第13話 調査隊

 翌週の月曜日6月24日の午前10時、綾野と浩太は調査に行くという大阪府立城西大学付属地質学研究所のスタッフと共に調査隊の助手として例の穴の現場に居た。


 その後の調査で穴の深さは約200m程度、直径は3mでほぼ円筒状に続いているらしい。力学上も地質学上もありえない穴だった。


 そして、底には横穴が続いているようだ。


 大型のクレーン車で吊り下げられたカーゴに乗って調査員達は次々に底へと降りていった。一度には5名づつしか降りられないので、綾野たちは5回目のカーゴに乗った。総勢24名の調査隊だ。記録用の撮影スタッフも4名含まれているので、純粋の調査隊としては18名となる。


 調査隊の隊長は城西大学工学部の橘良平助教授だった。彼は先日亡くなった帝都大学の橘教授の孫で綾野の2年後輩だった。悪い言い方をすれば、多少手を抜いて講師に留まっていた綾野と違い橘は優秀な学者で、いずれ帝都大学に戻って工学部教授になるだろう、と噂されている。


 綾野達最終のカーゴが底に着いた時には先発隊が横穴に侵入を開始してから半時間が経過していた。


「さあ、一緒に行きましょう綾野先輩。」


「先輩は止めてくれよ、お前は助教授でこの調査隊の隊長なんだから。」


「でも僕にとっては昔世話になった先輩に変わりはないですよ。祖父もよく先輩の話をしてくれました。酒もタバコも女も全部先輩に教えてもらった恩があります。」


「おいおい、生徒の前で何て話をするんだ。それに確かに教えはしたが全部直ぐに止めてしまったじゃないか。」


「一通り経験すれば、あとは特に興味が湧きませんでしたからね。でも本当に感謝しているのですよ。でなければ、今回の申し出もお断りしていました。先輩だから受けたんですから。悪いですが、岡本先輩からなら断っていたでしょう。」


「誰の前で話をしていると思っているんだ、彼は優治の甥なんだぞ。」


 私の直ぐ後ろでバツの悪そうにしている浩太君を紹介するときに優治のことを話している暇が無かったので、橘隊長は知らないことだったのだ。彼は優秀な学者ではあるが、世俗のことには多少鈍いところがあって、どうも優治とも馬が合わないようだった。学生時分から何かと言えば私に相談に来ていたので、当然優治とも顔見知りだったのだが、自分から優治に話し掛けたところを見たことが無い程だった。


「そうだったんですか、彼が優治さんの甥ごさんでしたか。橘です。はじめまして。」


「さっき上でご挨拶はさせていただきましたが、綾野先生の生徒で岡本浩太です。先生とは教授のお葬式のときにお顔だけは拝見しました。」


 私と浩太君と優治は橘教授の葬式に一緒に参列していた。あのときは場合が場合でもあり、参列者が大勢いたので、特に孫の橘助教授には声を掛けずに帰ったので、当然浩太君も紹介が出来なかった。


「祖父の葬式に来てくれていたのですか。それはありがとう。」


 橘助教授は人柄はいたって素朴なのだ。他人を嫌っているのではなく付き合うことが苦手なだけなのだろう。私は教授のところによくお邪魔していたので、古くからの顔見知りだったのだ。


 とりあえず、二人の気まずくなりそうだった雰囲気は回避できた。私達は調査隊の一番後ろから横穴へと進んで行った。


 横穴の直径も3mの円柱状のものが横に見える範囲ではずっと続いている。先発隊からの有線連絡では、100m以上進んでいるが、様子は変わらないそうだ。穴は真西に向かって延々と続いていた。


 300mほど進んだところで、先発隊は立ち止まっていた。後発隊を待っていたこともあるのだが、そこでまた大きな穴が真下にあいていたのだ。底が見えないことと、持ち込んだ装備では降りられない深さのようなので、仕方なしにもう一度出直すことになってしまった。


「3日後にもう一度、装備を整えて調査に入ることにしよう。」


 最終的に隊長である橘助教授が判断を下した。


 地上に戻った綾野と浩太は仕方なしにとりあえず、大学の講師室に戻った。


「結局何も判らなかったな。あの下には何があるんだろうか。」


「今度は僕も連れてってくださいよ。岡本だけじゃなくて。」


 桂田も聞きつけてやって来た。


「二人でも説得するのに苦労したんだがな。まあ、橘もああいう奴だから、私の言うことなら多少のことは大目に見てくれるかもしれない。」


「だめですよ、綾野先生。本当は何か掴んでいるんじゃないのですか。どうも昨日から様子がおかしいように見えます。」


 綾野の態度はどことなく調査隊を先に進めたくないような口ぶりが浩太には感じられた。橘助教授ももしかしたら感じていたのかも知れない。だから新しい竪穴が見つかった段階で直ぐに一旦撤退することを決めたのかも知れない。


「かなわないな、君には。実はアーカム財団から連絡があって、調査は慎重にやるように指示が来たんだ。何かの情報を掴んだらしい。詳しくは判らないんだが、やはりあの地下には何かが隠されていることは間違いない、という報告だった。」


「そんなことだろうと思いましたよ。興味がないなら調査隊に加わらないだろうし、興味があるのなら橘隊長が撤退を決める時に何か云うはずだと思っていました。先生が何も言わなかったのは撤退を望んでいたとしか思えませんから。それでどうするつもりなんですか。」


 綾野は直ぐに地下の調査についての報告を財団にしたうえで、指示を受けた。その結果城西大学の調査については、今日の時点で打ち切りとし、後は財団関西支部(一度壊滅された後、再興されつつある)に行わせることで全ての関係各所に指示を出すことになった。


 調査は明後日、隊長は綾野が務めることになる。浩太は勿論もちろん、今回は特別に桂田利明も参加する。綾野の助手として浩太が、さらに浩太の助手として桂田という役割だ。


 打ち合わせを一通り終えた綾野たちは帰路に着いた。浩太と桂田のアパートまでは大学から徒歩で10分とかからない。綾野のアパートは少し離れているので自転車で毎日通っている。それでも自転車で7,8分という距離だった。大学と南彦根駅のほぼ中間ぐらいの位置である。それぞれのアパートに向かって反対方向に別れた。

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