第18話 ひと時の平和&撤退
コウたちは魔族が陥落させたフランメには入らず、ドナーに戻って宿を取った。
気絶したメアリーはベッドに寝かせてある。コウとシャーロットは今回の事件の事後処理を行っていた。
その間に右近が帰ってきた。今度は丸焦げの上に左足を担いできている。見るたびに人間離れをしているようだ。
「う、うう……」
その時、メアリーの意識が戻った。皆が一斉にメアリーの方を向く。
「シャーロット、右近、ここは俺に任せてくれ。二人は部屋の外に」
シャーロットと右近は顔を見合わせ、頷いてから退室した。ここはコウを信用しよう、ということなのだろう。
メアリーがベッドから上半身を起こす。まだ意識がはっきりしないのか。部屋の中を見回していた。
「気がついたか」
メアリーがコウの存在に気づく。コウは椅子に座ったままメアリーを見ていた。
「……そう。わたくし、負けましたのね」
メアリーは感情がこもっていない声で呟く。視点もどこか虚ろだ。
「なぜ、殺してくれませんでしたの? あなたの武器が、木刀でなく、剣だったならば、わたくしは死んでいましたわ」
メアリーは涙目になって追求する。意識がはっきりしてくるにしたがって、感情が高ぶってきたのだろう。
「俺が、お前を死なせたくはなかったからだ」
「わ、わけがわかりませんわ。私とあなたは家族でも恋人でもありません。赤の他人ですのよ?」
「……」
コウは腕を組んで考える。コウ自身もなぜメアリーを助けたのかはっきりしないのかもしれない。
「おそらく、俺がメアリーという人物を好きになってしまったから、だろうな」
「な!?」
メアリーは顔を赤らめる。このような状況で『好き』、などといわれると思わなかった。
「俺は戦争のような異常事態のとき、容赦なく人を殺せる覚悟を持っている、と思う。それがこの身を守る
「なら、わたくしの時だって……」
「だが、それは相手が知らない奴の場合だ。知っている奴が相手なら、俺はそいつを助けたいと思うだろう。どんな手を使ってもな」
「……」
メアリーは何も言わない。コウの言うことを理解し始めたのだろう。
「本当に正義とか掲げている奴は、知っている奴も、知らない奴も、みんなを助けようとするだろう。しかし、俺は聖人でも善人でもない。ただ、好きな人を助けたいと思う。そんな凡人なんだ」
「つまり、コウはわたくしを好きだから、助けてくださった、というわけですの?」
メアリーは顔を真っ赤にして尋ねる。
「ああ、だからそう言っている」
メアリーの顔はさらに赤くなる。赤くなっていることがばれないように、顔を隠してうつむいてしまった。
「わたくし、誰にも好かれていないと思っていましたわ。いつも一人で、周りがみんな敵だと思っていました。だから、敵からブロンを守る。それだけを考えていました」
コウは黙ってメアリーの話を聞いている。今度は聞く番だ、と思っているのだろう。
「でも、違いましたのね。わたくしを好いてくれる人が近くにいた。こんな近くに……」
メアリーは泣き出し、ベッドを涙で濡らした。
「俺だけではない。シャーロットも、右近も、きっとお前のことが好きだ。お前はみんなに好かれている」
「もっと、早く気づくべきでしたわ。わたくしの泣き言を聞いてくれる人がいる。頼るべき人がいる。ブロンが死んだときに、そのことに気づいていれば……」
コウは立ち上がり、メアリーへと近づく。
「メアリー」
「はい」
メアリーの顔が上がる。その目には、コウの姿がはっきりと映っていた。
顔が真っ赤に染まる。次の言葉に期待する。こんな感情は初めてだった。
次の瞬間、コウは手に持っていたタオルをメアリーの顔に押し付け、ゴシゴシと拭いた。
「あぷっ、うぷっ。い、一体、なんですの?」
「涙で顔がぐちゃぐちゃだ。涙ぐらい拭け」
コウは容赦なくメアリーの顔を拭いていく。拭きおわると、メアリーの頭をポンッ、と叩く。
「しっかりしろ。お前がしっかりしないと、ブロンが安心して眠れないだろう?」
