第29話 ネクロノミコン
ある日。
「ナイ神父、よろしいのですか。あのような者達にネクロノミコンをお渡しになるとは、一体何を考えておられるのです。」
「お前達が心配するようなことではない。ただ、あの本だけは取り戻す必要がある。お前は奴らの儀式に潜り込んで、多分失敗するであろう儀式の混乱に乗じてネクロノミコンを回収してくるのだ。」
「失敗すると思っておられるのなら、本を貸す必要もないのではないですか。」
「いや、最後の最後まで成功する可能性を残さなければ意味はないのだ。そして、その上で儀式は失敗する。そこが大事なのだ。というよりも、今まで行ってきた総てのことは、正にその失敗の為にあるといっても過言ではない。」
星の智慧派の指導者であるナイ神父の命令は絶対ではあったがクリストファー・レイモスはどうも納得がいかなかった。神父は一体何を望んでいるのだろう。クトゥルーの封印が解けることなのか、解けないことなのか。いずれにしても自分は神父の命令どおり一度ダゴン秘密教団に貸し出されたネクロノミコンを取り戻さなければならない。本に記されている儀式の内容と呪文は適切に処理されなければならない。その上で儀式自体は失敗をする。それが神父の意向だった。クリストファーは直ぐにインスマス
クリストファー・レイモスはナイ神父の命令でダゴン秘密教団に貸し出された『ネクロノミコン』を儀式が失敗する混乱に乗じて回収するためにインスマス
インスマス
それだけを確認してクリストファーがその場を離れようと車を来た道に戻したときすれ違う車が在った。運転者には見覚えがある。確か琵琶湖大学の講師で綾野祐介といった筈だ。クトゥルーの封印を解く鍵を握っている人物とナイ神父からは聞かされていたが、見た目にはとてもそんな重要人物には見えなかった。いずれ何らかの形で接触するかも知れない。
ダゴン秘密教団の儀式の為の準備は着々と進んでいるようだった。クリストファーにはクトゥルーの封印を解く儀式が成功するように思えた。『星の智慧派』の指導者であるナイ神父からは儀式は必ず失敗すると聞かされていたが、なぜ失敗するのかは聞かされていない。
儀式に必要なものは『ネクロノミコン』も含めて全て揃っている筈だった。クトゥルーの復活を望む者と望まない者の、生き埋めにされた恐怖の怯える心臓。25年に一度のルルイエの上昇。そして、多分ダゴン秘密教団の末端構成員には知らされていないだろう、多くの者の精神の破壊。つまり彼らはクトゥルーの復活における餌なのだ。
先日、ダゴン秘密教団の集落ですれ違った綾野という大学講師は、教団に捕まって心臓を取り出される為に生き埋めにされるようだった。クリストファーはそれを確認するため教団員たちの跡をつけていった。綾野のほかに計3人の日本人が生き埋めにされるようだ。彼らはクトゥルーの復活を望まない者達であろう。クトゥルーの復活、復活の阻止両方の鍵を握ると神父に教えられていた綾野がその儀式に生贄として参加されられるとは、ナイ神父はいったい何を言っておられたのだろ。
クリストファーが見守っていると、穴を掘って生き埋めにする作業は淡々と進められていった。生き埋めにされる恐怖を凝縮した心臓が媒体となってクトゥルーの封印を解く鍵の一つとなり、また無数の精神力(特にここでも恐怖が鍵となっている。)を吸い取ることで自らの力を倍化させて旧神の封印を破るつもりなのだ。
作業が終わり教団のインスマス
クリストファーも立ち去ろうとした時だった。人の気配に再びクリストファーは物陰に隠れた。インスマス
現れた人影は今埋められた三つの場所に近づいていって掘り返していた。一部だけを深く掘っているようだ。そして何か細長いものを突き刺して再び元のとおりに埋め戻した。素早い行動だった。その人影たちが大急ぎで立ち去ったすぐ後にインスマス
「なるほどそういうことか。」
クリストファーはナイ神父の言っていた意味を理解した。決して儀式の準備が揃うことはないのだ。
予想通りクトゥルーの封印は解けなかった。ルルイエも沈み再び水上に上昇するには25年を経ないと無理だろう。ただ、ナイ神父の話によればその間隔は短くなりつつあるという。最後には海上に固定してしまうらしい。そうなるとクトゥルーの封印を解くのはかなり容易になる筈だ。
クリストファー・レイモスはナイ神父から言われていたとおり困難に乗じてダゴン秘密教団に貸し出されていた『ネクロノミコン』を回収することに成功したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます