第9話 魔族&英雄

 数日が経った。コウたちは情報を集め、フランメ奪還作戦を練り上げていた。


 シャーロットはコウに付き従い、戦術、戦略などを教授されていた。


 もともと真面目な性格なのだろう。シャーロットはコウから様々なことを教えてもらい、吸収していった。


 シャーロットの変貌に、メアリーは



「あなた、頭がおかしくなったのではありませんこと?」



 と言って顔をしかめていた。


 メアリーはまだ完全にコウを信用していない。命令されるのも不本意だろう。軍部からの要請がなければ一緒のグループにも居たくないタイプだ。


 右近は相変わらずだ。飄々としており、コウが調査のために外出するときには警護として一緒に行動している。


 剣の腕は確かなもので、一度、外出中にコウが襲われたときも、難なく敵を撃退した。


 右近からしたら雑兵などは相手にもならないのだろう。




   ###




 魔族の軍部に動きがあった。明日、フランメに大規模な奪還作戦を仕掛けるのだという。


 当然、コウたちのもとにも出動要請がきた。


 コウはいつものテーブルの席に座り、軍部からきた書面を読んだ。



「いよいよか」


「この作戦、成功するでしょうか」



 シャーロットが心配そうにコウの様子をうかがう。シャーロットからしたらとても成功するようには思えないのだろう。



「十中八九、失敗する」


「ほう、それはなぜでござるか?」


「フランメを一人で落とした奴のことを考えていない。シャーロットが盗んだ情報によると、軍部は数で押し切るつもりだ。数で押し切れるなら、数で勝っていたフランメが落とされるはずがない」


「なるほどでござる」


「ではどうしますの? わざわざ負けるとわかっている戦いに参加しますの?」



 コウはテーブルに置いてあった資料を拾う。じっと見つめた後、大きく頷いた。



「参加する」



 メアリーは口を大きく開けて固まった。負けるとわかっている戦いに出るほど馬鹿なことはない。わざわざ死ぬために行くようなものだ。



「あなた、やっぱり頭がおかしいですわよ」


「師匠は何か考えがあるのです」


「シャーロット、あなた、この男に毒されてきていますわね」



 メアリーは大きくため息をついた。変わってしまった友人が嘆かわしいのだろう。



「考えがあるのなら聞こうじゃありませんの。ただし、無謀だと思いましたら、わたくしは抜けますわよ」


「かまわない」



 コウは自信に満ちた口調で言い切った。その様子にメアリーの方がたじろぐ。



「作戦はこうだ。俺たちは戦わない。軍部とは別の場所で戦いを傍観する」


「は!? それでは戦いに参加する意味がないではありませんの」


「意味はある。大量の魔族が押し寄せれば、機械族はフランメを一人で落とした英雄に頼るだろう。俺たちはその英雄の戦いぶりを観察する」


「見ているだけなのですか? その英雄を倒すのが私たちの目標ですよね」


「英雄の戦いを確認し、現状でも勝てる、と判断できた場合は戦う。しかし、勝てない、と判断した場合は観察に徹する。後日、対策を練って抹殺するためだ」


「そのために、軍部を囮にするのですのね」



 メアリーは不快感を隠そうとしない。同族を囮にして、自分たちだけ高みの見物をする、という作戦が肌に合わないのだろう。



「軍部が俺の指示に従ってくれるのなら、まだ方法はあったんだがな。現状では俺の言うことなど、少しも聞く気はないだろう」



 コウは自嘲的な笑みを見せる。その笑みには、自分に指揮権を渡せばすぐにフランメを奪還してみせる、という自信が見え隠れしていた。


 メアリーは不本意ながら納得した。メアリーもコウの言っていることがわからないほど馬鹿ではない。現状ではコウの作戦に従う他に方法はないのである。




   ###




 作戦決行の日が来た。魔族はドナーから出撃し、フランメへと向かう。その数、約五百。フランメを守る機械族の数は百前後だと考えられた。


 攻める側は守る側の三倍以上の兵数が必要だといわれている。魔族の作戦はその原則に則った結果なのだろう。



(まあ、それはイレギュラーな存在がいない場合だな)