メアリーは一瞬、ポカン、とした。しかし、すぐに笑顔になり、口元を歪める。
「……ええ」
メアリーの目から、また少しの涙がこぼれたような気がした。
その日、コウたちは久々に四人で夕食を食べた。機械族と戦争しているとは思えない、平和なひと時がそこにあった。
###
ユメは撤退していた。フランメが魔族の手に奪還されたことにより、機械族がボーゲンに前線基地を戻したのだ。
その撤退戦の際、ユメは最後尾で魔族の追撃に備えていた。実際は魔族に追撃する意思はなく、フランメの防備に専念していたようだが。
「こちらです。怪我人を優先して運んでください」
ユメが山林の中で機械族を誘導していく。
その姿は右近との戦いでボロボロになっていた。
(こんな体でなければ、今すぐ魔族をフランメから追い出すのに)
ユメの変身装置は半分壊れていた。剣は使えるが、魔法は発動しない。防御力も半減だ。
この状態ではいくら身体能力が上がっているからといっても、一人で魔族と戦うのは危険だろう。それがわからないユメではなかった。
「師匠、今ので怪我人は最後です」
ユメのそばにヒーロー好きの少年、エドが寄ってきた。どうやらユメの手伝いとして連絡係をやっているらしい。
「ありがとう。私たちも撤退しましょう」
ユメは振り返り、魔族に占領されたフランメを見る。その東には花が咲き乱れる台地があった。
(あそこに、先生がいた。毒は、先生の命令で撒かれたものなのですか?)
ユメは台地から目をそらし、エドと共に走り出した。
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ユメは数日間ボーゲンの村で休息した後、機械族の首都であるシュベールトに行くこととなった。
破壊されたV3システムを修理するためだ。V3システムを作製したリーン博士はついでにデータの収集もしたいらしい。
今のままでは本来の力は出せない。それならばいち早くV3システムを修理してもらい、前線に復帰することがユメのためにも、機械族のためにもなるだろう。
ボーゲンからシュベールトまでは徒歩で約一日かかる。ユメはお供にエドを選び、二人でシュベールトまで向かった。
シュベールトにつくと、すぐさまリーン博士のもとに向かう。エドは宿屋で留守番だ。
リーン博士の研究室に入ると、そこには機械的な装置がいたるところにあった。ユメにはそのほとんどが何に使用するものなのかわからない。
顕微鏡を覗きこんでいる一人の女性がいた。ユメはその女性に近づいていく。
「リーン博士、お久しぶりです」
リーン博士と呼ばれた女性は顕微鏡から目を離し、ユメの方を向く。
「おや、ユメじゃないか。意外と早かったね」
リーン博士は気さくな話しかたでユメと接する。ユメからしたら話しやすく、相談に乗りやすい上司のようなものだろう。
「V3システムが破壊されたんだってね。今回の戦いはそんなに激しいものだったのかい?」
「ええ、まあ」
ユメは右近との戦いを思い出し、歯噛みする。あの戦いはユメが味わう初めての敗北感があった。
「V3システムの修理には時間がかかるよ。それまでは街に出てゆっくりするといい。戦士には休養も必要さ」
「……そんなものなのでしょうか」
ユメはリーン博士の助言に従うことにした。エドの相手をしつつ、これからの戦いの英気を養おう。そう考えたようだ。
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リーン博士の研究室。そこには怪しげな装置が数多くあった。
「ふ、ふふふ。いいデータがいっぱい取れたわ。これでV3システムは完成する。そうしたら、あの子は必要なくなるわね」
研究室内に笑い声がこだまする。その不気味な雰囲気に、見るものすべては戦慄するだろう。
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