第11話 ツァトゥグアの恐怖 謎の死

「いったい何があったんですか。」


 橘教授の体調が最近優れないとは聞いていたが、そんなに急に亡くなってしまうとは予想外だった。私の今の肩書きを用意してもらってからまだ1年、あの恐るべきクトゥルーの復活を阻止してから半年しか経っていない。


 私は未だ事後の報告も出来ていなかった。ただ岡本優治が無事だった事を連絡しただけだ。


 連絡を受けてなんとか告別式には間に合った。岡本優治と彼の甥の浩太君も一緒だ。


 告別式の最中ではあったが、私は橘教授の奥さんに亡くなった時の事情を聴いた。


「橘は綾野さんがいらしてから少し鬱病のようになっておりました。大学にも全く連絡しないようになってしまって。今年に入ってからは体のほうもかなり弱ってまいりまして、お医者様には無理をせず入院したらどうか、と仰っていただいておりましたのですけれど、橘はいやがりまして、とうとう自宅で朝、私が起こしに参りましたときには亡くなっておりました。」


「何か特に変わったところはなかったのですか。」


「そういえば、亡くなる前の晩に私は存じ上げないお客様がいらっしゃいました。お帰りになってから橘はたいそう機嫌が悪うございましたわ。直接の死因は心臓麻痺でございました。けれども、私には到底信じられない事でございますが、死に顔を見たときには、五十年連れ添った私でも見分けが付かないほど形相が変わっておりまして、最初は誰か他人が橘のベッドで寝ているのかと思ったくらいでした。」


 奥さんの話しでは、確かに橘教授の部屋で教授が着ていた寝巻きをきている人が死んでいるのだが、自分の夫には見えなかったらしい。恐怖に歪んでいる顔、というところだろうか。何かとんでもなく恐ろしいものを見てそのショックで心臓麻痺を起こしてしまったという処が、警察の見方だった。司法解剖の結果も死因は心臓麻痺以外見つからなかったらしい。問題はそれほどの恐怖を与えるものが何か、ということだ。当然奥さんには心当たりは無かった。


「その客は一人でしたか。」


「いいえ、お若い男性の方がお一人とその方よりも更に若い女性の方がお一人でした。女性の方は二十歳にもなっておられないように見受けられましたので、橘の大学の教え子か誰かかとも思いましたのですけれども、橘の機嫌が大層悪うございましたので、何も聴けませんでした。」


 奥さんは気丈にも私の質問に丁寧に答えて下さった。もし、私に協力して下さったことが原因だとしたら、会わせる顔が無い。


 私は東京に戻った岡本優治にその辺りの事情を調べてもらうことにした。所期の目的であるクトゥルーの復活は阻止できたのだが、だからと言って直ぐに琵琶湖大学の講師を辞める訳にもいかない。私と浩太君は教授の告別式が終わると滋賀県に帰った。

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