 コウたちはすでにフランメの近くの森に身を隠している。ここからならば戦いの様子が良く見え、身を隠すこともできる。


 フランメを落とした英雄が現れた場合、観戦するにも、戦いに参加するにも絶好の位置といえよう。



「右近、念のためいつでも飛び出せるように用意しておけ」


「御意」



 右近は鯉口を切った。いつでも抜刀できる態勢である。


 二つの太陽が真上に来たとき、戦いは始まった。


 まずは魔族が火の魔法を使う。フランメの城壁を焼き払うつもりらしい。


 機械族がフランメを占領したことにより、木製だった城壁は鉄製に変わっている。しかし、その全てが変わっているわけではない。重要な部分だけ鉄で覆い、他は木製のままだ。魔族はその点を狙ったのだろう。



(まずは敵の弱点をつく。魔族もなかなかやるじゃないか)



 コウは魔族の戦い方を見て感心する。魔族は戦い方を知らない、と思っていたが、この様子を見る限りそうでもないようだ。


 機械族は城壁に上って消火活動に当たる。その機械族を今度は雷の魔法が襲う。


 矢のような雷が城壁に上った機械族を次々と倒していく。


 城壁に上れば雷の餌食、上らなければ城壁が丸焼けだ。



(いい作戦だが、そろそろ英雄さんのお出ましじゃないか? このピンチに出て来ないとなると、このまま魔族が勝つことになるが……)



 その時、城壁の目立つ場所に一つの影が現れた。太陽を背にし、手を腰に当てて魔族の大軍を見下ろしていた。



「待ちなさい!」



 城壁に上った影が大声を発する。魔族の大軍はその声に引かれ、皆が声のする方を見た。



(ん? この声、どこかで聞いたことがあるような……)



 コウは嫌な予感がしながら目を細める。少しでもはっきりと声の主を見たい。コウの想像が当たっていれば、声の主はとんでもない人物だ。



「人々を苦しめる悪逆非道の魔族。これ以上悪行をやめないのなら、この羽白ユメが相手になります!」


「ユ、ユメ!?」



 コウは思わず大声で叫んでしまった。なぜユメがここにいるのか。なぜ機械族と一緒に行動しているのか。多くの疑問がわきあがる。


 だが、コウの疑問をよそに事態は進行していく。


 白い制服姿のユメの出現に面を食らった魔族だが、攻撃を停止するわけではない。丸腰のユメなど気にせず、城壁への攻撃を再開した。



「むむむ、あくまでも抵抗する気ですか。それなら、私にも考えがあります」



 ユメは制服のポケットから一つの白い宝石を取り出す。宝石にはメタリックな装飾が施されており、太陽の光を浴びて輝いていた。


 ユメはその宝石を天高くかざす。



「今こそ、正義を執行します。変身!」



 ユメが言葉を発すると、白い宝石が太陽以上の輝きで光りだす。そのまぶしさに魔族の大軍も目を覆ったほどだ。


 光が消えると、そこには先ほどとは違った姿のユメがいた。


 剣を構え、白い制服に機械的な装飾が施されている。耳にはヘッドフォンのような器具もあった。



「正義のヒーロー、羽白ユメ、ここに参上!」



 コウはあっけに取られた。ユメがヒーロー好きだということは知っていた。しかし、異世界にきてまでヒーローをやるほど馬鹿だとは思っていなかった。



「あの馬鹿。まさか、フランメを落とした英雄って……」



 コウの予想はすぐに証明された。


 ユメは城壁から飛び降りると、魔族の大軍の中に飛び込んだ。



「サンダーストーム!」



 ユメは空中で叫びながら剣を振るった。その瞬間、空中から火花が発し、巨大な電気の渦が出現した。


 魔族の大軍は電気の渦に巻き込まれ、大半が地面に倒れ伏した。


 ユメは魔族がいなくなった地面へと降り立つ。



「まだまだです。フレイムウォール!」



 ユメは剣を下から上に振り上げる。すると、目の前から炎の壁が出現し、生き残った魔族の大軍へと突き進んでいった。


 魔族は悲鳴をあげながら退却していく。怪我人を回収する暇もない。完全なる敗北だった。


 コウはこれを見て確信した。フランメを一人で落とした英雄はユメなのだと。


 ユメは剣を高々と掲げ、フランメからは機械族の歓声が沸きあがる。その姿は勝利の余韻に浸っているようであった。

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