第4話 琵琶湖沿岸

 数ヶ月間の調査と詳しい報告書の解析によって、ほぼ浮上ポイントと時期は特定できそうだった。私はアーカム財団のプロヴィデンス支部と密に連絡を取りながら琵琶湖の沿岸を徹底的に調べた。


 その結果、北湖のほぼ中央、西側にある別荘地の沿岸がそのポイントであると断定した。地磁気にも既に異常が出始めている。浮上時期は今年の年末、12月24日から25日の2日間と判明した。


 私は自分ひとりで調査をするには限界があるので、こちらに来てからは一人の生徒に手伝ってもらっていた。行方不明になっている岡本優治の甥であり、私のクラスの生徒でもあり、最年少のクトゥルー学会の会員でもある岡本浩太君だ。どうしても手伝いたい、と申し出る彼を初めは止めていたのだが、一人でもやる、と利かないので仕方なしに手伝わせることにしたのだ。


 最初は資料収集だけを手伝ってくれていたのだが、彼が入手してきた情報の中に、重要な要素が含まれていた。例の別荘地の所有者はここ半年の間に引っ越してきた人ばかり、というものだった。どうも、組織的に購入した節がある。


 別荘地の分譲を行った業者に連絡を取ってみた。


「そのことについては、何も話すことなんて在りませんわ。そやさかい、二度と電話してこんといてや。」


 電話に出た男は経営者だった。強がる関西弁の底に、何かに怯えているかのような印象を受けた。確実に何かを隠している。私はその経営者に直接接触してみることにした。


「こいつだな。」


 私が帰宅途中の彼の車を付けていると、同じように付けている車を発見した。私は無理やりその2台の間に割り込んだ。車はわざとプレッシャーをかけるために直ぐ後ろに付いていたからだ。


 私は前の車との間を少しあけて京阪電車の踏み切りのすぐ手前でちょうど遮断機が下りる直前のタイミングで私の車はすり抜けた。


 かろうじて尾行の車を撒いた私は先行しているターゲットの車の前に出て脇道に逸れるように指示した。湖岸道路から見えないところで車を止めさせた私は、車を降りて近づいて行った。車の中の男は頭を抱えて震えている。いかにも不動産会社の社長らしい、ただどちらかというとあまり質の良くない業者と一見して判る風体の男だった。


「円藤さんですね。」


 出来るだけ落ち着いた口調で尋ねると、男はちょっと頭をもたげた。


「教団の人じゃないのか?」


 私は直ぐに首を振った。


「この間電話したものです。琵琶湖大学で講師をしている綾野といいます。」


 円藤は少し安心したようにやっと私の顔を見た。


「ああ、この間の。でも電話でも話したけど何にも喋りませんで。勘弁してくれはりませんか。」


「喋れないような事があの別荘地にあると仰るんですね。」


 円藤はちょっと考えた後、


「何か誘導尋問みたいな感じですなぁ。そうです、そやさかいこれ以上何も聴かんといてくれはりませんか。私にも家族が居るんです。生活が在るんですよ。もうあんなもの達に関わるのはたくさんだ!」


「あんのもの、ですか。人たちじゃなくて。」


「何か私に恨みでも在るんですか?つきあってられませんわ。」


 車を出そうとする円藤に私はもう一言付け加えた。


「私があなたに接触したことは今ごろ向こうにも判っている頃でしょうね。」


 驚愕の表情で私を睨んだ後、がっくりと肩を落とした円藤はさすがに観念したようだった。


「判ったわ。話すがな。ただ条件がある。私と家族の安全を保証してくれへんかぎり話す訳にはいかんわ。」


「その点に関してはアーカム財団の方でなんとかしてくれるでしょう。でもあなたも彼らのお陰で結構儲かった筈だ。自業自得とは思いませんか?」


 私達は円藤社長の家族の保護をアーカム財団の関西支部に依頼したうえで近くのファミリーレストランに入った。


「話して頂きましょうか。」


 円藤は観念したように話し出した。


「ダゴン秘密教団という名前は最初は全く知らんかったんや。」


「ダゴン秘密教団?」


「なんや、知らんのかいな。アメリカのどこぞ東の方の港町が発祥らしいけど、最近は日本にも支部が出来てる新興宗教みたいなもんとちゃうかな。でも最初は鈴貴産業という会社の厚生担当重役とかいう人が来はって、琵琶湖沿いに別荘地をまとめて保養所として買いたい、いうて。うちにはバブルのときに開発した別荘地が仰山残っとったんで渡りに船と案内したら、即答で全部買い取る、いうてくれはりましたんや。」


「なるほど、インスマスのダゴン秘密教団ですね。」


「そう、そのインなんとかや。私はただ普通に商売をしただけや。騙したわけでも、不良物件を押し付けた訳でもあらへん。どごが悪いんや。」


 円藤は開き直ってきかた。


「だいたい、尾行の車が着いて来出したのも、あんたの電話があったその日からやった、ということはあんたに深い関係があるんとちゃうか。私は被害者やで、どないしてくれるんや。」


