第21話 量産型&分身
イリスは量産型V3システムの破壊を決意した。このままでは魔族が負けることは必定だ。それではコウが元の世界に戻る手段を失ってしまう。
量産型V3システムを持っているのはリーン博士という人物だ。
リーン博士はシュベールトの中心部にある巨大な建物の中で研究している。そこには機械族の長であるハロルドもいた。
(この資料によると、量産型V3システムはまだ実験段階。実戦で運用できるのは三機、というところか)
一機で魔族の拠点を制圧したシステムだ。三機もあれば魔族との戦争を終わらせることも可能だろう。
(だが、量産化したことによるデメリットもある)
イリスは資料をめくる。そこには量産型V3システムのことが事細かに書かれていた。
量産型V3システムの弱点とは、大量のデータを処理するために処理装置を本体と切り離したことである。
ユメのV3システムはその場で戦闘データを集め、処理する。処理したデータをもとに本体、つまりユメの肉体にフィードバックしているのだ。
このシステムのおかげでユメは超人的な身体能力を得ることが出来、V3システムの中に埋め込まれた大量の魔石を制御することで魔法も使える。
だが、この方式では処理が複雑になり、量産化は難しかった。
そこで考え出されたのが、データ処理の外部化である。
量産型V3システムの衣装にデータを送受信できるアンテナを付け加え、外部にあるスーパーコンピュータとデータのやり取りをするのだ。
これによりシステムへの負荷は減り、量産化が可能となる。
(だが、データを一括管理するとなると、そのスーパーコンピュータが破壊されたとき、量産型V3システムの全てが止まる)
つまり、イリスの目的はシュベールトの中心部にある建物に忍び込み、量産型V3システムを管理しているコンピュータを破壊することである。
(すでに計画はシャーロットたちに伝えた。決行は、今夜だ)
###
二つの月が夜空に浮かぶ。シュベールトの街を月の光が照らし出した。
その光から隠れるように、四つの影が暗躍する。
軍部をうまく抜け、シュベールトの中心部にある建物の前でその影は止まった。
「はてさて、夜中に建物に忍び込むとは、まるで忍者でござるな」
「右近さん、余計なことは喋らないでください」
右近は苦笑しつつ鯉口を切った。戦闘が近いと感じたのだろう。
「ここから、どうしますの?」
シャーロットが建物の前で警備している二人の衛兵を指差す。
「強行突破します」
「……無謀ね」
「仕方ありません。師匠、いいですよね」
イリスから戻っているコウは黙って頷く。闇夜に姿を紛らわすためか、黒いスーツの上に、マフラー、フードまで深く被っている。これでは視界が悪くなるのではないか、と思うほどだ。
「師匠の許可がでました。行きます!」
シャーロットの掛け声で四人が飛び出す。先頭を進むのは右近だ。
急な人影の接近に衛兵も驚く。
「て、敵襲!?」
一人は右近の前に躍り出て、一人は電話のような魔道具でどこかに連絡を取る。おそらく、仲間を呼んだのだろう。
「何だ、こいつ。異国人か!?」
右近を見た衛兵は槍を突き出す。
だが、右近の刀が突き出された槍を三つに斬ってしまった。その流れで衛兵も斬る。
右近と戦った衛兵の叫び声を聞き、もう一人の衛兵が逃げ出した。
「右近さん、逃がさないでください」
「了解でござる」
右近は逃げる衛兵を後ろから斬ろうとした。しかし、次の瞬間、右近の攻撃を妨げるように一つの影が横切った。
「ぬっ!?」
右近は攻撃を止め、通り過ぎた影の方を見る。
そこには機械の衣装を身にまとった男が一人立っていた。その姿はどこか変身したユメに似ている。
「量産型V3システム、でござるか」
男は喋らない。黙って剣を構えるだけだ。
「よかろう。相手をするでござる。……むっ!?」
右近が刀を構えようとした瞬間、炎の矢が右近の腹部に突き刺さった。明らかに魔法で作られた矢である。
「相手は、一人では……」
「変態侍、上ですわ!」
メアリーの声で右近が頭上を見る。そこには氷山と見間違えるほどの巨大な氷の塊があった。
「これも、魔法でござるか!」
氷の塊が右近を押しつぶそうと落下した。
右近はなりふり構わず逃げ出す。一度シャーロットたちが待機しているところまで退き、態勢を立て直した。
「V3システムを持つ戦士が、三人ですか」
