第5話 マークの述懐

「私は確かにCIAに在籍したこともあります。そして辞めた後でも元の同僚達と一緒に仕事をしたりしています。アーカム財団に協力していることも、CIAのことも全てある人物の意向を受けての行動なのです。」


「その人物とは一体誰なんです。」


「綾野先生はある程度予想しておられるのではないかと思うのですが。」


 確かに私は予想していた。だが、あまりにも突飛な予想なので誰にも云えなかったのだ。


「それじゃあやっぱり、博士は今でも健在なのか?」


「その通りです。ラバン=シュリュズベリィ博士は今でもセラエノの図書館で研究に励んでおられますよ。地球の暦ではもう130歳を超えるはずですが、あの場所では時間の流れが違うようです。私は、博士の指示を受けてこの地球で活動をしている一人なのです。」


 予想していたとは言え多少のショックはあった。岡本浩太君は呆然としている。俄かには信じられない話ではあるのだ。


「するともとかしたら極東支部長だった人というのは。」


「彼はアンドリュー=フェランです。今は違う名前を名乗っていますが、本当の年齢は90歳を超えていると思いますよ。」


 20台後半としか見えなかったことを覚えている。若いからあまり気に留めなかったのだ。セラエノでは歳を取らないどころか、若返ってでもいるかのようだ。


「なるほど、それである程度のことは理解できたよ、それで今ごろ君が私のところに現れた理由をそろそろ教えてくれるかね。」


「それなんですが、ご存知の通りダゴン秘密教団は既にクトゥルーを復活させる儀式を行う場所を確保しています。深き者どもも淡水に適応出来たようでかなりの数が集まりつつあります。そして、最後の二つの鍵のうち一つは用意が整っている、と云われています。後は最後の鍵だけなのです。」


 マーク=シュリュズベリィは全てお見通しのようだ。そして私がそれを握っていることも。


「君は何処まで気づいているんだ。」


「私が知っているのは例の文書に記されていた内容と、一つ目の鍵についてだけです。文書の内容については先生の解読されたものを入手しました。それと一つ目の鍵についてはクトゥルーの復活を望まない人間から取り出した3日以内の心臓であることは、かなり以前から知られていたことです。問題は鍵はもう一つあって、それがダゴン秘密教団も未だ掴んでいないらしいのです。奴らは今まで幾

度と無く同じ失敗を繰り返してきました。前回、ポナペ沖で「ルルイエ」が浮上したときは、クトゥルーは一旦目覚めて強烈な精神波で多くの人を発狂させました。けれど、最後の鍵の存在を知らなかった所為で結局クトゥルーは再び眠りについたのです。」


 確かに例の文書にも一つ目の鍵の不正確な情報があった。但し、それはミスカトニック大学にあった前半部分のみの言及であり、実はアーカム財団から提示された後半と合わせると正確な一つ目の鍵の内容と二つ目の鍵の内容があったのだ。私が解読した文書には、その部分は巧妙に隠してあった。後で別人が同じように解読しても気が付かないだろう。


「そのことなら私の調査でも多少の情報は得ているよ。それと彼らは一つ目の鍵についても過ちを犯しているようだ。3日以内という意味を取り違えているみたいだね。」


「取り違えていると云うと?」


 岡本浩太君が初めて口を挟んだ。彼は一つ目の鍵のことも今初めて聞いた筈なのにそれほど驚いてはいないようだった。


「そのことについては、誰にも話す訳にはいかない。それに、万が一奴らに捕まってしまった時に何も知らないほうがまだ生き残るチャンスがあるだろう。」


「そう仰らずに教えていただく訳にはいきませんか。もうお気づきかもしれませんが、あの文書を残した人はエイベル=キーンなのですから。彼は今行方不明になっています。勿論偽名ですがカモフラージュのために結婚もしていたようなのですが、多分ダゴン秘密教団か星の智慧派によって拉致らちされたようなのです。」


 基本的にはマークは私を騙していたわけではないようだ。話としては辻褄が合う。後は信用するかどうかだ。


 私は最初から「」については誰にも話すつもりが今後も含めて無いことと、例の文書については、CIAでもアーカム財団でも、或いは両方を使ってでも全て回収してもらうよう依頼した。私の意志が固いことを知ったマークは不承不承その日は辞した。


「私もいつ身柄を拘束されるかわからない身ですから、どこまで出来るかはお約束できませんが、出来る限り手配してみます。」


 マークが帰った後、私と岡本浩太は今後のことを話し合った。


 まずひとつはダゴン秘密教団の儀式をなんとか止めさせる為に、警察等に偽の情報を流して捜索してもらうようにすること。それと何とかして奴らが掴んでいる情報を調べること。これについては最後の鍵の内容を私しか知らないので、私が方法を考えるしかない。


「どうしても教えていただけないんですか。先生、冷たいですよ。僕にとっても他人事ではないんですから。それに先生だけが危険な目に遭うよりも、対象を分散させた方がいいんじゃないですか?」


 浩太はなかなか諦めなれないようだ。しかしこれだけは承知できなかった。


「優治については私も出来るだけのことはしたいと思っているので、私の気持ちも判って欲しいな。優治だけでなく君にまで何らかの危害が加わったと知ったら由紀子さんは私を許さないだろう。もともと唯の物理学者だった優治が神話に興味を持ったのは私の影響なのだから。君にしたって優治の影響で興味を持ったって云ってたじゃないか。それと単独で優治が調査に行ってしまったのも、私に対するライバル意識のためじゃないかと思うんだ。いずれにしても私に関わらなければ起こらなかったんだよ。だから、私は優治の行方を探さなければならない。そして君を危険な目に遭わすわけにはいかないんだ。由紀子さんのにも堅い約束をして来たから

ね。」


「由紀子伯母さんからは昨日も電話がありました。危険なことはしないでねって釘を刺されましたけど。」


 浩太は伯母であり私の友人である岡本優治の妻である由紀子さんに頭が上がらないらしい。この際、心配をかけたくないという彼の気持ちを利用させてもらおう。


「その通りだよ。君には情報収集だけ手伝ってもらうと言うのが最初からの条件だった筈だ。」


 しぶしぶ承知した浩太はまた明日、例の別荘地の近くの国道沿いの喫茶店で落ち合うことにして帰らせた。もう零時を回っている。本当は明るいうちに帰したかったのだが。

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