第8話 師匠&弟子

 一瞬、すべての時が止まったかのように静寂が訪れた。事の重大さが、そのように錯覚させたのだろう。



「フランメが、陥落した? どういうことだ、それは」


「詳しくはわかりません。しかし、フランメの村を闊歩している人は、すべて機械族の兵士なのです。すでに占領されたと見て間違いありません」



 信じられないことであった。コウたちは一夜で機械族の前線基地であるボーゲンを陥落させた。しかし、それと同時に魔族の前線基地であるフランメも陥落していたのである。


 これは引き分けではない。魔族側の敗北である。なぜなら、フランメはすでに占領を完了しているからだ。夜が明ければすぐにでもボーゲンを奪還できるだろう。



「シャーロット、すぐにメアリーを呼び寄せろ。撤退する」


「せっかく手に入れた拠点を手放すのですか?」


「このままじゃ俺たちの命が危ない。拠点はまた奪えばいい。今は逃げることだけを考えろ」



 シャーロットは頷き、能力を使ってメアリーを探し出した。


 シャーロットはメアリーを呼び寄せ、コウたちはボーゲンを脱出する。


 退却はほぼ一日を要した。すでに周りは機械族の領地となっているのだ。下手に動けばすぐに捕らえられる。


 そのため、慎重に行動し、王都に戻るまで時間を要したのだ。




   ###




 王都に戻ったコウはクイーンに呼び寄せられた。すでに事の次第はクイーンに報告されている。


 前回のように王座のはるか前に立ち、王座の周りにはビショップやナイトなどの側近が立っていた。



「ボーゲン攻略戦、ご苦労様。拠点を占領できなかったのは残念だけど、制圧するまでの手腕は見事だったわ」



 クイーンは相変わらず笑いながらコウに話しかけてくる。魔族の前線基地が落とされた、というのに気にしていないかのようだ。



「ありがとうございます。それで、私はなぜこの場に呼ばれたのでしょうか」



 クイーンがそばにいるビショップに目配せする。詳細はビショップが説明するようだ。



「あなたに次なる任務を与えます。数日中にドナーに行き、フランメを奪還しなさい」



 ドナーとはフランメの隣にある村で、フランメの代わりに魔族の前線基地になったところだ。


 フランメよりは大きいが、完全には要塞化できていないため、防御面では不安が残る。



「それは、一人で、ですか?」


「こちらからは右近を遣わします。さらには継続してシャーロットとメアリーも連れて行くといいでしょう」



 それでもたった四人だ。四人で拠点を落とすなど、そうそうできることではない。



(こいつら、あんなことが簡単にできるものだと思っているのか?)



 コウは黙ってクイーンとビショップを睨みつける。低姿勢で通そうと試みていたが、あまりにも酷い仕打ちに感情が表に出てきてしまったようだ。



「不満そうね」



 クイーンが陽気に尋ねる。


 コウは



「いいえ」



 と抑揚なく答えるだけだ。



「いいことを教えてあげるわ」



 クイーンの笑みが大きくなる。その笑みには嗜虐的な感情が込められているように感じられた。



「フランメはね、たった一人の人間に落とされたそうよ」



 コウの目が見開く。



「そんな馬鹿な!」



 ありえない、コウはそう思った。


 コウでさえ、シャーロットとメアリーの手を借りてボーゲンを落としたのだ。それですら奇跡的なのに、魔族の拠点であるフランメを一人で落とすことなど不可能に近い。


 コウの顔はみるみる青くなる。これでは三人で拠点を落としたことなど、何の自慢にもならない。



「だからね、あなたもそれくらいはやってもらわないと。元の世界に帰すのは難しいわ」



 コウは何も言えなかった。功績しだいで元の世界に帰れると言われているのだ。その功績がない状態ではクイーンの言いなりになるしかない。



(今は、耐える時か)



 コウは唇を噛み、じっと地面を見続けるしかなかった。




   ###




 コウたちはその日のうちにドナーへと向かった。他の兵士も逐次ドナーに送られるらしい。


 ドナーについたコウはすぐに作戦会議を開いた。使用したのは宿屋の一室だ。


 円形のテーブルの席に四人が腰をかける。テーブルの上には王都から持ってきた資料が積み重なっていた。



「右近、自己紹介は済んでいるのか?」


「もちろんでござる」



 シャーロットとメアリーは右近と面識がないはずだ。ボーゲンから退却するときは挨拶する余裕すらなかった。しかし、ドナーに来るまでの道中に時間はあった。その間に自己紹介を済ませていたらしい。