ただの侵入者のために量産型V3システムの全てを投入してくるとは、リーン博士は用心深いのか、それとも……。
「ただの馬鹿ですね」
シャーロットは吐き捨てるように呟く。リーン博士の性格を考え、これは量産型V3システムの実験を兼ねているのだろう。
「いい獲物が入ってきたと思ったのでしょう。ですが、その油断が命取りですよ」
右近だけでなく、シャーロットとメアリーも戦闘態勢に入る。コウは相変わらず黙ったままだ。この作戦では全ての指揮をシャーロットに任せてあるようだ。
V3システムの戦士たちと、シャーロットたちの戦いが始まった。
###
研究室内、そこには大きなモニターがあり、シャーロットたちの戦っている姿が映し出されていた。
「ほう、これはすごい」
「お気に召したかい?」
モニターの前で初老の男とリーン博士が話している。初老の男は口ひげを生やし、手にはステッキを持っていた。
「ハロルド様、これが私の研究成果、量産型V3システムさ」
「この動き、まるで鬼神だな」
男は驚嘆する。この男こそが機械族の長、ハロルドである。
ハロルドはモニターに釘付けになる。その圧倒的な力に心を奪われたのだろう。
「確か、量産型と言ったな。今は何機ある」
「量産型が三機。プロトタイプが一機さ」
「そのプロトタイプは?」
「ここに」
リーン博士はポケットから機械的な装飾が施された宝石を取り出した。ユメが使っていたV3システムだ。すでに修理は完了しているらしく、まぶしいばかりの白色の宝石が輝いていた。
「ということは、あの娘は用済みか」
「ああ、安全性も確認できたし、わざわざ異世界の住人を使う必要もないね」
「あの娘をそのまま戦争に使うことはしないのか?」
「あの娘は感情が強すぎる。それに、機械族ではない、というだけでいつ裏切るかわからないんだ。実験台にしただけで切り捨てるべきだろう」
「たしかにな」
ハロルドとリーン博士が言っている『あの娘』とはユメのことだ。
リーン博士はユメを利用した。安全性が確認されていないプロトタイプのV3システムをユメに使わせたのだ。
機械族を実験台に使えば同じ機械族から非難が来る。だからと言って魔族の捕虜を使うのは不可能だ。魔族に巨大な力を与えれば機械族に矛先を向けるに決まっている。
そこで利用したのが異世界の住人である羽白ユメだ。ユメは機械族でも魔族でもない。しかも、思い込みやすいという性格を持っていた。良い様に操るには最適だったであろう。
このことをユメは知らない。リーン博士は優しい上司として、ハロルドは正義の象徴として見ている。
「あの娘は、殺すことにしよう。余計な事を知りすぎたね」
「ああ、それでいい」
ハロルドとリーン博士は口元を歪める。邪悪な笑みがそこにあった。
「しかし、この竜造寺コウとかいう男、何のためにここを攻めてきたのか」
ハロルドがモニターに映るコウを見て呟く。
「おそらく、魔族の手先として量産型V3システムを破壊しに来たのね。無駄なことさ」
「ボーゲンをたった三人で攻め落とし、フランメに毒を撒くことで奪還した男。どんな卑劣な戦術を使ってくるかと思ったら、ただの夜襲とはな」
「異世界の住人など、所詮はその程度ってことじゃないかな。いや、私の造ったV3システムがすごすぎるのか」
リーン博士は、あはは、と笑う。よほど自分の作った装置に自信を持っているのだろう。
モニターの中のコウは動かない。じっとシャーロットたちの戦いを見ているようだ。シャーロットたちが危なくなっても、ピクリともしなかった。
「ふっ、竜造寺コウか。本当の戦いを知らないと見える。異世界の住人など、所詮はこの程度だ」
「それは、どうかな」
研究室の中に男の声が響く。ハロルドとリーン博士が振り向いた。
「はあっ!」
男は素早い動きでリーン博士を押し倒し、両手を後ろで固定した。さらにはナイフをリーン博士の首元に突きつける。
その拍子にリーン博士のポケットに入っていた変身用の白い宝石が床を転がった。
「ハロルド、下がれ。この女の命が惜しかったらな」
「お前は……」
ハロルドは下がりながらモニターと目の前に映っている男を見比べる。そこには、信じられない光景があった。
「竜造寺、コウ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます