第38話 明かされる結果

 その日、琵琶湖大学医学部にある恩田助教授の部屋には多種多様の人が集まっていた。恩田助教授は勿論説明する側なので当然だがその助手らしき男性二人(一人は外国人である。)と女性一人。同大学の伝承学講師である綾野祐介とその生徒の岡本浩太。同じく生物学教授の新山晴信教授と生徒の杉江統一。


 大学関係者以外としてはアーカム財団のマリア=ディレーシアと最近極東支部長に抜擢されたロイド=パーキンス。


「早速ですが皆さんから提供していただいたデータの比較検討した結果について説明をします。」


 多少緊張した面持ちで恩田助教授が話し出した。見知らぬ若い男と外国人の男、若い女も助教授の話に聞き入っている様子からして助手か何かと思っていた綾野は自分の考えが間違っていることに気付いた。


「ちょっと待って下さい、彼らは一体誰なんですか。」


 不審に思った綾野が聞いてみた。


「この三人は綾野先生やアーカム財団と同じように比較するデータを提供してもらったある団体の関係者の方です。」


 少し言いにくそうに恩田助教授が応えた。


「もうちょっとはっきり言って貰えませんかね。」


 重ねて綾野は尋ねた。仕方無しに、といった感じで恩田が応える。


「では言いましょう、彼はクリストファ-=レイモス、そして彼が火野将兵、彼女は風間真知子、ともに星の智慧派に所属しておられます。」


「星の智慧ちえ派だって。」


 岡本浩太が驚いた。綾野も衝撃を受けたのだった。星の智慧派とはどう考えても敵対しているとしか思えなかったからだ。ただ、本来組織的に対立している筈のアーカム財団の二人がそれほど驚いた様子ではないのは、もしかしたらある程度予測していたのか、情報が入っていたのかも知れない。新山教授と杉江は何のことだがよく判らない様子だった。


「綾野先生にはお話していなかったことをお詫びしますが、星の智慧派から提供して貰ったデータも大変有用でありました。それでここにお呼びした訳です。星の智慧》派と綾野先生がどのような関係であるかは知りませんが、ことは人類の存亡に関わっているかも知れないのですから、この際敵だとか味方だとかは言っていられないのではないでしょうか。」


「彼らも、その組織である星の智慧派も私達に協力してくれると言うのですか。」


「それは話の中で追々明らかになっていくでしょう。」


 そう応えた恩田ではあったが、自分自身でどういうことなのかを理解して応えたわけではなかった。クリストファーから前もってそう応えるように言われていただけだったのだ。


「綾野先生、早く内容をききましょう。」


 マリア=ディレーシアに言われて渋々納得した綾野だった


「では早速各々のデータを比較した結果をご報告します。」


 DNAの検査データが解りやすいように色別された図で大きなスクリーンにプレゼンテーションされた。


「まず、これが前に検査された岡本浩太君のデータです。そしてこれが桂田利明君のデータ。」


 二つのデータが表示された。特徴的な部分が強調されている。


「なるほど桂田利明君のデータはかなり違うね。」


 岡本浩太のデータは人間のそれとは約3パーセント、桂田利明に至っては約55パーセントも違うのだ。


「そして今回比較させて貰ったのがインスマスづらの男性と深き者どものものです。」


 この二つのデータと岡本、桂田のデータはまた違ったものだった。ただ、インスマスづらのものと桂田利明のものとは多少に似た部分がある。


「岡本君のデータとこの二つのデータとは人間として共通するインスマスづらのDNA以外は殆ど似通っていません。深き者どもに至ってはほぼ違うといって良いでしょう。ただ桂田君のデータになるとインスマスづらより深き者どものほうが共通する部分が多いようです。約25パーセントは同じといって良いでしょう。」


「それは何を意味していると考えられるのですか。」


 クトゥルー神話には特に詳しくない杉江統一が尋ねた。


「桂田利明君が吸収されていたのはツァトゥグアです。そしてインスマスづらや深きものどもはクトゥルーの眷属。この二つの遺伝子に共通の部分があるということは、旧支配者達やその眷属はある単一の種族から分岐しただけなのかもしれない、ということです。」


