第29話 キング&ユメ

 ユメは厳然とした態度でキングと対峙する。イリスと別れたときの迷っていた姿はそこにはなかった。



「あなたが、魔族の親玉ですね」


「ああ、そうだが」



 キングは冷たい目でユメを見る。先ほどの魔法を打ち消されたことで、ユメを警戒しているようだ。


 キングはユメを凝視する。隅々まで観察し、一つの結論を導き出した。



「そうか、お前が機械族の英雄か」


「英雄ではありません。ヒーローです」



 キングに英雄とヒーローの違いはわからなかったが、危険な人物だという認識はできた。


 大剣を担ぎ、ゆっくりとユメに近づく。



「機械族のヒーローの力、どれほどのものか、確かめさせてもらう!」



 キングは地面を蹴り、ユメの懐へと飛び込む。大剣を抱えているとは思えないスピードだ。


 キングは大剣を振り上げ、力の限り振り下ろした。



「くっ」



 ユメは大剣を受け止めたが、あまりの衝撃に足が地面にめり込む。受け止めた腕もしびれた。



「でも、まだです!」



 ユメは力を込め、大剣をはじきあげる。キングの腕は大きく上がり、懐は無防備になった。



「そこです!」



 ユメの剣がキングの胸に迫る。避けられる態勢ではなかった。


 しかし、キングの表情に恐怖はない。それどころか、ますます闘志を燃やしているように見えた。



「ライトニング!」



 キングが叫ぶと同時に落雷が発生した。轟音をたて、雷がユメの剣へと落ちる。



「きゃあ」



 ユメは吹き飛ばされた。何とか受身を取り、転がりながらキングとの距離をとる。


 普通の人間なら雷に当たった時点で死亡している。しかし、V3システムで強化されたユメは雷にも耐性があったようだ。


 だが、落雷の衝撃までは緩和できなかった。ユメは立ち上がると、すぐに手元に愛用の剣がないことに気づいた。



「探し物は、これか?」



 キングは左手で自身の大剣を担ぎ、右手でユメの剣を持っている。先ほどの落雷で武器を落としていたのである。



「か、返してください」


「返して欲しければ、自力で取り戻すんだな」



 キングは大剣を振り回し、そして地面に叩きつけた。



「グランド・フリージング」



 地面と接触した大剣の先から氷が張っていく。地面が凍りついているのだ。このままではユメの足元も氷漬けにされてしまう。



「くっ、フレイムウォール」



 ユメは素手で魔法を唱えた。しかし、いつもより威力が弱い。剣を失ったことで、魔法の威力も弱まっている。


 ユメの剣は魔法の発射口としての役割もあった。鉄砲でも発射口が安定していないと命中率も威力も落ちる。それと同じである。


 ユメが作り出した炎の壁は凍りつく大地に向かって進んでいく。しかし、炎は氷に負け、一瞬のうちに消え去った。



「無駄なことだ」



 凍りつく大地はユメへと迫っていく。ユメは飛び跳ね、逃げ回ったが、いつまでも逃げ切れるものではない。



「このっ、ファイアショット」



 ユメは逃げながらキングに魔法を放った。しかし、ユメの魔法はキングの右手に持っている剣ではじき消されてしまう。素手で放った魔法など、キングにとってはハエがたかるようなものだ。



「わ、私の剣で……!」



 ユメは歯噛みした。しかし、現状では剣を取り戻すどころか、キングに近づくことすらできない。


 ついに、ユメは逃げ場を失った。後ろは崖、前方からは大地が凍りついてきている。



「万事休す、といったところか?」



 キングは薄く笑った。もはやユメに打つ手はないと思ったのだろう。



「何か、何かないですか」



 ユメは左右を見渡す。しかし、アニメや漫画のように、ここで起死回生の出来事が起こるはずがなかった。


 ついには凍りつく大地はユメの足に接触し、ユメを足元から凍りつかせていった。



「……っ! フレイムウォール」



 ユメは自らの足に炎の魔法を放った。しかし、一時的に氷の侵食を止めるだけで溶かすまでには至らない。



「そんな……。フレイムウォール。フレイムウォール!」



 自らの体を焼くかのごとく、炎の魔法を連発する。しかし、その炎は氷の魔法の前に空しく消えていくだけであった。



「死にたくない。死にたくない……」



 ユメの言葉はむなしくこだまする。すでに下半身は完全に氷漬けとなっている。


 ユメは手を伸ばし、キングの持っている剣を見る。



「機械族のヒーロー。お前に、私は倒せない」



 ユメは絶望の表情を見せた。この世の終わりが来たような顔だ。表情が消え、瞳からはうっすらと涙が流れる。


 走馬灯が見えた。その走馬灯の中に、コウの姿があった。



(……先生。最後に、先生に、会いたかった)



 ユメの瞳にコウの姿が映る。ついには幻覚まで見だしたのか、うっすらとコウの姿が見えたのだ。



「……先生?」


「終わりだ」



 キングは大剣を前に突き出した。凍りついたユメに更なる魔法をかけようとしている。確実にしとめるためだろう。



「消えろ!」



 キングは大剣を振り下ろそうとした。振り下ろされる大剣が、ユメの目にはスローモーションに見える。


 その目には、コウの姿がはっきりと見えた。



「そこまでだ。魔族の王」


「何!?」



 キングが振り返ると、そこには鬼の形相をしたコウが立っていた。黒スーツに鋭い眼つき。本物のコウである。



「生徒を守るのが、教師の役目だぁ!」



 ザクッ、と嫌な音をたててキングの右腕が斬りおとされた。コウの手には右近が使っていた刀が握られている。



「ユメ、これを使え」



 コウは斬りおとされた腕から素早く剣を拾うと、ユメに投げた。


 ユメは剣を受け取り、すぐさま炎の魔法を使う。



「フレイムウォール!」



 剣を地面に突き立てた。剣をつきたてた場所から、あっという間に氷が溶けていく。ユメの体を凍らせていた氷も一瞬にして溶けた。



「先生!」



 ユメはキングと対峙しているコウのもとに駆け寄った。コウは真剣な表情でユメを見る。



「無事だったか」


「はい」


「言いたいこともあるだろう。しかし、今はこいつを倒すことに集中しろ」


「はい」



 ユメはコウの隣で剣を構える。その表情は真剣ながらも、どこか嬉しそうだった。



「二人で戦うぞ。できるか」


「もちろんです。先生は私のヒーローです。私もみんなのヒーローです。ヒーローとヒーローが協力すれば、倒せない敵など存在しません!」



 コウはしっかりと頷く。もはやユメを子ども扱いしていない。そこには二人の人と人との信頼関係があった。



「貴様、何者だ」



 キングは失った右腕など気にしていないかのように大剣を担ぐ。まさに豪傑というのにふさわしい。



「俺の名前は竜造寺コウ。こいつの、先生だ」


「そして、私のヒーローでもあります」



 キングはふっ、と鼻で笑う。あまりにもユメの文言が馬鹿馬鹿しかったのだろう。



「ヒーロー、ヒーローとうるさいものだ。本当にヒーローだったら、この世界を救ってみろ」


「救って見せます。戦争を終わらせ、機械族も、魔族もない、平和な世界を作って見せます」


「戯言を、言うなぁ!」



 キングはコウとユメに向かって走り出した。コウとユメも戦闘態勢に入る。


 大地が揺れる。


 キングとの戦いは、佳境を迎えようとしていた。

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