第12話 発見された何か

 岡本浩太は、琵琶湖大学伝承学部アメリカ伝承学科の2年生でもうすぐ丁度二十歳になる。去年の12月にあまりにも衝撃的な体験をしてしまったので、新学期が始まっても何か物足りなさを感じていた。若さゆえに恐怖体験が逆に自信につながったようだ。


 講師の綾野と一緒に綾野と伯父である岡本優治の共通の恩師、帝都大学の橘教授の告別式に出席した後、彦根市内のアパートに戻った。実家は静岡の掛川にあるのだが、志望学部の関係で琵琶湖大学を選び、一人暮らしをしているのだ。


 浩太の父、敏次の一つ違いの兄が帝都大学は免職処分になってしまった岡本優治になる。これからの生活をどうするのか、父の敏次も心配していた。実家はお茶園を営んでおり、学者になってしまった長男の優治の代わりに次男の敏次が継いでいる。実家を継ぐときは兄弟の間でかなり揉めたと聞いているので、いまさら、伯父が父を頼ってくるとは思えない。父の敏次は今では特に気にしていないようなので、伯父から折れて話をすれば、きっと力になってくれるはずなのに、いまだ何の連絡も無い。橘教授の告別式で浩太が逢った時も心配するな、と言うだけだった。


「由紀子伯母さんのこともあるし無理しなければいいのに。」


 伯父の気持ちも判るがそうも云っていられないとも思う浩太だった。


 梅雨に入って特に面白いこともなく過ごしている浩太にその話しを持ってきたのは、仲間内では調子者で通っている桂田利明だった。同じ伝承学部の二年生である。桂田は実家が奈良県なので、浩太と同じアパートに一人暮らしをしている。


「それでさ、今度そこを掘ってみようってことになったらしいんだ。」


 得意になって話している内容は、桂田がバイト先で仕入れた話だった。


 彦根市内にとある旧家があって、そこを今度取り壊して建て替える話しが持ち上がった。図面の打ち合わせも終わり契約も済んで引越しも終わり、いざ建て替えるために古くなった家を取り壊していた時のことだった。在る筈の無いコンクリートが出てきたのだ。


 取り壊した旧家は戦前に建てられたものだったが、それほど価値のあるものでもなく、保存状態も良くなかったので、単に取り壊すことになった。この地下にコンクリートの床のようなものが出てきたのだが、住人は誰も知らなかった。明治のころから住み続いている旧家で、戦前に火事で全焼して建て替えられたものなので、当時の住人はもう全て故人になってしまっているのだが、後を継いでいる今の住人は何も聴かされていなかった。


 ところが出てきたコンクリートは比較的新しいものらしく、どう考えてもここ数年以内のものなのだ。専門家も首を捻る事態で、地方紙ではあったが先日新聞の記事にもなった。岡本浩太は全く知らなかったのだが、桂田のバイト先のコンビニエンスストアのオーナーの知り合いの家なので、多少詳しい話を聞けたらしい。


「それで今度そのコンクリートを壊して調べてみることになったらしいんだ。」


 上から見るとただのコンクリートの床が出てきただけのように見える。ところが、上にたっていた家よりも下から出てきたコンクリートの方が新しい。後から地下を掘って差し込んだとは考えられる筈もない。


「なあ、明日の朝から壊すらしいから見に行ってみようぜ。」


 綾野先生の講義が朝からあったのだが、浩太も興味があったので、桂田と同行することに決めた。


 翌朝、原チャリ(原動機付き自転車)で現場に着いたとき、丁度パワーショベルが動き出したところだった。


「なんだが、大きな騒ぎになっているみたいだな。」


 野次馬だろうか、大勢の見物客で周辺はごった返していた。浩太と桂田も同類だが。


 桂田がバイト先のオーナーを見つけて少し見やすいところへ移動した。


「オーナー、おはようございます。」


「おう、桂田君か。見に来たんだな。今日は遅番だったから、ここが終わったら店の方に入ってくれよ。」


 徐々にコンクリートが捲られて行く。コンクリート自体の厚みが1m近くあったようだ。そして、その下から、なにか空間が現れ始めた。


 周囲から


「おおっ。」


 というようなざわめきが起こった。何が隠されているのだろうか。


「おうい、何か出たのかぁ。」


 現場監督風の男がパワーショベルを操作している男に大声でさけんでいる。


「後藤さん、なんかねぇ、おっきな穴みたいですよ。」


 パワーショベルの男が応えた。コンクリートの下から出てきたものはなんと大きな空洞だったのだ。


「なんでこんなところにコンクリートで蓋をされた穴が開いてるんだ?」


 桂田はさすがに脳天気なことばかり云っている普段とは違う様子で浩太に問い掛ける。


「なんか、やばい事にならなけりゃいいけれど。」


 浩太は自らの経験からこの世の中に途方も無い恐怖が実在することを知っている。この穴についても、どうも嫌な予感がしてならなかった。


「綾野先生を連れて来よう。」


 浩太は綾野の意見が聞きたかった。詳しく調べてみないことにはなんとも云えなかったが、穴の深さは想像を絶するものらしい。小石を落としてみても底に落ちた音が何時までたってもしない。50mぐらいまでロープを下ろしてみたが底には届かなかった。


 後で聞いた話だが、大阪のどこかの大学から調査に来る事になったらしい。琵琶湖大学は新設校なので、あまり地元でも信頼が無いのか。というか、地質学者がいない、ということなのだろう。


 浩太はさっそく大学に行って綾野を探した。綾野は自分の講師控え室に居た。


「岡本君、今日はサボったね。まあ、若いんだから多少仕方ないとしても、遊びも程々にしとかないと。あんな経験をして、気が抜けているのは私も同じなんだが。」


「先生、違うんです。ちょっと気になることがあって、そっちに行ってたんです。聞いてませんか、古い家の下にコンクリートの床があったって話。」


 綾野の言い分は半分以上当っていたのだが浩太は話を逸らしてしまった。


「ああ、新聞にも載っていたからね。それがどうかしたのか。」


「そのコンクリートを割って調べるっていうんで、桂田と二人で見に行ってたんです。そしたら、底が見えないほど深い穴が出てきたんですよ。何かあると思いませんか?」


「何かって何があると云うんだ。」


「だから、の巣とか。」


「君の発想は飛躍し過ぎだな。そんな話がそうそう転がっている訳が無いだろうに。私もアーカム財団の非常勤顧問に任命されてから今日まで、その手の情報は一切入って来ていないんだから。」


 綾野にはそれが不満、と謂うような口ぶりだった。クトゥルーの復活を阻止してから半年以上が経っている。その間、何の活動もしていない自分が、何か取り残されているような気持ちになっているのだ。


 その辺の気持ちはほぼ同じ経験をした者の立場として正確に理解している浩太だったので、綾野をこの話に巻き込む自信はあった。浩太は綾野と一緒に穴の中へ調査に行く方法を見つけるつもりでいるのだ。そのへんは、アーカム財団や綾野自信の人脈を最大限に利用する魂胆だった。

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