講義第二回 「魔法生物の系統樹がこうまで描きにくいとは想定外でしたよ」
「その前にまずシュヴァリエさん、魔法生物について定義を説明してくれませんでしょうか」
教授、物腰こそ穏やかだが、こちらの力量を問うように自分の方を見つつ、机に肘を置き手を軽く組んで顎(?)いや鼻(?)をのせている。
「定義、ですか」
「はい。魔法生物といってもいろいろですがね」
「わかりました」
本に書いてあった内容を思い出す。
「……定義的には大きく分けて二つであると言えます。魔法を『使える』生物と、魔法によって生命活動を維持している生物です。前者にはドラゴンやワイバーン、低位ではありますがゴブリンやコボルトも該当します。そして我々人間やその近縁種、エルフやドワーフなどもそうです。後者には主に各種精霊、ウーズ、ローパー、スライムなどが該当します。絶滅種としてキマイラやサッk……」
「なるほど」
教授、目が怖いです。普段は優しいけどこの人(オークだけど)学問の分野では絶対厳しいタイプだ。紛争に出てきたオークより数倍、いやそれ以上に怖い。
「きちんと勉強しているようで、何よりです」
「は、はい」
「では質問なんですが」
来た。ここからが本番だ。
「それらの生物に、共通しているところはあると思いますか?」
「それは定義通り魔法を使えたり魔法によ……」
思わず声が出そうになったが抑えた。だから教授怖すぎですって……
「ヘリオス教授、研究室に配属されたばかりの学生なんですから……」
フランシス先生がフォローに入った。
「あぁ…そうでした、すいません」
教授が表情を柔らかくした一方、教授の瞳にどこかしら失望したような感情が宿ったのがわかった。
「まぁ、これから勉強していけばいいことではあるんですが……ところでシュヴァリエさん、生物と魔法生物の共通点ってあると思いますか?」
「共通点?」
「そうです、共通点です」
「えーっと……例えば人間を例に挙げると、人間に近縁の猿がいるというとかそういうことですか?人間もサルも『遺伝子』の構造が近いって習いましたけど」
「おや、あぁいえその通りです。人間とサルの遺伝情報を司る…かつて『Genome』と呼ばれていたその構造、大変に似通っています」
げのむ?聞きなれない言葉だ…だいぶ前に聞いた「古代語」みたいに聞こえる。
「でもサルは魔法を使えませんよね」
「重要なのはそこです」
教授が短杖をこちらに向ける。
「魔法生物というのは生物の中のごく一部の種にすぎません。また既存の生物と類縁関係にないと考えられている魔法生物もいます」
「類縁関係にない?」
「……実際には遠くとも何らかの生物と類縁関係にあるハズなんですがねー」
今度は教授がイタズラをする子供みたいな目をする。
「……教授、学会で割と驚かれる発表したのよ。一番センセーショナルだったのは『森の精霊』が細胞粘菌類と相関があるって…」
「……まぁ事実そうだと思うし、それをネタにソコソコの暮らしできてるんでいいんですけど、なんでみんなあまり信じないのか……」
「森の精霊って生物なんですが!?」
巨大な魔力と人類とは異なる知性を持つとされ、畏怖と脅威である森の精霊。その魔力は強大であるため、魔力源としても良く知られている。しかし魔力採取においては怪我人も絶えないと聞く。……だが、不思議なことに大怪我をしたとか死人が出たという話は何故か聞かない。
「ごく一部を培養してみたんです。遺伝子構造調べて『天空の棺』に……あそこのデータだけでは論文に出せないんで、近いうち近縁種の細胞粘菌類を探して採取して遺伝子調べないといけないんですが……」
「『天空の棺』?」
「まだあなたは知らないでしょうけど、かなり昔に作られた『神殿』がはるか」
フランシス先生が天井を指差して
「……にあるのよ。ずーっと、ずーーーーっと空の彼方に。魔力交信が出来ることがわかったのここ数年のことよ」
「『神殿』が空の上に!?」
神殿というのは、人間を含む魔力源から生成された魔力を集積、分配する役目や、各種データの蓄積(例えば住民の情報など)の役目を果たしているところである。神殿には『聖女』がいて、魔力や情報のコントロールを行なっている。聖女は何故か若い女性しかいない。不思議なところである。
「そうなんですよ。そこには我々が知らなかった過去の叡智があったんです」
「……もっと早く知ってたら水車の再発明をしなくて済んだんだけどね」
「え?でも過去の叡智って……そこには『聖女』が?」
「空の上ですよ。さすがにいないと思うんですが、しかしどうやって維持管理しているのかはわからないですねー」
なんか魔法生物学以前に知らないことだらけで頭が沸騰しそうだ。思わずお茶を飲むが、そうだこれガラナとかいうやつだ……の見慣れない味に違和感を覚えつつとりあえず飲み込む。
「最初は魔法生物どうしの遺伝子がどの位同じか、どの位違うか調べてみたかったんですよ。ところが……そりゃもう似ても似つかなくって……魔法生物の系統樹がこうまで描きにくいとは想定外でしたよ」
「…そんなに違うんだ…」
「ある時ふと思ったんです。だったら魔法生物と生物ってどの位似てるのかはたまた違うのか……最初に魔法生物として森の精霊を採取して、何とか遺伝子取って……」
「それで『天空の棺』に似た遺伝子ないかって交信したら……森の中の菌類に似たのがあるって……いやアレにはびっくりさせられたわね」
「ですねー」
……何だかついていけるか不安になってきた。言ってることがわからないわけじゃないけど、発想がぶっ飛んでてついていけそうにない…ホントぶっ飛んでるなこの豚。教授には申し訳ないが、そんなことすら思う。教授についてるフランシス先生もだ…
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「でもそもそも何故魔法生物を比較しようと?」
教授は表情豊かである。今度は少々満足げだ。
「魔法生物の『どの部分に』魔法を使える機能があるのかを知りたかったんですよ。それがわかったら魔法をより効率的に使えたり、高性能にしたりできる可能性が出てきます」
「え?それって教授、魔法って遺伝子によって決まっているって、まさかそう言ってませんか?」
魔法を使う仕組みが遺伝子にある?いや、確かに魔法を使える生物、魔法を使えない生物に違いがあるっていうのなら、遺伝子に仕組みがあるというのは納得ではあるが……
「そうなんですよ」
「えぇ?」
「魔法生物が魔法を使う仕組みというのは、身体に備わっている以上、その大元は遺伝子にある…ただ、それは…いや…」
急に教授が口ごもった。どこかしら遠くを見るような目をしている。
「ヘリオス教授の研究なんだけど…『神殿』の根幹に関わる部分もあるのよ。『神殿』の働きは私たちの社会のインフラの中心でしょ。最も『神殿』って秘密主義だし、ある意味では教授は『神殿』の敵、とも言えなくもないわね。それ以外にもせいz」
「まぁ色々あるんですよ」
……また遮った。教授は隠したい何かがあるようだ。
「魔法生物についての研究が必要なのはわかりました。で、実際どんな研究をしてるんですか?」
「私たちのところだと、遺伝子解析とフィールドワークですねー」
「…フィールドワークか…はぁ…」
フランシス先生、インドア派のようである。一方教授はフィールドワークもやる方に見える。……インドア派のオークってのもおかしいとは思うが、それを言い出したらオーク教授の時点でおかしいとかそういう問題ではない。
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