第12話 博士&V3システム
露店通りは騒然となった。羽白ユメといえば、機械族の中では英雄の扱いを受けている存在である。それが先ほどまで傲慢に振舞っていた白兜の前に現れたのだ。
「は、羽白様!?」
白兜はすぐさま膝をつき、恭しく頭を下げる。
「あなたは機械族の兵士です。もっと正義の兵士としての自覚を持ってください」
「はっ、申し訳ございません」
白兜は逃げるようにその場を後にした。あの様子ではもうイリスにちょっかいをかけてくることもないだろう。
「大丈夫ですか?」
ユメはイリスに向かって微笑みかける。それはコウたちに向かって攻撃を仕掛けてきたユメと同一人物とは思えないほどの笑顔だった。
「は、はい。大丈夫です」
イリスは呆然としてユメを見ている。あまりにも簡単に目標の人物と接触できたので考えがまとまっていないようだ。
「でも、血が」
「え?」
イリスは額から流れている血に気がついた。白兜に殴られたときに負った怪我だ。
「大変です。すぐに手当てを」
「いえ、このくらい……」
大丈夫です、と言おうとした。しかし、イリスはここで考えた。
(手当てをしてもらっているうちに情報を聞きだせないだろうか)
イリスは決断した。ここはユメの指示に従うべきだ、と。
「私の止まっている宿屋に救急箱がありました。そこで手当てをしましょう」
「ありがとうございます」
イリスはユメについていった。トラブルはあったが、無事にユメと接触できた。好調な滑り出しと言えるだろう。
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宿屋に着くと、ユメは自分の部屋でイリスの手当てをした。ユメはイリスに興味を持ったのか、テーブルを囲んでお喋りをはじめる。
イリスはユメと話した。ユメはイリスと話しやすいらしく、すぐに仲良くなることができた。
(まあ、中身がユメのことを良く知っている人物だからな)
イリスが行商をしていることを話すと、今夜はユメが泊まっている宿屋に泊まることを勧められた。もっと話をしたいのだろう。
「イリスさんとは初めて会った気がしません。昔からの友人だった気がします」
「は、ははは」
イリスは笑って誤魔化したが、正体がばれているのではないかと気が気でなかった。
両者が打ち解けてきた頃、イリスは核心に迫る質問をした。
「ユメさん、この戦争、何で起こってしまったのでしょうか。戦争なんて起こらなければ皆が幸せだったのに」
ユメは少し黙って、悲しそうな顔をした。ユメはユメなりに思うことがあるのだろう。
「魔族が機械族の領地に攻めてきたからですよ。魔族は機械族の領地を欲しがっています。きっと支配欲が強いのでしょう」
(……そんな単純な理由で戦争が起きるものなのか?)
戦争の始まりとは感情と感情のぶつかり合いである。憎悪、羨望、悲哀、様々な国と国の感情がぶつかり合い、処理しきれなくなったときに戦争は起きるのだ。
相手の感情、自分の感情ばかり見ていては本当の原因は見えてこない。
「ユメさんは物知りなのですね。どこでそんな知識をえられたんですか?」
ユメは誉められて悪い気はしない。ついペラペラと自分の事を話してしまっている。
「シュベールトって町は知っていますよね。機械族の首都になっている町です。そこに住んでいるリーンって博士に教えてもらったんですよ」
(リーン、そいつがユメに余計なことを吹き込んだ張本人か)
イリスの表情が少々歪む。まだ見ぬリーン博士に憎悪の感情を抱きつつあるのだろう。
「リーン博士はすごい人なのですか?」
「すごいですよ! なんたって、『V3システム』を考え出したのもリーン博士なんですよ」
「……V3システム?」
聞いたことのない名前だ。名前からではどのようなシステムなのか想像がつかない。
「私の変身システムのことですよ。イリスさんも知っていますよね、私が変身すること」
(あの宝石のような装置のことか)
だとしたら、リーンはユメに戦争に参加する理由を与え、魔族を駆逐する力を与えたことになる。
(何が目的だ)
V3システムがあれば並の魔族はひとたまりもないだろう。わざわざ異世界人のユメに使わせる必要もない。
「リーン博士は、なぜユメさんにV3システムを与えたのでしょうか?」
「あれ? イリスさんも使いたいんですか?」
ユメは平和な勘違いをしている。この調子ならば聞きたい情報をすべて教えてもらえるだろう。
「詳しくはわからないんですけど、どうやらこのV3システム、私にしか反応しないらしいんです。だから、私が先頭に立って平和な世の中を作っていかなければいけないのです!」
ユメはぐっ、と拳を握り、決意を新たにする。
ユメの正義感は純粋なものだ。だが、純粋なだけ騙されやすく、凶暴になりやすい。扱い方を間違えれば多くの人を傷つけるだろう。
(リーンとかいう博士はその正義感を利用した。ユメの正義感が強いことを見抜いて利用したんだ)
イリスは心の中で舌打ちをする。今すぐにでもリーンを殺してやりたい、そう思ってしまったのだ。
だが、そんなことはできるものではない。今はユメを正気に戻すのが先決だろう。
その時、バンッ、と部屋の扉が開いた。小さな子供がノックもしないで入ってきたのだ。
「師匠! 今日もヒーローになる方法を教えてください」
子供は布切れをマントにし、手にはその辺で拾ったであろう枝切れを持っている。完全にヒーローごっこをしている男の子だ。
「こら、エド君。ノックもしないで部屋に入ってきたらダメでしょう」
「う、ごめんなさい」
エド、と呼ばれた少年は素直に謝る。ユメのいうことをしっかりときいているようだ。
「ユメさん、この少年は?」
「ああ、紹介しますね。この子はエド君。私に憧れてヒーローになりたいそうです。今では私の一番弟子なんですよ」
「エドだ。よろしくな、ねえちゃん」
ユメ以外には態度が尊大だ。子供など、そんなものなのかもしれない。
イリスも自己紹介をし、エドからも話を聞いた。
エドは親を亡くした機械族の子で、軍の給仕係として従軍していたらしい。
フランメ攻略戦の際、ユメの戦いぶりを見て、憧れを抱いたそうだ。
エドはユメを探し出し、弟子入り志願をした。ユメは迷ったが、頼られる自分に酔っていたのだろう。結局は弟子入りを許してしまっている。
「師匠、今日はどんなことを教えてくれるんですか」
「そうですねぇ。今日は剣術について教えましょうか」
「やったー」
エドは部屋の中を飛び回って喜びを表現する。イリスから見るとユメが子供の遊び相手をしているようにしか見えない。
(のんきなものだ)
イリスは邪魔になると悪い、と言って部屋を後にした。この宿屋に泊まっている限り、ユメと話す機会は多いだろう。何も今すぐ全ての情報を聞きだす必要はない。
(焦らず、一歩ずつ、確実に、だ)
イリスはユメの隣の部屋に宿を取った。機械族の英雄の隣に簡単に宿泊できるとは機械族は油断しすぎではないか、とも思ったが、今のユメを暗殺できる実力者もいない。配慮しなくても安全だ、と考えたのだろう。
しばらくの間、ユメとイリスは同じ宿に泊まった。その間に親睦を深め、ユメはイリスのことを親友だと認識するほどになった。
イリスの潜入は成功したといえるだろう。
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