第14話 メアリー&ナイト
コウは変装を解き、ドナーの宿屋に戻った。その背中にはボロボロになったブロンがいる。
「ブロン!」
メアリーはすぐさまブロンのもとに駆け寄る。顔は腫れ、骨は折れている。息をしているのが不思議なくらいだ。
コウはブロンをベッドに寝かせた。看病はシャーロットに任せる。
コウはブロンの姿を見て舌打ちをする。なぜこんなことになってしまったのか、と悔恨しているようだ。
「なぜ、ブロンがこんな姿になっていますの?」
メアリーはブロンから目を離さすに尋ねる。コウからは顔が見えないが、おそらく目に涙を溜めていることだろう。
「フランメの村で、機械族に袋叩きにあっていた」
「フランメで? なぜフランメにブロンがいたのですか?」
シャーロットがブロンの手当てをしながら尋ねてくる。治療の手は止まっていない。
「それはわからないが、予想はできる」
コウは窓の外に見える軍の建物を見た。暗に魔族の軍が関係している、と言っているのだ。
「右近、今から軍部にいく。ついてきてくれ」
「御意」
コウと右近は部屋から出ようとする。
「待って」
コウと右近が振り向く。そこには目に涙を浮かべたメアリーがコウたちのほうを向いていた。
「わたくしが行きます。右近はここでブロンの看病をお願いしますわ」
「ブロンのそばにいてやらなくていいのか?」
メアリーは自嘲的な笑みを浮かべる。
「わたくしがいても、看病の邪魔になるだけですわ。それに……」
メアリーも窓の外に見える軍の建物を見る。その目は憎悪に満ちたものに変わっていた。
「軍部にブロンをこんな姿にした奴がいるのなら、わたくしが殴り飛ばさなければ気がすみませんわ」
右近はコウを見る。コウは頷き、メアリーに、
「ついて来い」
と言って部屋を出た。メアリーはコウの後を追う。
部屋には傷ついたブロンとシャーロット、右近が残ることになった。
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コウとメアリーは軍部の隊長室へと赴いた。ドアをノックし、返事を待ってから入室する。
そこには椅子に座って尊大な態度を取っているナイトがいた。
「やあ。確か、コウだったね。君の活躍は聞いているよ。今日はどんな用だい?」
「質問があってきました。私は本日、ブロンという兵士をフランメで保護しました。ブロンは傷を負い、現在治療中です」
ナイトはチッ、と舌打ちをした。作戦が失敗したことを悔しがっているのだろう。
「あのクズが。せっかく僕が立てた作戦が台無しじゃないか」
「やはり、ブロンをフランメまで侵入させたのはあなただったのですね」
「あ? そうだけど。それがどうした」
バンッ、と床を蹴る音がした。メアリーがナイトに飛び掛ったのだ。
「あんたがぁ!」
「メアリー、やめろ!」
メアリーの拳がナイトの顔面を襲う。完全にとらえた、と思った瞬間、メアリーの拳は空を切った。
「何だ、この小娘は」
バンッ、とメアリーが机の上に倒れ伏す。
ナイトはいつの間にかメアリーの後ろにいた。メアリーの首元を掴み、そのまま机の上に押し倒したのだ。
「ぐっ」
メアリーは机の上に這い蹲るように固定された。ナイトの力は子供とは思えないほど強かった。
(何だ、今の動き。まったく見えなかった)
コウはナイトの動きに戦慄した。動きが速い、という話ではない。もはや瞬間移動と言って良い動きだった。
「あなたが、ブロンをあんな姿にしたのですわ!」
メアリーはナイトに首元を押さえつけられながら吼える。メアリーの怒りはこのくらいで衰えることはないのだろう。
「コウ、これはどういうことだ。場合によっては反逆罪で死刑だぞ」
ナイトは視線をコウに移す。メアリーのことなど犬が吼えているくらいにしか考えていないのかもしれない。
「その女性はブロンの姉です。我々はナイト様に反逆する意思はありません。納得できる話が聞けるのでしたら、今すぐにでも退室します」
「ふん、こいつがあの小僧の姉か」
ナイトは汚いものを見るような目でメアリーを見た。ブロンを呼び寄せるときに姉のメアリーのことも調べたのだろう。役に立たない雑兵という認識がナイトの中にはあった。
「それで、聞きたい話ってのは何だ」
ナイトは視線をコウに戻す。メアリーと話しても仕方がないと判断したようだ。
「ナイト様の作戦のことです。ブロンをフランメに侵入させて、何をさせようとしていたのですか?」
「フランメに毒をまこうとしていたんだよ。機械族が毒で倒れているうちに魔族がフランメを奪還する。実に素晴らしい作戦だとは思わないか? それをあのクズが失敗しやがって」
ナイトの怒りは姉のメアリーに向けられる。メアリーの顔につばを吐きかけ、少々溜飲を下げた。
「なぜ、ブロンをフランメに侵入させる必要があったのですか? 毒の魔法なら風に乗りやすい。フランメの風上にブロンを送り、そこから毒を散布すれば、安全にフランメに毒を撒くことができたはずです」
ナイトは少々驚いた顔をした。コウにこのような指摘をされるとは思ってもみなかったのだろう。
「ははは、なるほどな。コウ、お前は頭がいい。次回の作戦はそうするよ」
「……次回なんて、あるわけないだろう」
コウはナイトに聞こえないように呟いた。
作戦とは一度で勝負を決めるものだ。そのために綿密な計画が練られ、勝てる、と思った瞬間に発動する。
次がある、と思っている時点でナイトは戦術家としては二流だった。
「メアリー、行くぞ」
コウはメアリーを羽交い絞めにし、引きずるようにして退室しようとした。
「コウ、邪魔しないで。私はあいつを殺しますわ!」
「状況を考えろ。それに、現状で俺たちはナイトに勝てない」
コウはメアリーの耳元で囁く。その声は鎮痛に耐えるような、悔しさがにじみ出ている声であった。
コウとメアリーは退室していった。ナイトは椅子に戻り、一枚の資料を取り出した。
「竜造寺コウ、か。面白そうなやつだな」
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その日から、メアリーはブロンに付きっ切りになった。寝食もブロンのそばで行い、一時も離れなかった。
「ブロン、目を、開けて」
メアリーはブロンの手を握って呟く。
しかし、その願いは届くことなかった。コウがブロンを救出してから数日後、ブロンは目を開けることなく、命を引き取った。
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