第33話 友情&愛情

 機械族は魔族領へと侵攻していった。指揮を執ったのは機械族の長、ハロルドである。


 ユメは戦闘に参加しなかった。あくまでもハロルドに魔族との融和を説いたのだ。


 ハロルドはあまりにもユメがしつこいので



「くどい!」



 と言ってユメを謹慎処分にした。今の魔族ならユメの力を使わなくとも勝てると思ったのだろう。


 しかし、結果は惨敗だった。


 魔族の指揮を執ったのはコウであった。もともとコウとハロルドでは戦術家としての格が違う。まともな勝負にすらならなかった。


 だが、コウは機械族の領地に侵入しない。機械族が攻めてくれば応戦するが、自ら攻めることはしなかった。



「あの男、何を考えている」



 ハロルドは苛立った。その苛立ちも、時が経つにつれて別の感情に変わっていった。



「あの男には勝てない。いつかあの男に殺されるのではないか」



 ハロルドは度重なる敗戦に憔悴していった。魔族側からは攻めてこないのだが、それが様々な憶測を生み、ハロルドを恐怖させていた。


 いつか大攻勢に打って出る。それは今日か、明日か、と。


 そんな時である。ハロルドにとって吉報がもたらされたのは。


 まずはキングとの大会戦後、姿を消していたイリスの帰還である。あの戦いはイリスの助言があったから勝てたようなものだ。ハロルドはイリスの手をとって喜んだ。



「君が来てくれれば魔族にも勝てる。あの男にも勝てるはずだ」



 傍から見れば滑稽な光景だろう。イリスはコウが変装した姿だ。ハロルドはコウを恐れ、コウに頼っているのである。


 ハロルドにとっての吉報は続く。イリスが魔族からの書状を持ってきていたのである。それを見たハロルドは驚いた。



「これは、本当なのか?」


「本当です。私が魔族の女王、クイーン様から直々に受け取った書状ですので」



 ハロルドはもう一度書状を見た。これが本当なら大変なことだった。



「クイーンが、我々に同盟を求めてきている」



 内容は以下の通りだった。


 コウの暴政は日に日に酷くなっていく。魔族ではコウに反感を抱くものもおり、クイーンにすがりつく魔族も多い。


 そこでクイーンはコウへの反乱を企てた。すでにクイーンは王都を抜け出し、ドナーに立てこもっている。


 コウのやり方についていけないと思う魔族は多い。すぐにコウが指揮できる兵よりもクイーンのもとに集まった兵の数が多くなった。


 コウは前線基地を維持できなくなり、王都に戻った。


 しかし、王都にはいまだにコウが指揮できる兵士がいる。いくら兵数で上回っているといっても、クイーンではコウを倒すことはできないだろう。


 そこで、クイーンは機械族との同盟を思いついた。共通の敵であるコウを倒し、新しい国を造ろうというのである。


 これがイリスの持ってきた書状に書いてあった内容だ。



「ハロルド様、これは千載一遇のチャンスです。この同盟、お受けいたしますように」


「ああ、だが、魔族を信用してもいいものか」


「このままではクイーン様もハロルド様もあの男にやられてしまいます。あの男は悪魔のような男です。逆らった魔族も、機械族も皆殺しにするでしょう。そうなる前に、クイーン様と協力するべきです」



 ハロルドの顔は一気に青ざめた。今まで戦ってきて、コウの恐ろしさは骨の髄まで刻み込まれている。そのコウに降参するくらいならクイーンと同盟した方がはるかにましだった。



