第13話 ブロン&イリス
コウがイリスとしてフランメに潜入している間、魔族も手をこまねいていたわけではなかった。魔族の攻撃隊長である、ナイトがドナーまで来たのである。
「何だ、このざまは!」
ナイトは報告を聞いて憤激した。三角帽子を振り乱し、必死に手を伸ばして机を叩いた。
先日のフランメ奪還作戦は惨敗。五百いた兵士は半分の二百五十まで減っていた。
全てが死亡したわけではない。逃げ出した兵士もいるだろう。
ナイトは前線で指揮を執っていた隊長を処刑した。これにより、これからは自分が指揮を執る、ということを皆に示したのだ。
ナイトは一つの作戦を考えていた。それは王都にいた頃に思いついた作戦だ。そのために、ナイトは一人の少年を前線まで連れてきていたのである。
コンコンコン、と隊長室のドアがノックされた。随分とかわいらしい音だ。
「来たか。入れ」
ドアが開き、そこからは気弱そうな少年が入ってきた。メアリーの弟、ブロンである。
「ブロン、君は毒の魔法が使えるんだったね。それを僕のために使ってくれないかな?」
ナイトは友人に話しかけるような気軽さでブロンと接する。しかし、ブロンは相変わらずオドオドとしたままだ。
ナイトはチッ、と舌打ちをする。ブロンの態度が気に食わないのだろう。
「使うのか、使わないのか、はっきりしろよ」
ナイトの口調が厳しくなった。ブロンはさらに萎縮する。
だが、ブロンは勇気を振り絞って言葉をつむぎだす。そうしなければ余計に怒られるからだ。
「ね、姉さんに、魔法は、つ、使うな、って」
「ああ? なんだって?」
ナイトは容赦なく威嚇する。これにはブロンも自分の意見を言うことができない。
「もちろん、やってくれるよな」
ナイトはブロンに近づき、ポンッ、と肩に手を置いた。身長は同じくらいだ。傍から見たら仲の良い兄弟にも見えた。
ブロンは涙目になりながら頷くしかなかった。
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ナイトの作戦はこうである。ブロンがフランメに侵入し、毒の魔法を発動させる。機械族の兵士が毒で動けなくなったところを魔族が大軍をもって攻め落とす、というものだ。
しかし、この作戦はブロン一人の危険度が高すぎる。とても精神が未熟な子供にやらせることではない。
だが、そんなことを考慮するナイトではなかった。
数日後、作戦は決行され、ブロンはフランメに侵入することとなった。
ブロンは全身にフードを被り、一目では魔族だということがわからなくなっている。
城壁まで近づくことができた。機械族は油断しているのか、警備に穴が多い。子供のブロンでも容易に近づくことができるほどだ。
しかし、ここからが大変だった。ナイトからは侵入経路を教えられていない。自分で見つけろ、との指示だったのである。
ブロンは何時間も機械族の目を盗みながら城壁を調べた。しかし、どこにも侵入経路はなく、ついには歩きつかれて立ち止まってしまった。
(もう、無理だよ)
ブロンは城壁にもたれかかった。このままナイトの命令など無視して逃げてしまいたかった。
しかし、気が弱いブロンには逃げるという大それたことができない。仕方なく、侵入経路を探し続けるしかないのである。
その時、バキッ、ともたれかかっていた木製の城壁が壊れた。中を覗き込んでみると、人一人入れそうだ。子供のブロンなら余裕だろう。
天の助けだ、と思い、ブロンはフランメに侵入した。
中には機械族が大勢おり、ブロンはオロオロとするばかりだ。
毒の魔法を使うにはできるだけ村の中心部にいる方が良い。大勢を毒の有効範囲に巻き込めるからだ。
(中央に、中央に)
ブロンは心の中で呟きながら歩き出した。ナイトの命令を忠実に守ろうとする、健気な姿がそこにあった。
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ブロンがフランメの中心部に近づいた。中心部は広場となっており、人通りも多い。毒の魔法を使うにはうってつけの場所だろう。
(も、もう少し……)
