第32話 コウ&ヴィラン

 コウがエドの記憶を思い出したその日、コウはシャーロットたちを呼んで宿屋の一室に集まった。


 テーブルを囲んでコウ、シャーロット、メアリー、右近が席に座る。



「こうやって集まるのも久しぶりのような気がしますわ」


「キングとの戦いでバラバラに行動していたでござるからな」


「みんなが無事でよかったです」



 シャーロットたちは皆との再会を喜ぶ。しかし、今回集まったのはそれが目的ではない。



「喜ぶのもいいが、次の作戦の事を話すぞ」


「次の作戦? まだ何かやるのですの?」


「魔族と機械族との戦争は終わっていない。それを終結するまでは、俺たちの戦いは終わらない」


「つまり、機械族を殲滅するのですわね」


「そんなことはしない」


「では、魔族が機械族に殲滅させられるのですか!?」


「それもない」



 シャーロットたちは顔を見合わせる。コウの言おうとしていることがわからないのだ。



「俺は魔族も機械族も殲滅せずに、戦争を終わらせる方法を思いついた。魔族と機械族、一緒に暮らせる日々が来る」


「そんな方法があるのですか!?」



 シャーロットは驚きのあまり身を乗り出す。そのような方法があるならばそれに越したことはないだろう。



「その計画をお前たちに手伝って欲しい。できるか」



 コウはまだ作戦の内容を話していない。しかし、シャーロットたちの答えは決まっていた。



「もちろんです。私は師匠の弟子です。どこまでも師匠についていきますよ」


「わたくしも、ここまで一緒にやってきたのですもの。最後までお供しますわ」


「拙者も同様でござる。コウ殿の作戦に失敗はないでござるからな」



 右近はかははは、と笑う。


 その様子を見て、コウの表情はなぜか優れなかった。



「では話そう。魔族と機械族の戦争を終わらせる、唯一の方法だ」




   ###




 コウが魔族と機械族の戦争を終わらせる方法を話し終わったとき、部屋の空気は張り詰めていた。


 シャーロットたちの表情は驚きのあまり固まっている。誰もがコウの計画を信じられない気持ちで聞いていた。



「何ですの、それは」


「話したとおり。魔族と機械族の戦争を終わらせる方法だ。これならば、魔族も、機械族も殲滅させずに済む」


「嫌ですわ!」



 メアリーはバンッ、とテーブルを叩く。その表情は怒りと悲しみがにじみ出ていた。



「そんなの作戦ではありませんわ。それで誰が幸せになるといいますの?」


「魔族、機械族が幸せになる」


「そんなの嘘です。誰も幸せになりませんわよ」



 コウはシャーロットに視線を合わせる。シャーロットも青い顔をして固まっていた。



「シャーロットはどうだ。俺の作戦に賛成か、反対か」


「私は……」



 シャーロットは震える唇で言葉をつむぎだす。一つ一つの言葉が石のように重かった。



「反対、です。私も師匠の作戦に参加できません」


「なぜだ」


「当たり前じゃないですか! 私は師匠の弟子ですよ? 私は、師匠を……」



 シャーロットは顔を伏して黙ってしまった。これ以上追求することはできないだろう。



「では右近。お前はどうだ」


「反対でござる」



 右近ははっきりとした口調で答える。その表情には怒りの感情すら垣間見えた。



「理由は」


「拙者の道義に反する。それだけでござる」



 短い言葉だったが、右近の感情をよく表している。それほどコウの作戦に反対なのだろう。



「全員反対か。まあ、この結果は予想できたことだがな」


「当たり前です。こんな作戦はやめてください。もっといい作戦がありますよ」


「いや、俺の力ではこの作戦が精一杯だ。俺は天才でも秀才でもない。凡人には凡人なりの方法でこの戦争を終わらせるしかないんだ」


「師匠は天才です。こんな作戦にたよらなくても、戦争を終わらせることができるはずです!」



 シャーロットは叫ぶ。少しでもコウに思いが届くように、少しでもこの作戦の馬鹿馬鹿しさを気づいてもらえるように。



「交渉決裂だ。俺はお前たちの力を借りずに作戦を行う」



 コウは席を立って出口へと向かう。



「待ってください。私たちは師匠の事を……」


「以上だ。もう話すことはない」



 コウはその言葉を残して部屋を出て行った。残されたシャーロットたちは呆然とする。



「師匠、私たちは……」



 シャーロットの目からは涙がこぼれる。この場にいる誰もが、言葉を発せられなかった。




   ###




 コウはクイーンに謁見した。コウの考えた作戦を聞いてもらうためだ。


 クイーンはコウの話を聞いたあと、重々しい表情になった。クイーンにしては珍しいことだ。



「あなたは、それでいいの?」


「ええ、すでに決めたことです」



 クイーンはそばにいるルークを見た。ルークは相変わらず一言も発せず、ただ頷くのみだった。



「いいわ。協力しましょう」


「ありがとうございます」


「魔族と機械族の戦争が終わる。それは、何事にも代えがたい目標ですからね」



 クイーンはうっすらと笑う。クイーンですら、この選択が正しかったかどうかわからない。そんな笑みだった。




   ###




 その日から、魔族の体制が変わった。コウを宰相に任じ、政務の全てをコウが担うことになったのだ。


 魔族にとってコウの名前はすでに有名だった。ボーゲン攻略戦、フランメ奪還戦、キング討伐戦でコウの名声は嫌でも聞こえてくる。魔族にコウの宰相就任を拒否するものはいなかった。


 しかし、それも数日のことだった。


 コウは宰相になってから人が変わってしまった。悪政を行い、人々を苦しめた。強制的な軍への徴用、税の上乗せ、人質の強制など、これ以上の悪はないかと思えるほどの暴政だった。


 その噂は機械族にも伝わった。もちろん、ユメにもである。



「そんなの嘘です!」



 ユメはその噂を否定した。しかし、日々入ってくるコウの噂はどれも真実味を帯びていた。


 ハロルドはこの機会に魔族領への侵攻を計画した。民心がコウから離れている今、魔族はまともな軍事行動ができないだろうと踏んだのである。



「すでに休戦のときは終わった。今こそ、あの憎き異世界人を倒す。そして、この国を機械族の、私の国とするのだ」



 コウの行動は魔族と機械族の戦争を再発させた。


 これがなぜ戦争を終わらせることにつながるのか、これがコウの望んでいたことなのか、その答えが出るのはもう少し先になりそうだった。

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