すことにしたわ」

「…『聖女』なら第七位階、いやそれを超えた魔法すら、生命を代償に使えるんですよ…」


 第七位階以上ってそれは最早人間辞めてるのでは?聖女というのは恐ろしい存在である…でも先生今生きてるんですけど。何があった。


「…もっとも当時は魔力制御が不十分で、魔法も不完全だったの。そのおかげでギリギリ即死するとこまではいかなかったわ。それでも魔力短絡は成功して、龍の絶命には足りたようね」

「魔力短絡っていうのは?」


 初めて聞いた。そんな魔法、存在すら知らなかった。


「生体内の魔力回路を短絡させ、魔力を体内で暴走させるという禁呪中の禁呪ですよ。魔力が膨大であればある程すさまじい威力を発揮します。さて、龍は滅びました。しかし…その代償は小さくありませんでした。ロザリィに至っては魔力枯渇、いや今ならわかるんですが全身の魔法生物mitochondriaが短絡して破壊されている状態だったんです」

「『神殿』があれば安静にしていれば魔法生物mitochondriaも供給されて、…最悪『聖柱』にはなれるわ。でも、『神殿』の機能が完全に破壊されたせいで最早わたしは『聖女』としては生きられない状態になっていたの。近くの神殿までたどり着くのも無理だったわ」

「魔力授受を試してみたんですが、穴の空いた風船に空気を入れるような感じでした」

「わたし思ったわ。あぁ、これは死ぬな、ってね」

「その時、神殿長がとんでもないことを言い出したんですよ」

「何を言われたんですか?」


 何が起こったのか、もう全然見当がつかない…


「『あなた、魔法が使えるの?もしその子を生かしたいなら…ひとつだけ手があるわ』そう言ったの」


 どういう手だろうか。


「…過去の情報が隠蔽されているので推測がまじるのですが、かつてどこかのタイミングでエルダー・サッキュバスは『聖女』になったと考えられています」

「あとはもうわかるわね。デュラルは穴の空いた風船を塞いで、空気を入れたの。こうして、1人の『聖女』が死んで、エルダー・サッキュバスが産まれた」

「さて、その後はもう大変でした。そりゃまぁぼくは『聖女』を傷物にしたわけですからね」

「もっともその時は、神殿長が直接デュラルの全身から魔法生物mitochondriaを移植したんで、性的な意味で傷物ってわけじゃないんだけどね。でももう『神殿』の制御下にないんだから別の意味で傷物以下」

「『神殿』の人達は大激怒しました。オマケに神殿長はロザリィ助けるために力を貸してくれた代償に『聖柱』になってしまい、ぼくを説得して助けるってのは無理でした」


 そりゃまぁそうだろう。いくら命が救われたとはいえ貴重な聖女を傷もの?にしたんだから。


「『聖柱』の意思確認って外からはほぼできないのよね。内部的には意思はあるようなんだけど…。さておき、龍討伐はデュラルがいなければ多分できなかった」

「そこで色々制約つけられはしたものの、蔡都の方々のおかげで、ぼくはなんとか軽い罰ですみました。今でも『神殿』には近づくこともできませんけどね。問題はむしろロザリィです」

「今更『聖女』なんかになれるわけもなかったし、そもそもアレ見た後で『聖女』になりたいとは思わなかったわ。破門でいいです!って言っちゃったわけ。で。破門されたはいいけど、魔力供給の問題もあるしさてとどうしたものかと思っていたら、ホウライ学院の学長が助けてくれたの」

「実は学長も元『聖女』だったんですよね。なんで『神殿』と袂を分かったかはわかりませんが…」

「学長!?」


 神殿とたもとをわかったとは、一体何で…ここまでで一番驚いたかもしれない。いや、よく考えたら…


「その後にも色々あったんだけどね。結局ホウライに進学、魔力供給源のデュラルがいる研究室に私も所属することになって今に至るわけ」

「…まぁ、その辺りはまたにしましょう」

「…そうね」


 ここまで話されたらその辺りも含めて話してほしいものであるが…なんだろう。あまりいい記憶ではないのだろうか。


「…さて、そうやってぼくら研究室にいるうち、前任の教授が退官されたはいいんですけど、なんせ尖ったことばっかり第五研はやってたもんで後任がいなくて、お前教授やれ、と」

「ひどい」

「厄介なところなのよ、ホウライ学院魔学部魔法生物学科は。独自の資金力のおかげで文句は言われにくいけど、この国の根幹とも言える『神殿』と、教授だけでなく、学院自体もいろいろあって敵対してるわ」

「例えば先任教授は『神殿』の魔力自体が魔法生物だと考えていました。彼はおそらく正しいんですよ。でもね…」

「さすがに大っぴらには主張することはなかったわ。『神殿』抜きの魔力供給っていうのは、それだけで既得権益者の『神殿』にとっては大事よ」

「おかしいですよね、ぼく選挙権も被選挙権もないのに、政治に巻き込まれてます」

「オークだからってことらしいけどね…学内選挙のほうは普通に選挙権があるじゃない。教授なんだし」


 一気に叩き込まれた情報で頭が痛くなってきた。ひとつだけ言えることは、ホウライ学院は、ちょっとどこかおかしい。


「さてもうちょっとしたら、お開きにしましょう」

「わたしたちのこと、ちょっとわかった?」

「はい、なんとか…」


 しかし先生たちも色々大変だなぁ。まぁ金銭面で余裕があるだけかなりマシな気はするけど。


「で、教授たちはこれからどうするんですか?」

「年末の学会に向けて魔z…ってロザリィ、目が怖いです!」

「はいはい、それも大事だけど。わたしたちのことも考えてよね」


 教授も学術関連だと相当…戦場のオークの数倍怖い目をするが、間違いなく、それより怖かった。…フランシス先生の目の方が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る