第18話 深淵への誘い①
左眼が綾野祐介、右目が橘良平、上半身が岡本浩太、下半身が桂田利明の四人が合体したその者は仕方無しに洞窟の地下へ地下へと進んで行った。本来蜘蛛の神アトラク=ナクアの住まいであったと思われるところまで辿り着いた。しかしそこには何も居なかった。空になってからかなりの時間が経っているようだった。
その辺りは大きな亀裂がたくさんあったのだが、そのすべてに立派な橋が掛けられている。ただ、その橋の素材は見当もつかないもので出来ていた。
更に地下へと進んでいくと、千柱宮殿が現れた。妖術師ハオン=ドルの居城であるところの宮殿にも人の気配は無かった。ハオン=ドル本人もその使い魔たちの姿も無い。打ち棄てられてからここも永劫の時を経ているように見えた。
(なんだか、遺跡ばかりで何も居ないじゃないですか。どうしてしまったんでしょう
か。)
四人は互いに岡本浩太の頭の中で会話が出来た。声に出してしまうと全て岡本浩太の声なので紛らわしい。
(どうしてしまったのだろうね。一番上のツァトゥグアは健在だったし、一番下のア
ブホースも未だ幽閉されている筈だが、その間に棲み付いていた者達はみんな何処かに行ってしまったようだね。)
(あとは何がいるんでしたっけ。)
(次は蛇人間で、その次がアルケタイプの筈だけれど。)
(何ですか、その蛇人間ってのは。)
桂田は大の蛇嫌いだった。想像するだけで鳥肌が立ってしまう。四人の合体した一体は下半身だけが鳥肌が立っていた。
(蛇人間はとても科学の発達した種類の生物で、その顔が蛇のようなのでそう呼ばれているだけだろうね。ただ、あまり気持ちいいものではないかも知れない。)
四人(?)が更に下へと進んでいくとそこには何かの実験室のようなものが現れた。蛇人間の実験室のようだった。
中へと入ってみると、ここにもやはり動くものは何も居なかった。ただ、ここには大きな円柱状のガラスケースに入れられた数々の生物の標本が並べられていた。何かの透明な液体に浸されているが、生きてはいないようだった。
そのうちの一つには「Human」というプレートが付けられている。ただ、そのケースは割れてしまっていて、中には何も居なかった。
他には大人よりも大きいサイズの、胎児としか表現できないようなもの(成長すると巨人と呼ばれるようなサイズになりそうだ。)や、蚯蚓》と百足のあいのこのようなものなどが見受けられる。通常地球上には居そうも無
いもののオンパレードだった。ただ、その設備を見ると綾野や橘でも理解できないものがたくさんあった。かなり科学の進んだ種族であったことは間違いないようだ。
その進んだ科学を持っているはずの蛇人間達はいったい何処へいってしまったのだろうか。
(綾野先輩、結局地下には何も居そうにありませんね。ツァトゥグアの真意はどこにあるのでしょうか。)
(判らないな。何故アクラノ=ナクア達が居なくなってしまったのか、ツァトゥグアはその無人の地下世界に何故私達を送ったのか。ここまでの様子では見当もつかない。)
(判らないときは、先に進むしかないですよ、両先生方。)
(利明の言うとおりです。少なくともアブホースは居るはずですから。)
意識の中で融合しかかっているので、四人には互いの気持ちがストレートに伝わってしまうようだ。四人とも不安でしようが無いのだが、勇気を振り絞って先に進もうとしている、という点で全員の考えは一致していた。
研究所の施設を出て更に地下へと進んでい
くと、遠く先に何かが動いたように見えた。
(今、何か動きませんでしたか。)
右目の橘助教授が意識した。
(確かに何かふわふわとしたものが動いたようだな。)
左眼の綾野にも何かが動いたように見えた。
(行って見ましょう。)
ツァトゥグアに会って以来初めて出逢う何者かに不安と期待が入り混じっているが、自然と足が速くなってしまう四人(?)だった。
近づいてみるとそれは、何か全体的には丸いものとしか認識できないものであったが、よく見るとほぼ人間の部品を有しているようだった。顔、手、胴体、足というような各々の部位はかろうじて認められる。それは一体だけが浮遊しているかのように移動していた。