「では、早速作戦会議を始める。今回のフランメ奪還作戦でまずやることは一つ。敵の戦力を把握することだ」



 コウの言葉にメアリーが不満そうな顔をする。



「また回りくどいですわね。いきなり攻めかけてはいけませんの?」


「たった四人でか? 自殺行為だ」


「前回は三人で勝ちましたわ。それと同じことをすればよろしいのでは?」



 コウは大きくため息をつく。



「あれは敵が油断していた。さらには事前調査がしっかりしていたからだ。今回は敵も油断はしないだろう。事前調査もまだだ」


「面倒ですわね」



 メアリーは一応納得したようで、これ以上の追及はしない。



「それで、敵の戦力を把握する、とは具体的にどのようなことをすればいいのですか?」


「フランメを落とした奴を見つける」



 コウが説明するには、フランメを一人で落とした人物がいる限り、フランメを奪還しても再び落とされてしまうだろう。


 それならば、先にフランメを落とした人物を抹殺し、その後でフランメを奪還する、というのがコウの立てた筋書きであった。



「シャーロットは前回と同じように情報収集、右近は俺と一緒に来てくれ。この辺りの地理を把握しておきたい」


「護衛でござるか」



 右近は気合が入ったように刀を引き寄せる。右近のような戦闘が得意な人物がいると安心感が違う。



「わたくしはどうしますの?」


「シャーロットの手伝いをしてくれ。人手が必要なこともあるだろう」


「要は、雑用ですわね」



 メアリーは少し拗ねたように頬を膨らませる。その行為がメアリーの子供っぽさを増長させていた。



「作戦会議はここまでだ。今日はもう遅い。各自部屋に戻って休んでくれ」



 皆が各自の部屋に戻る。その中で、シャーロットだけがコウに熱い視線を送っていた。




   ###




 その日の深夜、コウの部屋はまだ明かりがついていた。王都から持ってきた資料を読み込んでいるのだろう。


 その時、コンコンコン、とドアがノックされた。



「誰だ」



 入ってきたのはシャーロットだった。なにやら思いつめた顔をしている。一目で何かあると理解できた。



「……まあ、座れ」



 シャーロットがコウの前の席に座る。シャーロットはうつむき、視線が左右に動いていた。



「どうした、こんな夜更けに」



 シャーロットは少々口篭ったが、意を決したように前を向いた。



「コウさん、私、お願いがあります」



 シャーロットの表情は真剣だった。ただならぬ決意が感じられる。


 コウはじっとシャーロットを見つめた。何を言い出すかはわからないが、こちらも真剣に対応しようとしているのだろう。


 シャーロットは大きく深呼吸して、声を張り上げた。



「コウさん、私を、あなたの弟子にしてください!」


「……は?」



 シャーロットの話を聞くと、ボーゲン攻略戦のとき、コウの手腕に感動したのだという。


 シャーロットは今まで軍部でも雑兵扱いを受けていた。与えられる仕事は誰にでもできるようなことばかり。自身の存在意義がわからなくなっていたのだ。


 しかも、使える魔法は戦闘用ではない。前線に出られるような能力を持っていないのだ。


 そのため、シャーロットは戦闘で魔族の役にたつことをあきらめていた。


 そのときである。コウと一緒にボーゲンを攻略したのは。


 シャーロットは特別な魔法を使わずに、機械族の拠点を落としたコウの手腕に感動した。自分もコウのようになりたいと思ったのである。



「お願いです。私に、コウさんの全てを教えてください!」


「……」



 コウは少々考えた。戦術や戦略を教えるのは良い。むしろ、コウを輔佐する存在が増えるのは歓迎すべきことだ。



(シャーロットの様子を見ていると、裏があるわけでもない。純粋に役にたちたいだけか)



 そうとわかれば断る理由はなかった。


 コウは机の上から資料を抜き出し、シャーロットの前に置いた。


 シャーロットは意味がわからないらしく、目をパチクリさせながら資料とコウを交互に見た。



「まずはその資料を読み込め。俺たちにとって情報は力だ」


「え、では……」



 シャーロットの顔が笑顔に変わる。



「ああ、教えるのは得意だしな。使える人材が増えることは歓迎すべきことだ」


「ありがとうございます!」



 シャーロットは深々と頭を下げた。その勢いでテーブルに頭をぶつけてしまう。


 額をなでながらシャーロットは笑う。


 ここに、コウとシャーロットの師弟関係が出来上がった。

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