講義第十八回「女心がわかってないとか言われるんですが、ぼくオークですし」


 フランシス先生はルックスはいいし胸大きいし頭もいい、高位魔導師としての実力もあるが、朝は弱いし書類書きは苦手だし運動も嫌い(なのに身体能力は高い)と割と弱点が多い。逆に教授は魔法に関してはそこまでではない(とは言え位階5とは十分高位だ)が、書類書くのも得意、運動も好き、朝も早いと弱点らしい弱点がない。強いて言うならオークだってことは欠点とも言えるだろうか。

 …チェイン先輩。

 まだ学生ながら部分的にはフランシス先生の代わりにかなり仕事もこなしているようだし、研究分野もきちんとこなしている。最終的には自分の城を持てるタイプであると思う。おそらくやる気もあるだろう。(その点、フランシス先生は多分やる気がないと思う。おそらく研究室を持つという発想はないのではないか)

 有能すぎて逆に貧乏クジ引いてるタイプだが、将来そういう経験の一部は役に立つに違いない。

 そんなチェイン先輩が、珍しく教授と揉めている。フランシス先生と教授が研究で意見闘わせたり、たまに教授を先生よめが尻に敷いたりしてるのは当研究室の日常的光景なのだが、チェイン先輩と教授が揉めることは初めて見る。


「言いたいことはわからないでもないです。しかし…研究室ですからね、ここは」

「研究に支障の出るようなことはしていないつもりですが」

「…難しいところと言いたいところですが、ロワイエくんの研究の事は頭にありますか?」

「何故その話になりますか?」

「…培養系というのは極めてsensitiveなんですよ。遺伝子より更にグレードの高いレベルでの環境が要求されます」

「…」

「ですので、そのことを考慮してもらえればと思います。チェインさんならよく分かってくれるとぼくは思います」

「…わかってない」

「?」

「…いえ、失礼します」


 それきりチェイン先輩は無言で教授のブースを後にした。


「…メイクですか…難しいところですね…」


 教授が悩ましげである。フランシス先生が不思議そうな顔で教授を覗き込む。


「ヘリオス教授、何かありました?」

「いえ…チェインさんのことでちょっと」

「珍しい」

「メイクは女性の嗜みとはいえ、研究に影響が出るのは…」

「どういうことですか」

「いや、ロワイエくんの研究がどうもうまくいかないから原因調べてたら、どうもチェインさんのメイク由来の物質が影響してたっぽいです…」

「いやでもその程度で…ってことがありうるの?」

「それがそのありえないことがあったようなんですよ」

「まぁ無生物系だし、可能性はあるか」

「無論メイクするなとはいえないですしいうつもりも無いんですが、影響考えて選んでほしいと言ったら」

「デュラルそれはダメよ」

「ダメですか」

「メイクも肌に合うやつの個人差激しいの。だからほいほい変えろと言われても大変なの」

「それは知らなかった…ぼくメイクしませんし」

「今度してあげよっか」

「それは勘弁」


 ちょっと想像して吹き出しそうになったが我慢する。


「しかし…まぁ正論なんだけど、言い方気をつけないと教授は女心がわかってないということになりそう」

「女心がわかってないとか言われるんですが、ぼくオークですし」

「…もうちょっと女心の研究もした方がいいと思う」

「ロザリィの研究で手一杯ですよ」


 フランシス先生が耳を赤くする。馬鹿ップル行為はウチでやってくれ。そんなところにロワイエ先輩がやって来た。


「愛の告白中すいません」

「「違います!」」


 本当に二人は息が合ってるなあ。それにしてもメガネ強い。


「チェイン先輩、何かあったんですか?」

「いや、ロワイエくんの実験がうまく行ってないの、原因物質の中にどうもメイク由来のもの含まれていたっぽいんで、それをチェインくんに話してたんで…どうしました?」

「教授、それはないですよ。培養系の時にメイクしないのくらいチェイン先輩が把握していないとは」

「では誰が…」

「ちなみにそのメイク由来の物質って…」

「多分界面活性剤の一種だと思うんですが…」

「…あああ!」

「どうしたのクレア」

「界面活性剤って、saponinとか含まれます?」

「…まさか…」

「ナマコ食べたせい?」


 なんでそんなもの食べているのか、このメガネ。ていうか学食にナマコあるってどういうことなのかホウライ学院。


「…あっちゃあ」


 教授が悩ましげである。ムリもない。いらないこと言ってしまったのだから。とはいえナマコなんて想像できないだろ教授も。


「教授、早めに謝って来た方がいいよ、わたしも謝るから」

「…すいません、謝って来ます」


 教授はチェイン先輩を探しに行ったようだ。すぐに謝れるのは立派なことである。偉くなると中々に謝れるのは難しい。


「…ナマコなんてよく食べようと思ったわね」


 そう呟くフランシス先生、あなた以前豪快にナマコ掴んでましたよね。自分からしたらあなたも同じ穴のラクーンドッグです。


---


「ヤバ…まずいかもしれません…間に合わなかった」


 教授の言葉遣いがおかしい。ヤバいとか基本的に言わないタイプだと思う。


「デュラル、考えすぎなんじゃない?」

「でも今日早退するって話ですよ?急になんで?」


 ぼくのせいかなと、教授が小声で言っている。意外に教授は小心者なんだろうか?


「それは先週スケジュールとして連絡もらってましたよ」


 ロワイエ先輩が卓上カレンダーを持ってくる。


「…あれ?そうでしたっけ…ヤバい忘れてるかもしれない」


 教授のキャラが崩壊している。落ち着け。


「そういえばチェイン先輩って魔導技術士取らないのかな?」

「…え?チェインさん就職するの?てっきり魔導技術士課程に行くとばかり」


 フランシス先生も不審に思っているようだ。


「じゃあ今日は就活ですか?まぁ本人の希望ですから就活もいいかと思うんですが…でもなぁ…」


 もったいない…小声で教授がボヤく。


---


 次の日のことである。

 チェイン先輩はふつうに研究室にやって来た。なんか吹っ切れた表情をしている。


「おはようございます、教授」

「おはようございます…チェインさん」


 教授があらたまってむきなおり、一言。


「昨日はすいませんでした」


 教授がわずかに頭を下げる。


「ちょ、教授」

「…どうもロワイエくんの実験、saponinが原因でした」

「さ、saponin?」

「…ナマコでした…」

「ナマコぉ!?」


 突飛しもないことでチェイン先輩も思わす変な声をあげている。ムリもない、ナマコが原因でしたなんてだれが思いつくのやら。


「…界面活性剤ですか。あー…確かに」


 チェイン先輩がなんとなく気づいたようである。


「昨日はちょっと企業説明会に行ってました」

「え?やはり就活ですか?」

「はい、化粧品会社とか考えていたんですが…どうも合わなさそうです…」

「そうなの?」


 いつやって来たメガネ。


「そうです。それにクレアみたいなの放置しとけないし」

「酷くないですかチェイン先輩」

「…正当な評価だと思います」


 教授も何気に酷いな。


「というわけで、引き続き、ご指導お願いします」

「こちらこそ、お願いしますね」


 どうやら、ひと段落したようで何よりである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る