「ちょっと待って。」
それが人間の言葉を理解できるかどうかは判らなかったが、とりあえず声を掛けてみた。
それは、声に反応したのか、それとも理解したのか、人間の感覚で言うと、立ち止まったように見えた。
「なにか用か。」
ツァトゥグアの時と同じようだった。脳に直接伝わってくるのであって、それがそういう意味であると意識できるだけなのだ。
「あなたは一体何者なのですか。」
「人に向かって何者だと聞くことは失礼に当るとは考えないのか。」
「確かに、でも私達にはあなたがどのような存在であるのか、理解できないのでお尋ねしているのです。申し訳ありません。」
「まあ、いい。私の名はロングウッド、あなた達人類が進化した形態と思ってもらっていい。アルケタイプと呼ばれることもある。それで理解できるか。それにしても、私達とは妙なことを言う。」
少しの間、アルケタイプは四人合体を見ていた。
「なるほど、ツァトゥグアに身体を混ぜられているのだな。奴のやりそうなことだ。奴の言葉に耳を貸してはいけない。奴はただ永劫の時を過ごすのに、退屈しているだけなのだろう。」
アルケタイプとは確かにヴーアミタドレス山の地下世界に棲んでいると言われている人類の末裔と伝えられている。
「判りました。あなたのように方がアルケタイプと呼ばれる存在なのですね。でも、どうしてここにはあなたしかいないのですか。他のアルケタイプはどうしたのです。」
「ここまで降りて来たのなら、途中に何もいないことを知っているだろう。我々も同じように此処こ》から立ち退いているのだ。私は最後まで残って後片付けをしていたのだが、もう次の世界へ移るところだ。この地下世界はもう直ぐ崩壊してしまう。ツァトゥグアが封印されている一番の入り口付近とアブホースの底だけは結界の力によって封印され続けるだろうが、我々が棲んでいたところは、崩壊を免れることが出来ない。我々が飼育していた恐竜達も全て違う次元へと移したところだ。私が最後なのだ。」
この地下世界が崩壊する。悠長なことを言っている時間は無いのかもしれない。
「ここはいつ崩壊するのですか。」
「ここは時間の流れがお前達が元居た世界とは違う。ここでの時間でいうとせいぜい後2時間というところか。」
「ぼく達を連れ出してもらえませんか。」
綾野とアルケタイプの話に岡本浩太が割り込んできた。
「浩太、それは多分無理だろう。」
「どうしてですか、綾野先生。」
「その者のいうとおりだ。おまえたちはツァトゥグアの呪いを掛けられている。そのまま連れ出せば元にはもどらないことになる。それでもよいのか。」
「だっだめです。すいません。でもあなた達の科学ではどうにもならないのでしょう
か。」
「なかなか挑戦的なことを言う。我々は確かにお前達より進化した存在ではある。この上で妙な研究をしていた蛇人間さえも凌駕した存在であるのだ。しかし、もとの身体は多分ツァトゥグアに一旦吸収されているのだろう、そのような状況下での分離は到底無理な話だ。その呪いは掛けた本人でしか解けないのだ。そして我々はツァトゥグアを制御するまでには至っていない。」
アルケタイプの特徴なのかロングウッドからは表情とか感情が読み取れなかった。
「すると私達はこのままアブホースの元に行かざるを得ないのですね。」
「仕方が無いだろう。では私はこれで。」
如何にも時間がなさそうにロングウッドは歩き?出した。どうも浮いているように見えるのだが、足のようなもので歩いているようにも見えた。
「ちょっと待って下さい。あなた達はここから一体どこに行くのですか。」
「お前達に言っても理解できないだろう。次元が違う、という表現が一番近いのかも知れない。いずれにしても、これからアブホースの元に行かねばならないお前達には関係が無いことだろう。」
そういい残すとさっさとロングウッドは行ってしまった。
この地下洞窟があと2時間で崩壊するのなら、急がなければならない。四人(?)は先へと急いだ。
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