第19話 魔族&機械族
魔族と機械族の戦いは激しさを増した。ユメが戦線を離脱したことにより、機械族の戦力が大幅に減少したからだ。
そんな中、コウは相変わらずユメを説得する方法を考えていた。
フランメでイリスとして接した際、ある程度の情報は手に入れることが出来た。だが、決定的な情報がない。
(ユメはこの戦争の原因を魔族側にあると思っている。しかし、本当にそうなのか?)
コウもこの戦争の原因について考えたことはある。しかし、どうもユメがいうほど単純なものではなさそうだ。
鍵となる物質がある。それは魔石だ。
魔石は魔族にも、機械族にも重要なものである。私たちが考える石油や天然ガス以上に重要な物質だろう。
この魔石は魔族が住む西側に多く産出する。そのために昔から魔族は魔石を使い、機械族は道具を使うことが多かった。
しかし、状況は機械族が魔石を利用した道具を作り出してから変わっていった。魔石を使った道具を魔道具と言った。
魔道具は使いやすく、大変便利である。今までの道具が色褪せて見えるほどだ。
機械族はその魔道具を大量生産した。機械族の生活は一変し、今までの生活が野蛮なものに見えた。
だが、魔石は無限ではない。すぐに魔石不足が深刻となった。しかも魔石の生産地は国の西側、魔族領に多く存在する。
機械族は魔族と交渉した。魔石を大量に買い込もうとしたのである。
しかし、魔族にとっても魔石は貴重なものだった。魔族は子供が生まれたら魔石を体に埋め込む風習がある。それが魔族の仲間として認められる条件だからだ。
魔族は魔石を機械族に売っていたが、その量が増えることに不安を感じた。
ついには魔石の取引を拒絶し、魔族領から魔石が流出するのを防いだのだ。
これに怒ったのが機械族である。中には魔族を滅ぼし、魔石をまるまる奪ってしまえ、というような議論も出た。
しかし、機械族の長、ハロルドは冷静だった。機械族から戦争を仕掛けてしまえば悪名は機械族、さらにはハロルド自身に降りかかる。
そのため、ハロルドは魔族にあらゆる嫌がらせをした。収穫前の作物を略奪したり、動物の死体を魔族領内に投棄したりしたのだ。
特に魔族にとって痛手だったのは食料の交易ができなくなったことだ。食料の増減は人の生活に直結する。それがわかるだけにハロルドはそのような暴挙に出たのだろう。
これに反応したのはクイーンの弟、キングという人物だった。クイーンは戦争を避けようと領民を抑えていたが、キングはそのような姉の行為を無視した。
ついにはキングが先頭に立ち、機械族の領内に攻め込んだのだ。
ハロルドは手を叩いて笑ったことだろう。これで魔族が悪、悪と戦う機械族こそが正義になる、と。
機械族はキングの侵略行為を理由に宣戦布告した。クイーンもこのままでは魔族が滅びると考え、機械族と戦う決意をした。
その戦いが、現在まで続いているのである。
(これでは魔族のほうが被害者だ。しかし、これは魔族側の資料でわかったこと。機械族側の資料ではどうなっているのか)
コウは少し考え、決意を固めた。
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その夜、いつものようにコウはシャーロットたちと作戦会議を行った。いつものテーブルの席に四人が座る。
「みんな、聞いてくれ。魔族はフランメを奪還した。しかし、戦況は膠着状態のままだ」
「まあ、コウやユメが来る前の状況に戻っただけですものね。当然ですわ」
「そこでだ。俺たちは機械族の首都、シュベールトに行こうと思う」
シャーロットたちが一斉に驚く。たった四人で敵の本拠地に行くとは考えたこともなかった。
「き、危険ではありませんか?」
「危険だな」
コウは、何を当たり前の事を言っている、と言いたそうな顔でシャーロットを見る。この男は危機意識というものが欠如しているのではあるまいか。
「目的は何でござるか」
「情報収集、そして、後方破壊が目的だ」
「つまり、敵の情報を集めつつ、戦力を削れるようなら削る、ということですね」
「そうだ」
口ではそういっているが、本当の狙いはユメを説得する材料探しだろう。コウの目的は自分が元の世界に帰ることよりもユメを元の世界に帰すことに変わっている。そのためなら何でもする雰囲気がコウにはあった。
シャーロットたちは顔を見合わせる。情報収集に、後方撹乱、そんなことが本当に可能なのだろうか。
「四人なら隠密行動も可能だろう。シャーロットは情報収集に長けている。メアリーは撹乱、戦闘となったら右近がいる。大丈夫だ」
コウにそういわれるとシャーロットたちも出来る気がしてくる。今までコウを信じてやってきたのだ。今度もコウを信じて問題ないだろう、と考えるのが普通だった。
「わかりましたわ。わたくしはコウにお供しますわ」
まず名乗りを上げたのはメアリーだった。しかし、そのメアリーの態度にコウは首を傾げる。
「……いつもなら真っ先に反対すると思ったのだが、どうかしたのか?」
「えっ!」
メアリーは顔を赤らめてアタフタとする。見るからにいつものメアリーとは違っていた。
「べ、別に、この作戦は問題なさそうだと思ったからですわ。わたくしだっていつもコウの作戦に反対するわけではありませんわよ」
