第三回
ロザリィに襲われたぼくは、そのまま左腕を彼女に噛み付かれた。痛い、いや痛いだけじゃなく何かを持っていかれるような感覚だ。何かを吸われている!くそっ…どうなっている?
思わず突き飛ばして逃げようかと一瞬思った。
でも…だ。もし突き飛ばして逃げたら、彼女を救える可能性は多分なくなる。恐怖が全身を包む。だけど、怖いのはぼくだけじゃない。彼女だって(意識はなさそうだけど)きっと怖いんだ。
ぼくは噛み付かれたまま、ありったけの勇気をふり絞って彼女を抱きしめた。
「大丈夫だよ。怖いのはぼくだけじゃないよね」
ロザリィの目の色が赤から普段の色に戻っていく。大破壊前の絶滅した巨大な虫に、そのようなやつがいたという都市伝説があるが…ロザリィがぼくの腕を咥えたまま、嗚咽をあげはじめた。
「…ごめんなさい…ごめん…なさい」
「いいんだ…ちょっとは魔力欠乏が解決したのかな」
よかった、離れてくれた。腕を見てみると、特に血とかは出ていない。しかし…歯型がついている。歯型の部分が若干変色している。魔力欠乏の解決のためとはいえ。毎回噛まれるのはキツい。
ひとしきり泣いたあと、ロザリィは力尽きたように寝てしまった。
このままだとマズい。別に噛まれるのは構わないが、その程度で十分な魔力を提供できるとも思えない。美少女に噛まれるプレイとして商売…割といけそうな気がするが多分それをやると色々後戻りできなくなる。却下。もっとこう、安全に効率よく魔力を提供する方法…
彼女をベットにねかせてから、借りてきた本を読み漁る。…気になる単語を書き出す。
…聖女…神殿…魔力供給…エナジードレイン…サッキュバス…?点と点が繋がってゆく。待て?まさか…いや…しかし…だとしたら…
多分、ぼくが彼女好みそうな美少年ならなんの躊躇もなくそれを実行することができただろう。しかしぼくはとてもじゃないが美少年とは程遠い。
どう考えても陵辱としか表現できない…オークの本能とか言われたら自殺したくなる。
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「おはよう」
「…ん、て…おはよ」
ロザリィが目を赤くして(といっても昨日とは違う意味で)目を覚ました。
「ロザリィ…」
「ごめん。わたし…もう…出ていくね」
「待って!」
ぼくは自分の声にびっくりした。ロザリィもびっくりしたようだ。
「出て行くって、どこに?」
「…それは…」
「昨日…本を調べてたんだよ。多分、答えはわかった」
「え?」
こんなことを言いたくはないのだが、背に腹は変えられない。
「魔力供給をする方法」
「うそ」
昨日の今日で方法がわかった。なんて言われたらそれは驚くだろう。
「…どんな方法?」
「方法自体はそんなに難しいことじゃない」
ロザリィが期待と不安の入り混じった表情でこちらを注視している。胸が痛い。
「信じないなら信じなくていい。嘘だと罵倒するならそれもいい。でも多分これでいけるはずだ」
「ううん、信じる」
いい子すぎて涙が出そうだ。こんないい子に残酷なことを告げないといけない。覚悟を決めろデュラル。
「魔法生物との性行為」
「?」
「つまり精液に含まれる魔力を…」
「あの…」
ぼくは罵倒されるより、さらに残酷なことがあるとは思わなかった。
「性行為って、なに?」
「え?」
知らないはずがないと思ってたんだが、とんでもない斜め上だ。そんな…ありえないだろ…?