ブロンはゴールが見えて急ぎ足になる。早くこの任務を終えてしまいたかったのだ。だが、その焦りがその後の悲劇を生む。
ビリッ、とフードが破けた。通行人がブロンのフードの端を踏んでしまったようだ。ブロンは体勢を崩し、盛大に転んでしまう。
「おっと、すまねぇ。坊主」
フードを踏んでしまった通行人は転んだブロンを起こそうと手を伸ばす。ブロンは何も考えずに差し出された手を掴んでしまった。
「……! こいつ、手に魔石が埋め込まれている。魔族だ!」
ブロンは迂闊にも魔石が埋め込まれている右手で通行人の手を掴んでしまったのである。魔石が埋め込まれている手を見られ、ブロンが魔族だということが知れ渡った。
「へ、兵士だ。兵士に連絡しろ!」
「魔法を使うぞ。そいつから離れるんだ!」
「いや、魔法を使われる前に殺してしまえ!」
ブロンは集まってきた機械族に殴られた。蹴られた。中には棒を持ち、ブロンの頭を強く叩く人もいた。
ブロンは意識を失い、その場に倒れ伏した。
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その日、イリスとユメは一緒に外出をしていた。ユメの買い物にイリスが付き合っていたのだ。
(女の買い物は良くわからん。どれも同じに見えるぞ)
少々
その時、広場の方から騒ぎ声が聞こえてきた。
「ん? 何か騒がしいですね」
イリスが先に気づいた。ユメも気づいたようで、二人で広場の方へと走っていった。
イリスは逃げてくる通行人の話を聞き、魔族が現れたことを知った。ユメはすぐに白い宝石を握り締め、いつでも変身できる態勢を整えた。
イリスは嫌な予感がしていた。魔族がこんなところにいるはずがない。しかし、いたとしたら、それは自分が知っている魔族なのではないか、と。
イリスの予感は的中した。広場に着くと、人々に袋叩きにあっている少年がいた。その少年は地面に倒れ伏し、生きているかも定かではない。
その少年は、イリスも知っている、メアリーの弟、ブロンだった。
(ブロン!)
なぜここにブロンがいるのか。イリスは疑問に思ったが、今はそれどころではない。いち早くブロンを助けなければ死んでしまう。
イリスはすぐにブロンの周りに集まっている人々の中に割って入っていった。
殴りかかっている人を突き飛ばし、ブロンを抱きかかえる。
「大丈夫ですか。しっかりしてください」
この状況でもコウはイリスとしてふるまった。まだ冷静さが残っていたのだろう。
そこに、ユメが到着した。
「イリスさん、何をしているのですか!? 離れてください。その子は魔族です。悪魔の子なんですよ」
イリスはキッ、とユメを睨みつけた。こんな幼い子が悪魔の子に見えるのか、という思いがその瞳には込められていた。
すでにイリスはユメの情報を集める、という目的を忘れている。
イリスはブロンを抱き上げ、そのまま城壁の方へと歩き出そうとした。
「ちょ、ちょっと、イリスさん。どこに行くのですか? 悪魔の子は殺さなくてはいけません。早くしないとあなたにも災いが……」
イリスは歩みを止める。チラリとユメの方を見て、吐き捨てるように言葉を発した。
「この子が、悪魔の子に見えるのですか? この子と、私たちに、どれほどの違いがあるのですか?」
「……?」
ユメはイリスの言っていることがわからない。魔族は悪魔の集団だから殺さなければならない。その魔族と自分たちが一緒のはずがないではないか。ユメの思考ではそうなっている。
「わからないのでしたら、もういいです」
イリスはブロンを抱きかかえながら走った。見守っていた人々は悲鳴や怒号を発し、イリスを追おうとした。
「待ってください!」
その人々をユメが引き止める。ユメもなにやら迷っているようで、次の言葉がなかなか出てこない。
「私が、追います。皆さんは駐屯所に連絡してください」
機械族の英雄の言葉だ。人々も従うほかない。
だが、人々が去ったあともユメは動こうとはしなかった。ただひたすら、イリスの残した言葉を反芻していた。
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