メアリーは顔を真っ赤にしながらそっぽを向く。メアリーの感情はわかりやすいのだが、あまりの変化に周りがついていけていない。
「シャーロットと右近はどうだ」
「私は師匠の弟子です。師匠の行くところならどこでもついていきます」
「拙者はクイーン殿にコウ殿の監視を頼まれているでござるからな。もちろんついていくでござるよ」
作戦は決まった。しかし、この作戦を実行するには、ある問題を解決しなければならない。
「師匠の顔、どうしましょうね」
「ああ、どうやら前回の事件で機械族に俺の顔がばれてしまったようだからな」
フランメを毒の霧が襲った際、コウはメアリーを止めるために東の台地に行った。メアリーを止めることは出来たが、毒の散布はコウの指示で行ったと思われたようだ。
実際、ナイトなどはコウの指示だと思い、あの後で感状がきたほどだ。
コウの名前が有名になると同時に、似顔絵なども流通した。ついにはカメラのような魔道具で写真を撮られたらしく、明瞭な顔写真が機械族の手に渡るようになった。
「変装するしかありませんね」
「またあの女装か……」
コウは大きくため息をつく。変装できるのは良いが、体が女になるのは違和感がある。出来ればあの首飾りは使いたくないのだろう。
数日後、コウたちはシュベールトに向かって出発した。コウたちの服装は機械族のものに変わっていた。
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約一日半後、コウたちはシュベールトに到着した。いや、このときにはすでにコウはイリスとなっていた。
シュベールトは都市の中心に大きな建物があり、その周辺を軍部が、その外側に一般人が居住している形となっている。
人口およそ三万人。この国最大の都市といえよう。
「さすがに人が多いですわね」
メアリーが人の多さに目を奪われている。このような人口密度は王都でも体験できなかった。
「シャーロットさん。宿を探してきてくれませんか?」
「はい。師匠」
「……私はイリスです。あなたの師匠ではありません」
イリスとなったコウは少しため息をつく。この調子ではいつか変装がばれてしまいそうで心配だ。
シャーロットが宿を探しに行ってすぐ、イリスの後ろに近づく影があった。
「あれ? もしかして、イリスさん?」
イリスが振り返る。そこには買い物帰りであろう、果物を抱えているユメがいた。
「ユ、ユメさん!?」
イリスはすぐさま目配せする。右近とメアリーはフードを被り、そそくさと人ごみの中に隠れた。
メアリーと右近の顔はユメにばれている。しかも、右近はユメと二回も戦っているのだ。見つかったらただでは済まないだろう。
「何でイリスさんがここにいるのですか?」
ユメは右近たちに気づかなかったようで、イリスに質問をしてくる。
「行商の関係で首都に。ここでしか手に入らない商品もありますから」
「そうですか」
ユメはなにやらもじもじとしてイリスの顔をうかがっている。何か話があるのは明白だ。
「ユメさん、何か、私に用でも?」
「え、いや……」
ユメは躊躇したが、一度頷くとまっすぐにイリスの目を見た。
「イリスさん。ごめんなさい」
ユメは頭を下げて謝った。わけのわからないイリスは呆然とする。
「前回、イリスさんと別れたとき、魔族と私たちが違うものに見えるのか、って言われましたよね」
「ええ」
イリスはそのときの記憶を思い出す。あの時はブロンのことで頭がいっぱいになり、とんでもない事を口走っていた。
「私、あれからイリスさんの言葉を考えていたんです。でも、私には難しくてわかりませんでした。ですから、もう一度イリスさんと会って、お話を聞きたいと思っていたのです」
ユメはイリスの手を握って懇願してくる。ユメが抱えていた果物は地面に落ちて転がる。
計画とは違ったが、ユメと接触できたのは運が良い。イリスはすぐさま計画を修正した。
「わかりました。私もユメさんとお話したいと思っていました」
「本当ですか!?」
ユメは腕を振って喜びを表現する。本当にイリスのことが好きなのだろう。
「宿はもう決めていますか? まだでしたら私のところに来てください。相部屋でもいいですよ」
イリスは少々考えたが、大きく頷いた。
「わかりました。ユメさんに甘えるとしましょう」
「やったぁ!」
「そんな!」
ユメの言葉と誰かの言葉が被さった。ユメは不思議そうにあたりを見回す。
「今、誰かが叫びませんでした?」
「そうですか? 私はユメさんの声しか聞こえませんでしたけど」
裏路地では暴れるメアリーが右近に口を押さえられている。
(メアリーの奴、このチャンスを潰す気か?)
「それでは、案内しますね」
イリスはユメと一緒に街中に消えた。メアリーはその様子を涙目になりながら見守ることしかできない。
「コウ殿も罪な男でござるな」
「うるさいですわ!」
メアリーは右近の左膝を蹴る。だが、右近の左足が外れただけで右近にダメージはなかった。
二つの太陽が首都シュベールトを照らしている。
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