第36話 データの検証②

 星の智慧派の東京における拠点はこの国の頭脳が集中している最高学府帝都大学の直ぐ近くにある。極秘裏に大学の付属施設を利用するためだった。大学に星の智慧派の関係者を潜り込ませてあるからだ。ただ、大学内に橘良平や桂田利明を確保しておくわけにはいかないので、各種の分析は星の智慧派の施設の中で行わなければならなかった。


 クリストファー=レイモスは桂田利明の遺伝子を調べることはある程度有効(もしかしたらツァトゥグアを滅ぼす手掛かりが見つかるかもしれない。)だとは思ったが、橘良平については既に同じ条件の岡本浩太のデータは手に入れているからそう重要ではないと感じていた。だが、ナイ神父からは二人とも同程度に扱うように指示されていた。橘には岡本浩太とは違う何かがあるのだろうか。


 桂田利明はすでに精神的には崩壊しているようだった。やはりツァトゥグアに長時間吸収されていた結果、かなり侵食されているからだろう、普通の人間には到底絶えられない苦痛を味わっているようだ。体が溶ける、と繰り返しうわごとを言うばかりで最早何の問いかけにも反応しない。ただ、見た目には崩壊前の桂田と何の違いも見つけられなかった。ツァトゥグアに侵食された遺伝子は人間の形態を変える種類のものではない、ということだろう。


 クトゥルーや深き者どものそれとは違う、という結果は興味深かった。深き者どもと人間の混血は例外なく(その進行速度には多少の違いはあるにしても。)インスマスづらになってしまう。一次的に関係を持った人間でさえある程度インスマスづら化は見られるほどだった。やがて水棲生物へと変貌していくのだ。


 だが、ツァトゥグアの場合はどうだろう。3%侵食された岡本浩太も55%の桂田利明も外見に変化は見られない。運動機能に与える影響はかなりのものがあるようだが。ただ、桂田のように侵食が大きすぎると人間としての自我を留められなくなるようだ。


 桂田利明の崩壊していく過程のデータは有効に思えた。旧支配者たちと人間の融合はかなりのリスクが伴うことが判明した。


 橘良平のデータはかなり遅れて出てきた。クリストファー=レイモスはその結果に驚きを隠せなかった。


「ナイ神父、これはどういうことなのでしょうか。橘良平はツァトゥグアに侵食されているとしか理解していなかったのですが。」


 神父はある程度予測していたかのように特に驚いた様子は無かった。


「思っていた通りだな。多分綾野という者にも同じ結果が出ているだろう。琵琶湖大学のデータを火野に言ってすぐに取り寄せるように。ただ、あちらは多少違う種類のものだとおもうがな。」


 クリストファーには納得がいかなかった。橘と綾野は単にツァトゥグアに一時吸収されていただけではなかったのか。自分でも興味が湧いたクリストファーは直ぐに桂田を捕獲した後滋賀県戻っているにいる筈の火野将兵と風間真知子の二人に連絡を取るのだった。


「解りました、では明日の朝にでもここに来て下さい。データはその時にお渡ししますから。」


 恩田は電話を切った後、かなり不安になった。このデータを星の智慧派に渡したことによって綾野はどうなるのだろうか。


 岡本浩太の検査結果を聞いていた恩田には綾野の結果は意外だった。と言うか信じられなかった。長時間融合していたという桂田利明の結果にはある程度納得できたのだが、岡本浩太と綾野祐介の検査結果はかけ離れていた。何か別の要因があるかもしれない。恩田は星の智慧派の一員というよりも研究者として強く興味を覚えたのだった。


「恩田先生、いらっしゃいますか。」


 ちょうどそこへ綾野がやってきた。


「さっき電話で言われていた件ですね。綾野先生の検査結果も出ていますよ。そちらのデータの出所はやはり聞かせては貰えないのですかね。」


「出所はちょっと。でも何のサンプルなのかはいいでしょう。一つは先日湖西で事件があったときに採取されたインスマスづらのかなり進行した人間(?)のもの、一つは深き者どものもの、最後に新山教授から提供して貰ったもの、の三つです。」


「早速比較検討してみます。先生のデータの分析はその時でよろしいでしょうか。」


「いいですよ、それでどの位で出来そうですかね。」


「あさっての午後にはすべての揃ってお渡しできるでしょう。」


 綾野は自分のデータは直ぐにでも聞きたかったのだが、多少嫌な予感がして先延ばしにしてしまった。恩田の態度も綾野がそう言うと何故かほっとしたような感じだった。いずれはっきりするにしても先延ばしにしてよかったと思う綾野だった。自分が人間とは小異とはいえ違っていることを確認するのはやはり嫌だったのだ。

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