第5話 会議&偵察

 コウはシャーロットとメアリーを連れて魔族の前線基地、フランメに到着した。すぐさま宿屋に泊まり、一室で作戦会議を開始する。


 テーブルの席に三人が座る。机の上には王都で集めた資料が置かれていた。


 道中、シャーロットとメアリーには事の次第を説明している。シャーロットは納得してくれたが、メアリーは不機嫌な様子を隠さない。弟のブロンと離れることが不満だったのだろう。



「どうせなら、ブロンも一緒に連れてこれば良かったですのに」


「俺は子供を戦場に連れてくるのは好まない。子供は未来を作る。子供を殺すってことは、自分たちの未来を殺すことだ」



 メアリーはそっぽを向いて黙る。理解はできるが、納得はできない、といった様子か。


 では、シャーロットやメアリーは子供ではないのか、という疑問が出てくる。しかし、コウはすでに王都で二人の経歴を確認していた。コウとしては十分に大人として扱える経歴であると判断したのだろう。



「それで、これからどうすればいいのですか?」



 シャーロットが集めた資料を見ながら尋ねる。相変わらず唇を指でなぞっていた。



「シャーロットは情報を集めてくれ。特に、ボーゲンの内情を知りたい。その能力を使って覗き見や盗み聞きをしてもいい」


「そのために、私を連れてきたのですか?」


「当然だ。むしろ、今までどうしてこういう能力の使い方をしてこなかった」



 シャーロットは呆然としてコウの顔を見ている。この男は倫理観が乏しいのかもしれない、とでも思っているのか。


 コウとしては、戦争に必要な倫理観は平時の倫理観とは違う、という思考の持ち主だ。特別に倫理観が乏しいわけではない。



「わたくしはどうしますの?」


「俺と一緒に偵察に行く。できるだけボーゲン付近の地理を把握しておきたい」


「そんなこと、フランメの兵士の誰かがやっているのではありませんこと? ほら、王都から持ってきた資料にも地図がありますわよ」


「いや、魔族の仕事は信用できない。王都での資料を見たが、どれもまともに資料として使えるものではなかった。その地図も、とても信用に値しないものだ」


「とてもそうは思えませんけど」



 メアリーは地図を見ながら首を傾げる。メアリーにはこれ以上に詳細な地図を想像出来ないようだ。



「それと、仕事は明日からでいい。今日はお前たちの全てを教えてくれ」


「……え?」



 シャーロットとメアリーは口を大きく開けて固まってしまう。捉えようによっては、コウはとんでもないことを口走ったことになる。



「それは、どういう意味ですか?」


「作戦を立てる上でお前たちの能力を知っておきたい。魔法の有効範囲、身体能力、性格なども考えないといけない」


「ああ、そういう意味でしたか」



 シャーロットは安心したようにほっ、と息を吐く。だが、メアリーはコウの答えを聞いても不満顔だ。



「そんなことをしなくとも、敵の情報だけで十分ではありませんこと? わたくしたちは仲良くなるためにここにいるのではありませんことよ?」


「兵法の一つに、『彼を知り、己を知れば、百戦あやうからうず』というものがある。敵を知るだけでなく、味方のことも知らなければ戦いには勝てない」


「誰が言ったのですの? そんなこと」


「昔の偉い人だ」



 正確には中国の孫子という人物だが、異世界の住人であるメアリーにそんなことを言っても仕方がない。ここは適当にはぐらかすのが良いだろう、と判断したようだ。


 その日は夜遅くまで話し合った。戦いのことだけではない。シャーロットとメアリーの私生活のことも話した。


 一夜だけだったが、コウたちの距離は少し縮まったような気がした。




   ###




 次の日、コウたちは本格的に動き出した。


 シャーロットはフランメの軍部にいき、情報を集めた。極秘情報なども能力を使って手に入れた。さらには直接ボーゲンの様子も覗き見た。ボーゲンにも鏡や水などの光を反射するものは多くある。シャーロットの能力の使いどころだろう。


 コウとメアリーはボーゲンの周りを一日使って歩き回った。コウは王都から持ってきた地図に様々な情報を書き入れていく。メアリーは主に荷物もちをしていた。


 その日の夜、コウたちは再び一室に集まり、今日の成果を報告した。


 コウはじっとシャーロットが集めた資料に目を通す。シャーロットはちゃんと情報が集められたか気が気でないらしく、しきりに視線が動いていた。



「よし。これなら大丈夫だ」



 その言葉を聞いた瞬間、シャーロットは大きく息を吐いた。いつの間にかシャーロットはコウに上司のような威厳を感じていた。



「後は俺が作戦を立てる。お前たちはゆっくりと休め」


「言われなくてもそうしますわ」



 メアリーはあくびをしながらさっさと部屋を出て行く。今日は野山を駆け巡って疲れたのだろう。


 しかし、シャーロットは動かない。椅子に座ったままじっとコウを見つめていた。



「どうした。お前も休んでいいぞ」



 シャーロットはコウを見つめる。その視線は真剣そのものだった。



「私も、お手伝いします」


「……やめたほうがいい。明日はお前にも働いてもらわないといけない。休めるうちに休め」


「では、コウさんはどうなのですか? あなたも休まなければいけないのでは?」


「俺も作戦が立て終われば休む」


「なら、私も手伝います。二人でやれば早く休めますよ」



 シャーロットはニコリと笑ってコウの目を見る。コウはその視線を真正面から受け止めた。



「……ま、好きにしろ」



 コウは資料の一部をシャーロットに手渡した。シャーロットはそれを嬉しそうに受け取る。


 コウとシャーロットの作戦会議は深夜まで及んだ。

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