講義第二十一回 「どいてデュラル、そいつ殺せない」


 魔法というものは、時に失敗が起きるということが知られている。通常であれば呪文の唱え間違えや、間違った魔道機の使用法が原因である。

 通常でない暮らしをしている人たちにとっては、魔法の失敗の頻度は普通に暮らしている人たちの100倍、いやそれ以上ということもありうる。

 そんな通常ではない人たちと一緒にいると、しばしば不穏な単語が飛び交うので困る。


「しまったなぁ…精霊が止まらなくなっちゃった…暴走してる…」


 フランシス先生がどうやら魔法の並列化に失敗したみたいである。教授が顔を出す。


「threadですか」

「どうも相性が悪いみたい」

「…この魔法系、並列化無理ですよ!」

「うそ!なんで!?」

「魔力空間がglobalしかないからですよ」

「えー…」

「古いタイプの魔法系だと、並列化にこだわってないことも多いですからねー」

「そっか…じゃあ処理殺さないと…あ、どいてデュラル、そいつ殺せない」

「おっと」


 暴走している精霊に停止命令killを唱える。精霊は消え去ったように見える。


「うーん、じゃあそこから作り直すしかないのかなぁ、この魔法」

「似たような並列化できる魔法使った方が良いし早くないですか」

「…それが、この系だとこれしかないの」

「難しいですね。他の系の魔法使えないとなると…」

「もう一度、幻脳魔導機構アストラル調べてみるね」

「…できたらそれが良さそうですね、あと他の精霊殺してます?」

「…あ、あとこいつ、子精霊もいるんだ。こいつも殺さないと」

「相変わらず物騒だなぁ…」


 ロワイエ先輩じゃないけど物騒すぎではないですか、その表現。


「この辺りの表現の仕方は大破壊前からだから、今更変えられないの」

「そうですね。大破壊前に魔法はなかったとされていますが、魔法の元となる考え方は存在しています。原初の魔術師として誰をさすかは諸説ありますが…」


 原初の魔術師達の名は、魔法を使うものなら子供ですら知っている。バベッジ、チューリング、ノイマン…そして『はじまりの魔女』エイダ。


「魔法そのものの研究者にとっても、天空の棺は非常に興味深い存在のようですね。古代の人類は、最終的に『処理の自己生成』を目指していたようです」

「その結果が魔法ってこと?」

「おそらくは。機械技術文明、というものがあったという説もありますが…流石にそこまでいくと眉唾です」

「機械技術文明…魔法なしに道具だけで暮らしてたの?あり得ない」


 ロワイエ先輩ではないが、少なくとも想像できない。


「あ、そろそろお昼ですね。昼ごはん食べながらその辺りを話しましょうか。全部考古学研の受け売りですが」

「デュラルって本当に勉強好きね」

「…興味深いことがあったら知りたくなりませんか?」


 教授の気持ちは、少しではあるが自分にもわかる。


---


 教授はらーめんとやらに手を出したようである。自分はというと、ライスにカツレツを乗せるという古代の風習に挑戦してみる。


「また変わったもの食べてるわねシュヴァリエさん」

「同じものばかりだと飽きませんか?」

「そうね」


 …カツレツとライスは別にした方がいいんじゃない?と小声で先生が言っているが敢えて無視する。


「さてと、古代の魔力の話ですが…今とは違う方法で、魔力を使っていたという説もあります。湯を沸かして魔力を作っていたとも」

「湯を沸かして?」

「何を燃やしていたかはわかりません。とにかく色々燃やしたり、どこかから熱を持ってきたりしていたようで」

「…理解できない」

「金属で魔力を生む方法があります。ぼくは子どもの頃よく遊んでいましたよ。ボルタ遊びって知ってます?」

「ぼるた遊び?」


 チェイン先輩が知らないんじゃ、自分が知るわけもないな。なんだそれ。


「ええ。二つの違った金属の間に食塩水入りのスポンジを置いておきます。両方の金属に銅線をつなぐと、魔力が発生する、と」

「そんなことで魔力が発生するのですか?」

「磁石と組み合わせるとまた面白いんですよね。磁石をぐるぐる回すこともできますよ」

「へー」

「デュラルの子供の頃の話ってあまり聞いたことないなぁ」


 先生付き合い長いのに、普段何話してるんですか。…仕事のこととか?


「ぼくは魔法を使えない、ということになっていましたからね。それを誤魔化すための細工です」


 色々大変だったんですね、教授も。


「ところで、魔法生物ではないのに魔法を使う生物ってご存知ですか?」

「デュラルのこと?」

「いや、ぼくは魔法生物の括りに入ると思います。魔法生物mitochondriaもありますし」

「でないとすると…魔法生物とは違う方法で魔力を発生させるってことですか」


 これまでの話からするとそういうことになるのか?チェイン先輩は察しがいいな。


「そうです。マリョクエイというエイですが、水中で魔力を放出して餌となる生物を魔力で支配下におき、パクり」

「それでも魔法生物じゃないんですか?」

「はい。魔法生物mitochondriaはありませんし、詠唱もしません。どうやら筋肉を使って魔力を発生させているようです。古代の人類の中には『筋肉魔法』という魔法を使おうとした人達もいたようですね」


 筋肉魔法…魔法使いなのか筋肉使いなのかはっきりさせて欲しい。


「世の中には不思議な生き物もいますね…」

「むしろ多くの生き物からしたら、魔法生物こそが不思議な生き物なのかもしれません」


 大破壊前には全く存在せず、大破壊以後に急激に増加した魔法生物。大破壊前と大破壊以後では環境は激変しただろうから、大破壊以後の過酷な環境に適応した結果だと考えられていた。実際にはどうやら、大破壊以後人類が生き残るための道具だった、そう教授たちは考えている。真実かどうかは、まだ判断できないが。

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