第20話 エド&恋心

 イリスはユメの宿屋に着くと、ユメの隣の部屋に泊まった。ヒーローに憧れている少年、エドはユメの向かい側の部屋だ。


 イリスはユメと話し合い、魔族と機械族が戦争をしている理由を話した。あくまでもイリスが調べた話であり、予想の域をでない、ということも添える。


 ユメもすぐには信じることが出来なかったが、完全に魔族を悪だと判断することはなくなったようだ。



「私は魔族と接触して、魔族の意見を聞きました。今度は機械族の意見も聞きたいと思っています。双方の意見を聞かなければ、この戦争を正しく判断することができないと思っているからです」



 イリスの話にユメは感動した。自分の無知を恥じ、魔族への見方を変えようとした。



「イリスさんは偉いですね。私なんか、誰かに何かを言われたらすぐに信じてしまいます」


「それだけ純粋だということですよ。それも一つの美徳です」



 ユメは首を左右に振る。自分の欠点は自分が一番良くわかっている。



「何も考えていないだけです。誰かが正義だといえばその人の味方をし、誰かが悪だといえばその人を倒す。私は、判断を誰かに委ねているだけなのかもしれません」


「……」



 イリスは何も言わない。それはイリスも常々思っていたことだからだ。


 ユメが見ているヒーローアニメや漫画は明確な悪がいることが多い。現実にも悪い奴は大勢いる。そう考えているのがユメなのだ。


 だが、現実の戦争となってくると話は複雑になる。様々な善悪が入り混じり、どちらが正義でどちらが悪だと判断できることなど不可能に近い。


 それでもある国が正義を語るのは、自らの悪事を隠そうとしているからなのかもしれない。


 戦争とはそのようなものなのだ。



「考えることです。ユメさんのことはユメさんが考えるしかありません。考えて、考えて、そして見つけた答えが正義なら、その正義に従えばいいではないですか」


「イリスさん……」



 ユメとイリスの話し合いは深夜まで及んだ。雑談もあったが、なかなか有意義な話が出来た。


 イリスはユメの説得に、また一歩近づいた気がした。




   ###




 早朝、イリスは宿の庭に出てみた。朝の散歩のつもりであった。


 そこに、剣道の掛け声のようなものが聞こえてきた。



「えい、やあ、とう」



 見ると、宿屋の庭でエドが木刀を振るっていたのである。イリスは興味を持ち、エドに話しかけることにした。



「おはようございます、エド」


「うわ、いたのか」



 エドは木刀を振るのをやめ、イリスのほうへと近づいてくる。



「何か用か、ねえちゃん」


「別に用はないわ。ただ、挨拶をしただけ」


「ふーん」



 エドはじろじろとイリスの全身を見る。イリスからしたら気持ちの良いものではない。



「ねえちゃん、師匠と仲がいいようだけど。師匠を傷つけたら、承知しないからな」



 エドは木刀を構えて言い放つ。朝の挨拶がこれではたまったものではない。



「エドはユメさんの事を大切に思っているのね」


「当たり前だろ。俺の師匠なんだから」


「……本当にそれだけかしら?」



 エドはドキッ、としてしまう。視線が泳ぎ、先ほどのような威勢がなくなった。



「そ、それ以外に何があるって言うんだ」


「たとえば、恋しているとか」


「な、な、な」



 この狼狽の仕方は確定だろう。実に子供らしく、わかりやすい態度だ。



「違う。俺は純粋に師匠のようなヒーローになりたくて……」


「正直に言ったら、私、エドの恋に協力するわよ」


「はい。その通りです」



 イリスは声をたてて笑った。純粋なエドの行為が好ましかったのだ。



「正直に言ったんだ。師匠と仲良くなるには、どうしたらいい」


「慌てないで。まず、エドの事を教えて」



 イリスはエドとユメの関係を教えてもらった。前にもエドのことを調べたことはあるが、それは表面的なことだ。今回は内面的なことを重点に話を聞いた。エドを知ることで、間接的にユメの事を知ろうとしたのだ。



「なるほど、ヒーローとして憧れているうちに、恋心も持ってしまったと」


「うん」


「初恋?」


「うん」



 エドはイリスの質問に正直に答える。話を聞いてもらううちにイリスの事を信用しだしたのだろう。



「じゃあね、エドにぴったりなユメさんへのアタック方法を教えるわね」


「そんなのがあるのか!?」



 エドの目がキラキラと輝く。自分ではどうして良いかわからないときに現れた救世主だ。期待するな、というほうが無理であろう。



「エドがもっと大きくなって、強くなって、そして、ユメさんを守ってあげなさい。ユメさんは強いけど、とても弱い存在でもあるの」


「強いけど、弱い?」



 エドにはイリスの言ったことがわからなかったようだ。しきりに首をかしげている。



「いつもそばにいて、守ってあげるってこと。ユメさんも人間だもの、苦しんだり、悲しんだりするときがくるから、そのときはそばにいて、助けてあげて。それがユメさんと仲良くなることにつながるから」


「……よくわからないけど、とにかく師匠のそばにいて、守ればいいんだな」


「できる?」


「任せとけ!」



 エドは拳を突き上げて主張する。もしエドが大きくなったとき、ユメが悲しんでいたら、ユメの力になってくれるだろう。そんな期待を込めてイリスはエドに接した。


 もしかしたら、イリスはエドに自分と同じようなものを感じたのかもしれない。




   ###




 イリスとユメが泊まっている宿とは別の宿、そこにはシャーロットとメアリー、右近が泊まっていた。



「どうなっていますの? 何でコウはユメのところに行っているんですの?」


「メアリー、師匠ではなくイリスさんです」


「そんなのどっちでもいいですわ!」



 メアリーは手足をじたばたさせて鬱憤を晴らしている。まるで子供のような動作だ。



「イリスさんから指示は届いています。今は情報収集するのが先決ですよ」


「情報収集なら毎日のようにやっていますわ。でも、ろくな情報が手に入らないではありませんか。右近は使えませんし」



 メアリーは恨めしそうな目で右近を見る。


 右近の姿は侍だ。いくら機械族の服を着て変装をしていても、話しかたや雰囲気で機械族とは違うとわかってしまう。そのため、右近は宿で留守番をすることになっているのだ。



「それがですね、ちょっと気になる情報を手に入れたんです」


「ほう、何でござるか」


「ユメさんの変身システム、V3システムについてです」




   ###




 イリスは自室にこもり、化粧用の鏡と対面している。その鏡からは一つの耳が飛び出していた。鏡からはシャーロットの声も聞こえる。



「量産型のV3システム、ですか」


「はい。近々そのシステムが完成するらしく、しきりに実験が行われているそうです」


「それは、厄介ですね」



 ユメ一人であの威力があるV3システムだ。それが大量に生産されるとしたら、魔族に勝ち目はないだろう。魔族が戦争に負ければ、イリス、つまりコウが元の世界に帰る手段がなくなることになる。



「わかりました。対策を練りましょう。詳しい資料はこちらに送ってください」


「了解です」



 次の瞬間、鏡の中から大量の紙束を持った腕が現れた。イリスはその腕から紙束を受け取る。



(量産型V3システムか。場合によっては、破壊するしかないな。それに……)



 イリスはチラリと紙束に視線を落とす。大学時代に読んだレポート以上に量がありそうだった。



(うまくいけば、ユメを元の世界に戻す方法も……)



 イリスは紙束を抱えて机へと向かった。今日は一日中、資料に目を通すことになりそうだった。

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