第3話 謎の展開


 私が帰国の準備を終えてアパートをでると黒服の男と長い金髪の女が近づいてきた。


「綾野さんですね?私はアーカム財団プロヴィデンス支部のマリア=ディレーシアといいます。彼は同じ支部のロイド=パーキンスです。」


 またいやに流暢な日本語だった。きれいに日本語を発音する外国人はどうも胡散臭い気がするのは私だけだろうか。後ろの男は180cmを超える大男で、紹介をされても挨拶をしなかった。


「身分を証明できるようなものをお持ちですか?」


 少々いやな感じがしたので、時間稼ぎのつもりで云ってみた。後ろの大男が前に出ようとしたのを女が止めた。どうやら立場は女のほうが上のようだ。


「アーカム財団のIDでよかったら。」


 女は写真入のカードタイプになっている身分証明書を見せた。実物を見たことがないので確認のしようがないのだが。


「なるほど、で、何か御用ですか?少し急いでいるのですが。」


「できればちょっとご足労願えればと思いましてお訪ね致しました。」


 下手に出てはいるが、拒否しがたい口調だった。後ろの大男にはとても敵いそうになかった。仕方なしに同行することにしたが、アーカム財団に害される理由は少なくとも無いはずだ。財団でなかった場合は大いに困ってしまうが。


 アーカム財団のプロヴィデンス支部は街の中心であるオフィス街の一角の一番高いビルの最上階を占領している形で在った。支部の人間であることは間違いないらしい。


 マリア=ディレーシアに連れられて、私は応接室に入れられた。ロイド=パーキンスとはオフィスの入り口で別れた格好である。


「すぐに支部長が来ます。いましばらくお待ちください。」


 私一人を置いてマリアも部屋を出て行ってしまった。少ししてドアが開き、中年の太った男がマリアと一緒に入ってきた。


「ミスター綾野、支部長の圭一郎・和田です。」


 彼は日本人だった。


「はじめまして、私が支部長の和田圭一郎です。」


 私の前に座ったプロヴィデンス支部長という男は、紳士的な言葉使いと、眼鏡の奥に光る眼光が全くそぐわなかった。何か報告書のようなものに目を通したあと、私に向かって話し出した。


「あなたがお持ちになっていらっしゃる光ディスクをお渡しいただく訳にはいきませんでしょうか?」


「何のことでしょう。」


 私は惚けてみたがあまり効果はないようだ。


「私どもにはあらゆる用意があるのですが。」


 支部長は暗に拷問のことを示唆するような口調で言った。丁寧な言葉の方が脅しとしては有効なようだ。私はつい渡してしまいそうになった


「ひとつお聞きしてよろしいでしょうか。」


 私は話しを反らすためにアーカム財団のことを聞いてみた。


「日本で私の前に現れた二人組みは財団とは関わりがないとおっしゃるんですか?」


「シュリュズベリィのことですか。彼は確かにラバン=シュリュズベリィ博士の親戚に当りますが、我が財団とは何の関係もありませんよ。ただ、CIAとは深い関わりが在るようですがね。」


「なるほど。」


 私は最初から合衆国に踊らされていたということなのか?しかし、この男の話も何処まで信用できるものか判らない。


「そういうことでしたら、すでに財団の本部には光ディスクを送ってありますよ。それともこれをコピーされますか?」


 抗し難いとも思い、なにか打ちのめされたような感覚の中で私は胸ポケットから光ディスクを取り出した。


「ただ、出来れば私の目の前でコピーしていただけませんか。それとコピーしたら直ぐにディスクを返して下さい。それぐらいはしていただけますよね。でも同じ光ディスクを日本のマークのところにも送ってしましましたけど。」


「それは特に問題ないのですよ、綾野さん。いずれ大学側も解読に成功するでしょう。ただ、大学側が入手していないもう一つの文書がありましてね。そちらのほうは私どもにあるルートを通じて持ち込まれたものなのですが、これがないと完全なものにはならないようです。」


「やはりそんなものがあったのですね。私が解読したものだけでは報告書としては完成していない気がしていたのです。」


「たぶん前半の四分の三を解読されたことになる筈です。そこにはいったい何が書かれていたのですか?」


「ルルイエが浮上する場所に関する過去の記録と正確な場所の記述でした。それと何故一箇所ではなく何箇所もルルイエが浮上するポイントがあるのかを考察したものです。浮上ポイントについては合計16ヶ所の記載がありました。」


