第26話 ツァトゥグア急襲

 別働隊はリチャード=レイ、マリア=ディレーシアが指揮を執っている。リチャードとマリアは旧知の仲だった。幾度となく遺跡の発掘現場などで出会っている。稀覯書の収集においてもアーカム財団とリチャードは敵同士の時と協力関係を結んでいるときとどちらもあった。


 マーク=シュリュズベリィはどうもセラエノに行っているらしく、同行していなかった。


「盗聴器で聞いていたとおり、このまま儀式を行うことにしたよ。」


「それで巧く行くと思っているのか。」


 リチャードは綾野が勝手に話を進めてしまったことを怒っているようだった。本来なら綾野達が時間を稼いでいる間に重火器を装備した特務部隊がツァトゥグアを急襲する手筈になっていたからだ。たた、その方法で確実にツァトゥグアを倒せる確証は無かったのでリチャードも渋々了承したのだった。


「ミスター綾野、相変わらず危ない橋を渡るのね。もしかしたら、好んで渡っているのかしら。」


「そう言うなよ、マリア。ところで彼女はどうした。」


「ほんと、彼女を連れてきて欲しいと頼まれたときは、たとえ綾野の頼みでも上層部を説得できないと思ったわ。でも何故だか綾野の提案をそのまま受け入れたの。なにか手を回したでしょう。」


「ちょっとしたことだよ。」


 綾野はアーカム財団に『サイクラノーシュ・サーガ』の譲渡を申し出たのだった。


 綾野祐介と岡本浩太、リチャード・レイとマリア・ディレーシアは特務部隊を引き連れて、残して来た杉江統一と新山晴之教授の待つ洞窟へと戻った。


「やっと揃ったようだな。では早速始めてもらおうか。」


 悠久の時間をただ無為に過ごしてきた筈のツァトゥグアは妙に急いた様子で綾野に儀式の開始を要求した。


「それなら、先に桂田を分離してもらおう。儀式はその後だ。」


「まあ良かろう。」


 それはあまりにもおぞましい風景だった。自らの体の一部と化している桂田利明を細胞分裂、というよりはヘドロで作った塊を二つに手づかみで分けたような分離の仕方だった。どちらも元の形状を留めていない。そのうち一つの塊の中央が持ち上がった。


 それは人間の背中が丸まっているかのようだ。ゆっくりと立ち上がった。ヘドロのようなものを少しづつ落としながら完全に立ち上がってこっちを見たそのものは、確かに桂田利明であった。


「だ、大丈夫か。」


 岡本浩太と杉江統一が駆け寄って倒れ込もうとしている桂田を支えた。


 もう一つの塊は、中央や端の方や、様々なところが盛り上がって再び元のツァトゥグアの形状に戻った。さっきより多少小さくなったようだ。


「今だ、全員撃て。」


 リチャード・レイの叫び声でアーカム特務部隊の全員が一斉にライフルで射撃した。半分にあたる五人が打ち込んでいる弾丸は特殊コーティングされた劣化ウラン弾で、発射する人間は被爆しないように配慮されている。他の五人が打ち込んでいる弾丸はこれも特殊コーティングされていて、中には超高濃度のダイオキシンが封じられていた。核物質と最悪の環境ホルモンという二つの人類が産み出した凶悪なもの達でツァトゥグアを倒そうというのだ。


「うっぐをおぅがぁ。」


 ツァトゥグアはなんとも表現し難い叫び声をあげた。


「リチャード、何をするんだ。約束が違うじゃないか。」


「綾野、君のやり方ではツァトゥグアは止められんよ。私が呪術的に手を加えて造った弾丸の威力を見たまえ。人類が産み出した汚染物を旧支配者にも効果があるように『屍食教典儀』に記されていたマントラを刻み込んだ弾丸に封じたものだ。」


 ツァトゥグアの叫び声は留まることを知らない。


「リチャート、彼方は今まで稀覯書の収集や遺跡の発掘を通じて旧支配者のことを見知っているかのような錯覚をしているだけだ。奴等は彼方が思っているような生物的に弱点があるものではない。そんな弾丸では一時的に苦しむだけなんだ。」