「それはそうかも知れませんね。商売上はなんの問題もないのでしょう。でもあなたがしたことは人類に対しての裏切り行為になりなねないことなんですよ。」


 私に言われて円藤は納得のいかない顔で憮然としている。


「なんか変な電話もかかってくるし。」


「変な電話ですか?」


「そうや、あんまり聞き取れへん、ぐふぐふとこもったな声で、何も云うなとか、マークなんたらがどうしたとか。それ以上は何を云うてんのか全く判らへん。ただ口調は脅し以外の何者でもなかったわ。」


「何を私から隠したかったのでしょうね。他に特別なことは無かったのですか?」


 円藤は少しだけ考えて、


「そういえば契約に来た男は変な顔した奴やったな。瞬きを全くせえへんのや。それと契約金額が全部で7億円やったけど、全額キャッシュやったんでびっくりしたなぁ。」


「それくらいですか。」


「あっそうそう、建物建てんのに地盤が固いかどうか気にしとったわ。それが、琵琶湖の沿岸やさけ地耐力はないんで地盤改良せなあかんやろって言うたらなんか安心しとったなぁ。普通は文句言われるのに。」


「柔らかい方が都合がいい、それにはどういう意味があるのでしょう。」


「例えば掘ったりするには楽やわな。そういうたら、平屋の家を仰山建てたみたいやけど地元の工務店とかは全然使わんと、どこぞから連れて来た大工に建てさせとったみたいや。外人ばっかりやったらしいけどな。その時に通常では考えられんほど土が出たらしい。ほかす場所に困ってたって地元の産廃業者が云うとったわ。」


 ビンゴだ。その情報が欲しかったのだ。地下に奴らは棲家か祭壇でも造っているのだろう。問題は何処まで奴らが儀式を理解し、準備を進めているか、ということだ。


 私は円藤社長をアーカム財団の関西駐在員に保護してもらうために引き渡した。


 私が部屋に戻ると、岡本浩太君が来ていた。


「綾野先生、何か掴めましたか。」


「いや、予想された範囲のことを確認できただけだったよ。君が調べてくれた通り、奴らはあの地下に通路や祭壇を造っているのだろうね。」


 そのとき、部屋のチャイムが鳴った。オートロックのインターフォンに出てみると、マーク=シュリュズベリィだった。


「お会いして弁解をさせていただきたいと思っていたんですが、暫く此方に居なかったものですから。お怒りは判りますがまず、私の話しを聞いてくださいませんか。」


 相変わらず、いやに流暢な日本語でマークが一気に話した。


「判ったよ、聴こうじゃないか。彼は私の生徒で今、ちょっと事情があって手伝ってもらっているんだ。気にしないで続けてもらって結構。」


「判りました。まず最初にお会いしたときには私は確かにアーカム財団の指示であなたに接触しました。ただ、財団本部の意向ではなく、極東支部長の独断だったのです。あなたが合衆国に飛ばれた直ぐ後に極東支部長は更迭されてしまいました。私を使ったことが本部の不興を買ったようです。私は財団の本部にはあまり好い印象を持たれていませんから。それから私は極東支部の徹底的な追及を受けていたのです。CIA絡みだと思われたのでしょう。実は的外れなのですが。」


「それなら、何が的当りだと云うつもりなんだ。」


 私は妙な日本語で尋ねた。マークの外見と話す日本語が未だしっくり来ない。マークは確かに多少身体が弱っているみたいだった。顔や手など見える範囲では外傷は見れないが。


「そのことについては、絶対に内密にお願いできますでしょうか。でないとお話しする訳にはいきません。」


「それは話し次第だろう。聴いてみない事には何とも云えない。ただ、秘密にしなければならない正当な理由があるのなら、それをわざと洩らすようなことはしないと約束しよう、それでどうかな。」


 マークは少し考えた後、


「判りました、聴けばあなたにもきっとご理解いただけると思います。話しとしては単純なことなのです。ただ、それをあなたに信用してもらえるかどうかが問題なのです。」


 そうして、マーク=シュリュズベリィが話し出したことは一概に嘘だと決め付けることも出来ず、直ぐにそのまま信用も出来ない不思議な話しだった。


「私はある人物の意向を受けて活動をしています。そして、前任のアーカム財団極東支部長も同じ人物の意向を受けて動いていたのです。それであの時私と一緒にあなたを訪ねたのです。」


 そうだ、確かに二人だった。


「あの時のもう一人が極東支部長だったのか。そう云えば君のことばかりが気になって彼については何も聴かなかったな。」


 迂闊にも私は二人で来た中でマーク=シュリュズベリィと名乗った彼にだけ興味を引かれて、もう一人の男については名前も聴いていなかったことに今更ながら気づいた。

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