講義第一回 「オーク教授ってあだ名だと思っていました」
自分が魔法生物学科第5研究室、と書かれた部屋に入ろうとした時、中から話し声が聞こえてきた。
「デュラル、新入生の話聞いてる?」
「あーあの、『女騎士』て言われてた子のことですか?」
「お、女騎士…まさか、本当に…?」
「ファインブルク教授が冗談で言ってたんですよねー、『ヘリオス教授、狩られるんじゃないか』って」
「や、やめて!デュラル狩られたら私も困るってレベルじゃないから!」
「あのー…魔法生物学科第5研究室ってここで…ってオ、オーク??」
部屋の中にいたのは、人間だとしたら非常に筋骨隆々とした男性の体格をした猪顔の男と、金髪セミロングの女性だった。
「オークがなんでこんなとこ…白衣?」
白衣である。オークが羽織っていたのは間違いなく白衣だ。なんだって白衣を着ているんだろ、このオーク。金髪セミロングの女性も白衣を着用している。研究室で、白衣を着用しているとなるとまぁまず研究者だろう。となると…
「ひょっとして…あなたが…デュラル・ヘリオス教授ですか?」
自然と敬語になってしまっていたが、相手がオークだろうと教授であるなら話は別だ。
「…オーク教授って、渾名だと思っていました…」
無理もない、まさか本当にオークが教授をやってるなんて、そんな話が信用できるとでも?部屋には多数の魔道具が並んでいる。一部は本で読んで見たことがあるものもあるが、緑の光を放つ球体や、多数の細い線の入ったガラス板…何に使うのか全く見当がつかない。どうやらここは本当に研究室のようだ。それも最先端の。
「で、君は…」
「すいません、申し遅れました。レイチェル・シュヴァリェです」
「げ」
何故か金髪セミロングに、いやなものでも見るような目をされた。天地神明に誓って私は何もしてない。なんだってそのような目で見られなければいけないのか。大体よく見ると、金髪セミロング、白衣の下はミニスカートを履いているではないか。別に白衣の下にミニスカートをはいてはいけない、という法律があるわけではない。しかし、そんな格好している奴に、そんな目で見られる覚えは無い。
「あ、ごめんね。気分を悪くしたら悪いんだけど、あなたって、ひょっとして『女騎士』?」
気分を悪くするということで言うなら、『げ』とか言われて、嫌なものを見るような目で見られることより気分を悪くすることなどないと思う。
「前の『紛争』ではそう呼ばれてました」
「あー…やっぱり…はは…」
金髪セミロング、なぜか遠い目をしながら乾いた笑いを発している。だから、私がなんでそんな風に見られたり言われたりしなければいけないのか、懇切丁寧に、わかりやすく説明してはもらえないだろうか。
「ロザリィ、まさか、君…」
教授が怪訝な顔で金髪セミロングの方を覗き込んでいる。
「この子が僕のこと『狩り』に来たとか思ってないよな」
「…ええー、そんなわけないじゃない…ははっ…でも『女騎士』って…」
とんでもない勘違いをされているようである。私はあくまで大学には学問を、魔法生物学を学びに来ただけであって、オークを狩りに来たわけでは無い!
「やれやれ…この子、シュヴァリエ家の子だよ?あそこ文武両道で有名なの知らないのかい?」
「え?じゃあ普通に…研究室に…?」
オーク教授のおかげで誤解は解けそうだ。ありがとう教授。でもなんでオークなのに教授やってるのだろうか教授。
「…なんか、ごめんなさいね」
一応は誤解を解いてくれたようだが、まだ信用されてないようである。
「私はロザリィ・フランシス。この研究室で第6位階の魔導技術士をやっているわ。よろしく」
「だ、第6位階!?」
ぱっと見20代前半のミニスカ金髪セミロング、見た目に反して恐ろしい位の高位魔導技術士だ。普通学生で第3位階、一人前の研究者には第5位階の魔導技術制御は必須ではあるが…自分とそう違わないこの歳で第6位階って…
「教授より先生の方がモンスターだ…」
思わず本音が漏れてしまう。
「失礼な」
「ぼく第5位階だから、彼女がいなかったらどうしようもないですよ」
「!?」
…よく考えたらもっと早く気がつくべきだったのだ。魔学部魔法生物学科なのだ、魔法位使えて当たり前だ。だが…教授は魔法が、使える?知能も高くて?
「お、オークが魔法を使える!?」
とんでもない話だ。オークは多少人間より身体能力は高いが、知能は高くなく魔法を使えないからこそ人間がどうにか対抗してこれたのだ。更にオークは人間と交配し繁殖する。…だからと言って人類はオークなんかに、くっ、屈したりしない!
「シュヴァリエさん、オークなんかに負けない!とか思ってない?」
金髪セミロング、こちらを生暖かい目で見ている。
「(心配しなくてもデュラルは紳士だから)」
第6位階なら、直接脳内に無詠唱でダイレクトメッセージを送りつけられるとは知らなかったし知りたくもなかった。この分だと脳内すら読まれた可能性すらあるかもしれない。
「あ、そうそう」
金髪セミロングがちょっとだけ笑顔になって、
「心なんて読めなくても、顔に全部出てるから 」
そんな恐ろしいことを言い放つ。
「おいおいそのへんにしといてくださいよ」
教授がちょっとだけフォローを入れてくれる。
「まぁでも表情でぼくもわかったけど…」
教授、それは本当でも言って欲しくなかった。
---
「うちの研究室は今は女の子ばっかりなんですよね。いやまぁ女の子ばっかりの年の方が多いんですけど…」
ヴィシャ板が並んだ打ち合わせの部屋で、半ば愚痴っぽくオーク教授がこぼす。淡い緑がかった魔洸で部屋が照らされている。
「えー、女の子が多いほうがいいじゃないの?」
フランシス先生がそんなことを言い出す。…逆じゃないのか?
「そりゃ見た目は華やかですよ、でもぼく一人ぼっちじゃないですか」
「皆教授の事ハブったりしませんよー」
「いやそういう問題じゃないんですよ!来年は!男子学生が!」
どうやら教授もいろいろ大変らしい。この研究室にはあと2人女子学生がいるとのことである。割とめんどくさそうなフランシス先生と、女子学生だけ(多分めんどくさい)…いわれてみれば確かにあまり楽しい環境でもないかもしれない。
「そういう意味ではあなたには期待してるんですよー」
…教授、何を期待しているというのか。
「いや、あなた、真面目でまっすぐな気がするんで、めんどくさくなくていいなぁと」
「デュラル、あなた疲れてるのよ」
…本当にフランシス先生ってめんどくさい人なんじゃないか、と思い始めている。フランシス先生にお茶を入れて貰ったのだが…何だろうこのお茶。
「…なんですかこの…」
「ガラナ、と言われてるお茶よ」
「ガラナ…」
「この仕事体力いるから、強壮作用のあるものも欲しくなるわけよ」
「なるほど…大変ですね」
「これから君も大変になるんだよ」
教授がちょっと大丈夫かという顔でこちらを見てくるので、
「体力には多少自信があります!」
と断言しておく。紛争では本当に体力が無かったら大変なことになってた。
「それは何よりです。ぼくらフィールドワークも結構あるんで」
「そうそう。フィールドでの仕事も研究と同じ位大切だから…」
フィールドワークもある研究室とは聞いていなかった。まぁ体力には自信があるし大丈夫だろう。
「それではそろそろちょっとだけ、僕らの研究室が何をやっているかについて話をしますね」
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