「セックスって…判る?」
「?」
「あ゛ぁあ゛ぁ゛あ゛ぁ!!!」
---
よーしわかった、やっとの事で精神を落ち着けることに成功した。ぼくはこれからお前に叛逆するぞ神。これでもぼくは生物学者の卵、生卵だからな。そう、生物学者なんて神に叛逆してなんぼのものだ。ちょっと性交渉のことを知らない女の子に性教育するのくらい余裕だ余裕!と、半ばヤケクソになっていた。
「えーっとね。まず。確認なんだけど、子供ってどうやってできるか知ってる?」
「神殿長が神殿の機能を使って出産するのは知ってる」
「え?ちょっと待って?じゃあ神殿長は性交渉を誰かと…」
「性交渉って?」
「男の人と…」
「神殿には男の人はいない」
なんなんだよ!ふざけるな神殿!どうやって子供作るんだ!…待てよ。
「神殿長が産むのって、女の子だけ?」
「うん」
…古代の遺跡の記録にそんな記載もあったな。二卵性胎児を作る手法。まさか神殿でそれをやってるとは思わなかった。まあいい。クローンなどの可能性も否定できないが、人間ベースであることを考慮すると可能性は低いはずだ。
「なるほど…それじゃ知らないのもしかたないか」
「そうなの?」
「一般的な生物は、配偶子を形成して受精卵を作り。それが子供になるんだ」
「…うん」
興味を持って貰えたようで何よりだ、しかし…
「その方法だけど、水棲生物の場合は卵や精子を水中に放出するんだ。陸生生物ではそうはいかない」
「どうするの」
「完全陸生生物の場合、爬虫類や鳥類、哺乳類では水の代わりに体内で受精を行うんだ。一般的にはオスの生殖器官がメスの生殖器官に挿入される形態をとる」
やっとここまできた。
「普通の人間も哺乳類なんで、同様の形態で、やはり体内で受精する」
「受精」
「その際に必要なのが性行為ってわけなんだ」
「性行為」
さてここからが厄介なんだけど…。
「でも、それと魔力がどんな関係が?」
「実は精子の中に魔力がかなり多く含まれている」
「!」
「通常なら副産物ではあるけど、効率の良い魔力供給になりうるよね」
ロザリィが満面の笑みを浮かべる。でも待ってほしい。君は性交渉の意味を知らないからそんな顔をしてるんだよ。
「…それじゃ」
「でも待って…本来性行為って、子供作るためにやることだよ」
「そうか」
「それも好きな相手と。できるなら世界で一番好きな相手とするんだ」
そうでないのもあるかもしれないが、そんなブタ以下の連中のことは今はどうだっていい。ぼくの表現はさすがに自分でもファンタジーだってわかってるが、リアルなことを言えばいいというものではない。
「…」
「生物によっては性行為自体で生殖器官を傷つける種すら存在する。人間はそこまでじゃないが、最初は苦痛を伴うことも多い。慣れると快感を得られることもあるけど、下手なヤツがやると片一方だけが気持ちよくなるなんてのはザラだ。そんな性行為する男は
「産廃…」
ちょっと性行為に嫌悪感を与えるような表現をしてしまう。はっきり言って、この選択肢は選びたくないからだ。
「性的快感には相手が好きかどうかも関与してくるような気もする」
「そうなの」
「あと、だいたい夜するというものだね」
「なんで?」
「他の動物に襲われるリスクを回避するためだと言われてる」
実際には昼間でもしてる人はしてるけど、本能が弱ってはいないか逆に。無論本人たちの自由だし、場所さえあれば安全はそりゃ確保できるだろうけど。
「とにかく、よく考えて欲しい。確かにロザリィ、魔力供給面のことだけ考えると性交渉というのはかなり手軽な方法だ。でも、それは誰が相手でもいいってものではない」
「うん」
「こんな方法より、他の相手や他の方法、それを探すべきだ、と思う」
「…こんな…方法…」
「今から学院行ってくるけど、どうするかはきみが決めろ」
「…」
「とりあえずご飯にしよう」
フレンチトーストとコーヒー、サラダを用意した。黙々と食べて、支度をして出掛ける。
「それじゃ、行ってくる」
「…うん」
ロザリィはうつむきがちに小さく頷いた。
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「ただいま」
帰ってきた時、ちょっといい匂いがした。
「ロザリィ?」
「…おかえり、っていうんだっけ?」
そうだけど…何か美味しそうな匂いがするんだけど、何これ。
「キッシュっていうの作ってみたよ」
「キッシュ」
「スープも作っておいた」
「スープも」
あれ、そういえば、エプロンなんていつ買ったっけ?