「わ、わかった。それで、私はどうしたらいい」


「同盟を了承した書状を書いてください。私がクイーン様までお届けします」


「ああ」


「それともう一つ。ハロルド様はユメさんを謹慎しているそうですが、その謹慎を解いてください」


「なぜだ」


「ユメさんは貴重な戦力です。直接戦場に出ないとしても、そばにいるだけで安心感が違います」



 ハロルドは迷ったが、今はイリスに頼るしかない。すぐにユメの謹慎も解かれた。


 しかし、V3システムを操る白い宝石はハロルドの手元に残ることになった。下手にユメに動いてほしくない、ということなのだろう。


 数日後、クイーンとハロルドの同盟は成立した。ユメも戦場に姿を現し、イリスのそばにつくことになった。



「イリスさん、先生は、どうしてしまったのでしょうか。先生はヒーローではなかったのでしょうか」



 ユメはイリスになきつく。ユメにとって、もはや頼れるのはイリスしかいなかった。



「ユメさんの気持ちはわかりますけど、あの男のことは忘れた方がいいです。あの男は権力を手に入れて変わってしまったのです」


「先生はそんな人ではありません」



 ユメは顔を上げ、どこかに行こうとする。



「ユメさん、どこに行くのですか」


「先生のところです。直接会って、話をしてきます」


「無茶です。やめてください」



 イリスはユメを抱きとめる。ユメは涙を流して暴れた。



「離してください。先生は、先生はこんな事をする人ではありません」


「わかりました。ではこうしましょう」



 イリスは自分がコウを説得すると言い出した。コウに戦況を説き、抵抗が無駄だと伝えるのだと。



「その際にユメさんの言葉も伝えます。あの男に、少しでも良心が残っているのなら改心するはずです」


「でも、それではイリスさんが危険なのでは……」


「大丈夫です。これでも私は戦争中の国で行商をやってきたのですよ? 危険なことは慣れていますから」



 イリスはニコリと笑う。その笑顔に、ユメもイリスを信用するしかなかった。


 その日、イリスは旅立った。しかし、ユメがイリスの姿を見たのは、それが最後となった。




   ###




 コウは王宮に立てこもっている。王座に座り、手にはグラス。赤黒いワインのような酒が入っていた。グラスに映る夜は二つの月が浮かび上がっている。


 遠くには大量の光が見えた。民家の光ではない。軍が発する光だ。



「敵の数は七千。味方は百か」



 コウは苦笑する。これほどの大差ではいくら策を弄したとしても勝てるものではないだろう。



「計画通りだな」



 コウという共通の敵を作り、魔族と機械族を同盟させる。その同盟はコウを倒したあとも継続し、ともに国を造っていくことになる。クイーンとハロルドの同盟の際にそのことも確認されていた。


 コウは奮戦するが、数に押し切られ王宮に逃げ込む。ついには王宮も取り囲まれ、自殺する。


 この国に敵はいなくなり、平和な国家が成立する。


 これがコウの考えた魔族と機械族の戦争を終わらせる方法だった。


 遠くで門が破られる音がした。王都の門が破られたのだろう。王都にクイーン、ハロルドの同盟軍が押し寄せる。



「ついにこのときが来たか」



 コウは窓際に進み、戦況を見た。コウの軍勢はろくに戦いもせずに逃げ出していく。そのように命令していたからだ。



「ここまできたら失敗はないな。あとは、俺が死ぬだけか」



 コウはグラスに入っていた酒を飲む。酒を嗜む方ではないが、最後くらいは飲んでみようと思ったのかもしれない。



「シャーロット、お前は優しい奴だった。やさしすぎるくらいだ。そのやさしさを、いつまでも忘れないでくれ」



 コウはグラスを窓の外に捨てた。酒が飛び散り、グラスが割れる音がする。



「メアリー、お前は可愛い奴だった。妹ができたようで、うれしかったぞ。ブロンが死んでも、強く生きたな。あっちにいったら、ブロンとも仲良くやるよ」



 コウは壁に立てかけてあった剣を握った。鞘の冷たい感触が手のひらに伝わってくる。



「右近、お前は強い奴だった。肉体的にも、精神的にもな。今でもお前と稽古したときの傷が痛むぞ。そんなお前だからこそ、シャーロットたちのこと、守ってやってくれ」



 コウは剣を鞘から抜く。抜き身の剣がキラリと光った。



「ユメ、お前は……」



 コウは言葉が詰まる。涙を流し、嗚咽が聞こえてきた。



「お前は、俺のヒーローだったよ。いつでも、明るく、強く。そんなお前に、憧れていたのかもしれないな」



 コウは目を瞑り、剣を首にあてた。



「大人はな、ヒーローにはなれないんだよ。なれるとしたら、ヒーローに倒される悪役だ。俺はその悪役として、この世界の役にたちたい」



 コウの涙が剣に落ちた。



「じゃあな、みんな!」










 コウの剣が喉に突き刺さろうとする、その瞬間、王宮の外で悲鳴や歓声が起こった。その声にコウの手も止まった。



「何だ」



 見ると、王宮を守るように何十人もの兵士が集まっていた。コウが集めた兵士ではない。


 その中に、よく知っている顔があった。



「全軍、前へ。師匠を死なせてはいけません。私たちの手で、師匠を守るのです」


「シャーロット!?」


「まったく、世話の焼ける人ですわね。死ぬのなら、わたくしに断ってから死んで欲しいですわ」


「メアリー!?」


「男とは、自分の命の使いどころというものを知っているものでござる。コウ殿、今が命の使いどころでござるか?」


「右近も!」



 王宮の前に集まったのは別れたはずのシャーロットたちであった。わずかな兵を集め、今から押し寄せてくる大軍に立ち向かおうというのか。



「無理だ、やめろ。お前たち、死ぬ気か」


「やめません」



 シャーロットがコウに背を向けたまま叫んだ。



「弟子とは師匠を超えるものです。師匠の立てたこの計画。弟子の私が、超えて見せます!」



 コウは大粒の涙を流す。ここまでしてくれる仲間たちに、自分は何ができたのだろうか。何をしてあげたのだろうか。



「お前たち、馬鹿だ」


「馬鹿でけっこうでござる。拙者たちが馬鹿なら、コウ殿は大馬鹿でござる」


「馬鹿、馬鹿言いすぎですわ。でも、馬鹿は馬鹿らしく、馬鹿らしいことをしようじゃありませんの」


「師匠、見ていてください。これが私たちの、答えです!」



 シャーロットたちに大軍が押し寄せた。コウはその姿を見ていることしかできない。


 コウがこの世界で出会った仲間たちの、最後の戦いが始まった。

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