 その時だった。全部で数百発、打ち込まれた弾丸が、総てそれを打ち込んだ特務隊員に向って発射された時よりも高速で跳ね返された。


「うわぁ。」


 こんどは全員が、人間が理解できる叫び声をあげてばたばたと倒れて行った。十人全員がほぼ即死だった。


「ごれが、お前達の答えなのが。約束を護ってぞの者を開放したわれに対する、仕打ぢなのが。」


 ツァトゥグアは弾丸は跳ね返したが体内に残っている毒や放射性物質の為にかなり苦しそうだった。


「いや、これは私の本意ではないんだ。判って欲しい。」


「ぞれなら、何故我に思考を読まれないようにじておるのだ。」


 ツァトゥグアには総てお見通しのようだった。


「判っておる。出でぐるがよい。クトゥルーの眷属よ。」


 綾野は本心からツァトゥグアの封印を解くつもりである、というところまでで自分の思考をブロックしてもらっていた。そんなことを頼めるのは彼女(?)しか居なかった。


「お久しぶりです。ツァトゥグア様。ご息災であるようで我が主も悦んで居りましょ

う。」


 全く何の気配も無かった場所に忽然と現れたのは人間の形態を取っているハイドラ、拝藤女史だった。


「珍じいごどもあるものだ。だだ、ぞの姿はなんの冗談だ。人間に協力をじでいるのも解ぜない。何を考えでいる?」


「私達眷属が考えることはただ一つでしょう。主の復活だけです。」


「ぞじで、その復活をしたあとの主権争いのことでも考えておるのだろうな。小賢しいことよ。」


 ツァトゥグアは既にかなり復調をしてきたようだった。


「とりあえず、ツァトゥグア様にはこのままここの居ていただければ幸いです。」


「そう、つれなくせずともかろうに。悠久の昔には共に戦った仲ではないか。いずれにしてもその人間が見つけ出した、我の封印を解く方法は今の地球では無理のようだ。」


 ツァトゥグアはハイドラのブロックが解けた綾野の思考を読んだ。


「そのとおりだ、ツァトゥグア。今の私達にはお前の封印を解くことはできない。方法は見つけ出したんだが。」


「判っておる。お主の気持ちは充分にな。まあ、よい。永劫の時を過ごす間には、たまにはこのような余興が無くては退屈してしまうのでな。次にお前のような人間がここを訪れるのは五百年先か千年先か。」


 ツァトゥグアは封印が解かれなかったことも、銃撃を受けたことも特に気にしていないかのようだった。ただ、銃撃した人間には死を与えてはいたが。


「私達をこのまま解放してくれるのか。」


 綾野は恐る恐る聞いてみた。」


「別によかろう。好きにするがよい。また、気が向いたらここを訪ねててきもよいぞ。」


 何故》かツァトゥグアは上機嫌というのか、妙にさばさばとした感じだった。神と比肩されるような存在の思考は、人間には理解できないのかも知れない。


 そして、綾野祐介、岡本浩太、杉江統一、新山教授、リチャード=レイ、マリア=ディレーシアと助け出された桂田利明はヴーアミタドレス山の洞窟を後にした。アーカム財団の特務部隊の亡骸はそのまま放置するしかなかった。多分此処への通路や縦穴は綾野たちが出たら塞がってしまうと思われた。


 実際、綾野たちが地上に戻った瞬間に穴は見る見るうちに塞がってしまい、跡形も無くなってしまった。


「新山教授、彼方の目的は一体なんだったのですか?」


「儂の目的は彼を助け出すことと、ツァトゥグアをこの目で見ることだけだ。他意はないぞ。」


「隠さなくても判っていますよ。それで巧くいったのですか?」


 新山教授と杉江統一はツァトゥグアの体組織を採取するのが目的で洞窟まで付いて行ったのだった。永劫の時を生きるツァトゥグアの体の組織を調べれば不老不死への強力な手掛かりになる筈だった。


「君の目は誤魔化せないな。必要なものは採取させてもらったよ。何か新しい発見でもしたら君にも知らせてあげよう。それでいいかね。」


「充分です、教授。ただ程々にしないと教授は神の領域に踏み込もうとしているのですから、自身の身に災いが降りかかることの無い様充分注意してください。」


 リチャードとマリアはアーカム財団に今回の作戦の経緯を説明するために東京の極東本部へと戻って行った。関西支部は壊滅したままだった。

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