第14話 繰り返される悪夢

 綾野がアパートに着いて、部屋に入ろうとドアを開けたときだった。


「綾野先生ですね。」


 1年前、その台詞でクトゥルーを復活させようとする事件に関わってしまった。また繰り返すのだろうか。前回と違うのは女性の声なのと、すでに何らかの事件に巻き込まれている可能性がある、ということだった。どちらも良いこととは思えない。綾野の頭を不吉な予感が過ぎった。


「そうですけど、あなたは。」


「突然お邪魔をしまして申し訳ございません。今朝からお宅と大学のほうに何回かご連絡をさせていただいたのですが、ご不在だったものですから。」


「そうですか、確かにずっと外に出でいましたから。それで?」


「はじめまして、私は鈴貴産業の拝藤ともうします。」


「ちょっと待ってください、鈴貴産業と云えば、ダゴン秘密教団の。」


「そうです、そのとおりです。でも勘違いしないで下さい。我が主は数十年の間復活する機会を失ってしまいましたが、今回あなたにお話があることは、直接我が主と関係のあることではないので、あなたと敵対するつもりはありません。ここでは詳しい話でできませんから、中へ通していただけませんでしょうか。」


 日本人には見えるが、整いすぎた顔立ちは美しいというより妖艶という表現のほうが当てはまるような二十歳そこそこの女性だった。もしかしたら新たなる厄災を運んできたのかも知れない。私を何に利用しようと云うのだろうか。田胡たご氏には一瞥以来遭っていない。勿論今は田胡氏ではないかも知れない。名実共に、だ。


 ある程度覚悟を決めて彼女を部屋に通した。


「綾野先生には初めてお目にかかります。私は田胡の同僚とでもいいましょうか、先程も名乗りましたが、拝藤と申します。先生には正体を隠すつもりはありませんが、多分ご想像される通りです。」


「あなたは、あなたの主の復活という一大事の時になぜ居なかったのです。」


「疑問に思われるのは当然です。田胡と私が居れば先生達の活動も無駄に終ったかも知れませんものね。でもあの時私は丁度冬眠の時期に当っていたのです。数百年周期に一度十年間は目覚めないのです。私が目覚めた時には全ては終っておりました。本当に残念なことです。」


 何か他人事を話しているように見えるのだが、本当は怒り心頭に発しているのではないだろうか。穏やかな顔からは想像できない。


「貴女にとっては残念でしょうが、人類にとっては幸いでした。」


「今日はそんな話を蒸し返しに参った訳ではないのです。今日先生が眼になさった事に関してある申し出をもって参ったのです。」


 拝藤女史の言葉には人を騙そうとか、何とか説得しようといった気負いや衒いは無い。ある意味、田胡氏や彼女には、その眷属であり手下とも言うべきやインスマスづらの人間達より信頼が置けるのかも知れない。


 その彼女の話とはいったいどんなことなのだろうか。


「私が見たものとは?」


「綾野先生が今日ご覧になった縦穴のことです。あの穴の更に深いところには何があるとお思いですか。」


 私は、正直な感想を述べた。


「今得ている情報からは、どんな結論も推論も建ててはいません。ただ、貴女がいらっしゃったこと、地の底深くに存在するかもしれないもの、そう考えていくと自ずと想像はつきます。それが正確なのでしょう。」


「さすが、ご明察、とでもいいましょうか。その通りでございます。彼の者は我が主とは全く別者なのですが、人類から見ればおなじ『旧支配者』の範疇に入れられているのでしょう。」


「そうでしょうね、私達にとっては強大な力を持っている点であなた達のあるじと遥かなる地下世界に封印されているものとの違いはありません。共に封印を解くわけにはいかない存在としては全く同じですから。」


 拝藤女史の話は先が見えなかった。地の精として分類され、ハイパーボリアのヴーアミタドレス山の麓にある深淵に閉じ込められている筈の『ツァトゥグア』について、彼女が一体どんな話があるというのだろうか。


「しかし、なぜあんなところに穴が繋がっていたのでしょう。」


「そのことについては、私どもでも情報は掴んでおりません。彼の者については他の星からやってきたことも含めて謎が多いのです。我が主も他の天体からやってきた事はおなじなのですが。」


「なるほど、それで私に一体どうしろと仰るのですか?」


「先生には今の調査を直ぐに止めていただきたいのです。信じていただけないのかも知れませんが、それが先生達にとって最善の選択となることでしょう。」


「どういう意味ですか。なぜ、調査を止めることが最善の選択になるのです。それはあなた達にとってどんな影響を及ぼすと言うのですか。」


 彼女の申し出は全く以って納得のいくものではなかった。単純にツァトゥグアの開放を助けるためだけに私達の調査を止めさせたいのなら、そんな話は利ける訳が無い。ただ、そんな一方的な話で態々出向いてくるとも思えなかった。何か裏がある筈だ。


「私達にとっては主の復活が全てであって、他の神々、敢えて神々と呼ばせていただきますが、その神々の封印を解くことについて積極的に手助けをするつもりはないのです。むしろ、他の神々が復活して我が主が封印されたままとすれば、私達は他の神々に滅ぼされてしまうかも知れないのです。ツァトゥグアやクトゥグアについては、特に気を付けなければならないと思っております。ナイアルラトホテップは全ての味方であり全ての敵でもありますので。もともとナイアルラトホテップは封印されているようには見えないかもしれませんが。」


「そんな風に名前を呼んでも大丈夫なのですか?私達が言葉にすれば大変なことになってしまうでしょうに。」


 拝藤女史は落ち着いている。何を畏れているのか、理解できない風だった。「ああ、私やあなたが口にしても多分大丈夫ですよ。あなたたちはとても気にしておられるようですが、元々彼の者達の名前は人間に発音できない部分が必ず含まれていますので、ナイアルラトホテップなどが聞き耳を立てていない限り大丈夫です。ただ、この部屋はナイアルラトテップにとっても興味がある人間が住んでいるので聞かれているかも知れませんね。」


「おっ、驚かすつもりですか。でも大体の話は判りました。つまり、貴女の主に敵対するような旧支配者の復活は望んでいない、と言うことですね。でもそれなら調査を続けるほうが、貴女の意向に沿うのではないのですか。」


「そう結論を急がないで下さい。その辺りをこれからお話するつもりなのですから。」


 それから、拝藤女史が話した内容は全くもって驚くべき内容であった。

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