 私は素直に内容を話した。光ディスクには解読した方法も入力してある。ディスクをコピーさせた時点で秘密でもなんでもなくなっているのだから。


「すると後半にはルルイエを浮上させる方法の記述があるのかもしれませんね。」


「それとも一定の周期があるのなら、次に浮上するポイントの考察もあるかも知れません。報告書はクトゥルーの復活を阻止する立場で書かれてある筈ですから。」


「それにしても16ヶ所もありましたか。私どもで確認しているのは7ヶ所までなので、未知の浮上ポイントが他に9ヶ所もあるということになります。後半の解読についてもご協力いただけますでしょうか。」


 協力を了承した私は結局まる2日間拘束された。後半にはやはり、ルルイエの浮上する周期に関する記述がなされていた。しかし、浮上させる方法についての記述はなかった。報告書としては完結しているようなので、全く別に文書があるのだろうか。


 和田支部長とマリアは私を空港まで送ってくれた。監視もかねて、というところだろうか。ちゃんと光ディスクも返してもらったし、後半についても入力させてもらった。なにか後で気づいたことがあれば直ぐに連絡をする、という条件付だが。飛行機のチケットも取ってもらったので、ある程度は信用できそうだ。財団なら協力したい。その思いは未だ変わっていないのだが、誰が味方で誰が敵なのか判断する基準が曖昧あいまいになりつつあった。


 帰国の飛行機の中で私なりに事態を整理してみた。著者不明の報告書の解読を依頼されたのは結局合衆国だったのだろうか。興味をもっているということはマーク=シュリュズベリィからも聞かされていたのだが、マーク本人が合衆国の意向で動いていたとは聞かされていない。私はあくまでアーカム財団として依頼してきた風に捉えていた。ただ、依頼したときはアーカム財団の意向だった、という可能性もある。マークへの連絡は財団の極東支部に取っていたのだから。


 それなら、和田支部長の知らないところでの動きだったのだろうか。本部から内密に極東支部に指示がでていたのか、それとも極東支部自身の独自の判断か。まだまだ裏がありそうだ。


 成田についた私は、早速アーカム財団の極東支部に電話を入れてマークを呼んでもらった。しかし、そんな者は居ないの一点張りだった。和田支部長の話が真実味を帯びてきた。私が、アーカムから送った光ディスクの所在も確認してもらったが、予想通りそんなものは受け取っていない、との返答であった。私が、プロヴィデンス支部の和田支部長の協力者である旨と、その件については支部に確認してもらってもいいということを告げ、マーク=シュリュズベリィの消息について出来る限り捜索を行ってほしいことを責任者に伝えてもらうこととして電話を切った。


 部屋に戻ってみると、どこかがおかしかった。特に何か荒らされたような形跡は無いのだが、個々の調度品が微妙に記憶にある配置と違う気がする。最初は気が付かなかったのだが、本棚の一冊が逆さになっていた。背表紙が横書きの本なので一見判らないが、取り出してみると逆さま、と云う訳だ。妙に几帳面な私はそんな立て方は絶対にしない。そうと気づいて部屋を見回してみると、あちらこちらに探し物をしてまたきちんと元の状態に戻そうとした跡が見て取れた。CIAか、マーク=シュリュズベリィか。アーカム財団も目的のためには手段を選びはしない。


 いずれにしても、行為を隠蔽いんぺいしようとするのは目的を達せられなかったと云う事なので、そのうちそ知らぬ顔をして接触してくるかも知れない。心当たりは例の光ディスクだけだった。幸い到着日を指定してあったので、今日の時点では自宅宛のものは着いていない筈だ。


 翌日私は休養先に橘教授を訪ねた。概ねの話をした上で本題を切り出した。


「教授は確か琵琶湖大学の名誉教授の肩書きも持っていらっしゃいましたよね。」


「何をたくらんで居るのだ、綾野君。今自分が話した岡本君の二の舞になるつもりなのか。」


 私の意図をある程度察した教授は、私を説得しようとしたが無駄だった。教授は私の行動自体には理解を示してくれているのだが、私自身の身の危険を憂慮してくれている。岡本を探さなければならないことも含めて逆に教授を説得した私は、数ヵ月後琵琶湖大学伝承学部アメリカ伝承学科講師という肩書きを手に入れた。


 例の報告書の後半部分の解読によって次の浮上時期がある程度予測がつく。時間はあまり残されていなかった。

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