「疲れた?」
「うん。まあ」
「ご飯にしない」
「そうする」
ダメだ戸惑ってる。彼女が急にご飯作ってくれたのはなんでだ。あまり喋ることなく食べた。あ、これ美味しい。
---
夕食を食べ終わったあと、ロザリィが切り出した。ぱっと見だけど、かなり元気になってる。腕齧らせた甲斐があった。
「本当は、出て行くべきだったと思う」
「え」
「でも、もう決めた」
「決めたって何を…」
「…そういえば、まだ名前聞いてなかった」
「あ」
そうだ、ぼく。名前まだ教えてない。
「デュラル。デュラル・ヘリオス」
「かっこいい名前だね」
「そう?」
「デュラル。聞いて」
そう言われて聞かないわけがない。どんな答えを出されても、それを最大限尊重したい。
「デュラルはわたしのこと、どう思ってる?」
「…最初は、なんで来たんだよって思ったよ」
「知ってた」
いたずらっ子みたいな笑い方をするなぁ。
「でも、出ていくと言われたとき、出て行って欲しくないと思った」
「…」
「…こんな気持ち今までしたことないからなんともいえないけど、多分好きになりはじめてるんだ…本当は」
なんでそんな顔優しい目でぼくを見てるんだ…多分ぼくは赤くなってるだろうな、クソっ。
「ぼくは…見ての通りのオークだ…人を好きになるとか…あり得ない…」
「…」
「ロザリィは?」
そうだ、きみが決めろと言っておいて聞くだけ聞くのはどうなんだ。
「どうだと思う?」
質問で質問を返さないでください。相手が殺人鬼でなくてよかったな。
「さっぱりわからないよ」
「三回」
「?」
「デュラルがわたしを助けてくれた回数」
「あ…」
「龍と闘って、あそこにいた人たちをみんな。魔力短絡で死にかけてたわたしを。そして…昨日」
昨日のはどうなんだろうか。もっといい手があったんじゃないか?
「でもそのせいで破門されたんだろ」
「助けてもらってなかったら死んでる」
「それはそうか」
死ぬか破門か…生きていけさえすればどこだって楽園になりうる、誰かがいってたな。
「好きってだけじゃない。多分、そういう運命なんだよ」
なんでそんな顔で笑えるんだきみは。運命…あまり好きな言葉じゃない。ぼくがオークなのも、無駄に色々考えるのも運命なのか?どうこうできないものなのか?
「それじゃぼくの自由意志は?」
「自由意志と運命、どっちが強いと思う?」
「そういうことか…?」
でもぼくはどこか躊躇している。おそらく、責任をとれるか不安なのだ。
「責任は、とるから」
「なんの?」
「例えば子供ができたら…」
「多分、できないよ」
ロザリィが寂しそうに笑った。
「子豚ちゃん抱っこしてみたかったんだけど」
「どういうこと?」
「神殿で子供ができるのは神殿長のみなの…」
「そうか」
ハダカデバネズミと同様の生殖抑制機構。人間をはるかに上回る戦闘力の『聖女』が無秩序に増えた日には、どうなることか。
「そういう意味で責任は取らなくていいよ、きっと」
「…」
でもちょっと待てよ…生殖抑制機構の根幹から離れているわけだろ…つまり。…その危惧は12年後に的中し、ぼくは慌てて色々することになったがそれはまた別の話だ。不意に、ロザリィが目の前に迫る。昨日の悪夢がよぎる。しかし…
「デュラル…助けて」
泣いているようにも微笑んでいるようにも見える、儚げな表情で…そんな言い方、反則じゃないか。ぼくは…
---
結局ぼくはすることをしてしまった。
これは人命救助、と心の中で念じていたが、まぁ言い訳でしかない。ロザリィには初めてって思ったより気持ちよかった、とか言われたのがせめてもの救いではある。丁寧にゆっくり、優しく扱うのを心がけるくらいのことしかできないが、とりあえず
不思議なものですることをしていただけで、ぼくが鬱病すら疑っていたロザリィが元気になっていく気がする。性行為する度元気になるとかまるでサッキュバスだな、と言いたい。神殿は秘匿していることだろうが…おそらくそうなのだ。
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