「それは面白い見解ですね。ツァトゥグアとクトゥルーは外宇宙から飛来したとも言われているから何らかの形で遺伝的に繋がりがあってもおかしくはないかも知れない。」


 綾野祐介は恩田助教授の話に興味が湧いてしまって星の智慧派どころでは無くなっていた。


「ただ、ツァトゥグアのDNAデータはインスマスづらや深き者どものデータと違い通常私たちが使用している解析方法ではサンプルから塩基配列をデータ化することが出来ませんでした。細胞組織構造が根本的に違うからです。このデータ化にあたっては星の智慧派からの情報提供が中心となって全く新しい解析方法を今回使用しました。どの程度信頼できるかは私にも解りません。ただ、通常の方法では全く意味をなさないので他にやりようもなかったのです。」


 恩田助教授はここで一息ついた。そして徐に綾野の方を見て話し出した。


「そして次に別の個体のデータ解析の結果を報告します。この個体は約75パーセントについて人間の遺伝子を保っています。」


 個体?綾野は不思議に思った。岡本浩太と桂田利明のほかに人間のDNAを解析する必要があったのは自分だけだったからだ。綾野のデータならば「個体」とは言わずに綾野のものとはっきり言うだろう。すると綾野ではない別の人間のデータなのだろうか。


「人間のものとは思えない部分のデータは、見てください、このデータと非常に似通っています。」


 恩田がまた違うデータを表示させた。


「これは旧支配者のひとつです。それがいったい何なのかはデータ提供者から私も伺っていません。ただ、この結果から言えることはこの個体はほぼ直接的にその旧支配者の遺伝的子孫であるということでしょう。」


 その場にいた誰もがざわめいた。旧支配者が人間と交配し子孫を残すことは頻繁ではないが過去に例がある。インスマスづらについてもほぼ状況は同じであろう。


「皆さんがお考えのことは解ります。中度に進んだインスマスづらの遺伝子と似通っているのではないか、ということはこの個体はインスマスづらの誰か、と思っておられることでしょう。でも私の見解は違います。この個体はインスマスづらのように人間の遺伝子が変化したものではなく、遺伝的に安定しているので

す。ということはこの個体の直系の尊属に旧支配者が居た筈だ、という結論に達するのです。」


「それはウィルバー=ウェイトリーと同じだということですか。」


 ウィルバー=ウェイトリーとは旧支配者の一員であるヨグ=ソトースとラヴィニアという娘の間に生まれた双子の片方である。ある時期までは人間の形態を保っていたが、ある事件でその本性を現し殺されてしまった。双子のもう一方は産まれた時から人間の姿では無かったという。


「ウィルバーよりも遺伝的に安定していると言えるでしょう。この個体は人間の形態を全く失っていません。」


 個体、というだけでその人間を特定せず、また遺伝的に祖である旧支配者についても言及しない恩田の意図は解らなかった。ただ綾野はもしかしたら自分のことで、その立場を慮って恩田が固有名詞を避けているのかもしれないとも思うのだった。


「もう少し儂らにも解るように具体的に話してくれないかね。」


 恩田助教授や綾野祐介の気持ちを知ってか知らずか新山教授が口を挟んだ。


「“個体”という表現が気に入らないのでしょうね。」


 恩田助教授に代わってクリストファー=レイモスが応えた。


「それについては恩田助教授にもお話していませんから、彼に責任はありません。私達も予想はしていたのですが確認する技術がなかったので今回助教授にお願いしました。理論上は確立できていたのですが実践面では助教授の方が私達の研究員より遥かに優秀なようです。見事に私達の期待に応えてくれました。あ、そうですね、“個体”についてでしたね。この“個体”は今現在私達が保護している人物で彼方達にも関わりの深い方です。」


「もしかしたら橘のことなのか。」


「さすがは綾野先生、ご明察の通りです。この検体の主は橘良平城西大学助教授です。」


 これは参集している多くの者達に少なからず衝撃を与えた。行方不明になっていた橘助教授が星の智慧派に保護(?)されていたこともさることながら、今の話の流れから橘助教授が旧支配者の遺伝学的子孫である、ということの方が大きかった。


「橘助教授が旧支配者の子孫だとでもいうのか。」


「今の恩田助教授の見解からいうと当然そう言うことになりますね。」


「その旧支配者とは一体?」


 それはある程度予測できることだった。深き者どもやインスマスづらとの共通点が多いことから容易に。

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