第31話 ヒーロー&メモリー

 コウとユメはキングと戦ったあと、機械族と魔族の領地に戻った。互いがこの戦争を終わらせるという目的を確認した。


 コウと別れる際、ユメは



「先生、私、ハロルドさんを説得してみます。機械族も魔族と仲良くできますよ」



 と言っていた。


 しかし、コウは答えない。この戦争の根深さというものを嫌というほど感じていたからだ。



(例え、ユメの説得が成功したとしても、機械族と魔族が仲良くなることは難しい。幾年も争い続けた民族だ。感情のこじれは幼い子供にも染み付いているだろう)



 たとえトップ同士が和睦したとしても、互いの領民は納得しないだろう。今までの戦争の意味も薄れてくる。



(人間というものは、意味を求める生き物だ。互いが余力を残した状態での和睦は戦争の意味を失わせる)



 それがわかっているだけに、コウはユメの言葉を素直に喜べなかった。


 しかし、コウも魔族を説得してみる、ということでユメは納得した。



(方法を、考えなければいけないな)




   ###




 コウは王都に帰還した。コウはすぐにクイーンに召喚される。


 玉座にはすでにクイーンが座っていた。そばにいるのは大柄な男、ルークだけである。



「今回の件、全てはあなたの功績ね。礼を言うわ」


「身に余る光栄です」



 コウは恭しく頭を下げる。数日前までのクイーンとの接し方とは大分違った。



「話し方が随分と丁寧ね。別にいいのよ、前みたいに砕けた話し方でも」


「魔族の女王に向かって失礼な話し方はできませんので」



 クイーンは笑いながらひと息をつく。これがコウのやり方なのだろう。



「それで、今日はどのようなご用件でしょうか」



 コウの言葉に反応するかのようにクイーンが笑う。少なくとも悪いことではないようだ。



「約束を守ろうと思ったのよ。あなたが功績をあげれば元の世界に帰してあげる。そういう約束だったわよね」


「ええ、そうですが……」



 コウは歯切れの悪い返事をする。今元の世界に帰ってしまえばユメはどうなる。この世界の戦争はどうなる。この世界の戦争がなくならない限り、ユメはこの世界に残り続けるだろう。



「その約束、今しばらく待っていただけませんか」


「あら、どうして?」


「帰るのは、この戦争を完全に終わらせてからにしたいのです」



 クイーンはわかっていた、とでも言いそうな顔をする。クイーンはコウがこう答えるであろうと予想してこの話を持ってきたのだろう。



「では、これからも魔族に力を貸してくれるのね」


「私は魔族ではありませんよ」


「それでも、戦争を終わらせるためには魔族か機械族が勝たなければ終わらない。それはあなたもわかっているでしょう?」


「……」



 確かにそうなのだ。戦争は終わらせたい、しかし、魔族か機械族に力を貸してしまえば、もう一方の勢力を壊滅させなければならない。



(戦争は始めるのは簡単だ。しかし、終わらせるには始めるときの何十倍ものエネルギーが必要になる)



 コウは黙ってしまう。まだ自分でも答えが見出せないのだろう。



「まあ、いいわ。あなたのことはあなたがじっくり考えなさい」



 クイーンは笑ってコウを見る。最初の頃には見られなかった好意だ。



「それで、まだ元の世界に帰らないなら、別の褒美を与えようと思うのだけれど、なにがいいかしら」


「別に、褒美など……」


「遠慮しなくていいわよ。私はたいていのことが何でもできるから」



 クイーンは自慢げに話す。それほど魔法の力が強いのだろう。



「何でもですか」


「ええ、何でも」



 コウは少し考える。ここは辞退しても良いのだが、何かやらせなければクイーンが納得しないだろう。



「では、できるかどうかわかりませんが、お願いがあります」


「ええ、どうぞ」


「今回の会戦で、機械族のエドという少年がビショップの魔法で行方不明となりました。叶うのなら、その少年を助けてください」


「エド、ね……」



 クイーンの言葉が少々詰まる。さすがのクイーンもこれは難しいのだろうか。



「ビショップの魔法は本人ですら、消失させたものの行き先を知らないわ。それを助け出すことは不可能ね」


「そうですか」



 コウの表情は変わらない。すでに予想していたことだった。わずかな希望にかけてみた、というところだろう。



「でも、そのエドがどうなったかは知ることができるわよ」


「……!」



 意外な言葉だった。どこにいったかわからないような人物の様子を知ることができる、クイーンの魔法はそれほど便利なものなのか。



「知りたいかしら?」


「……ええ」



 コウは知りたかった。知って、ユメに話し、安心させてあげたかった。あいつは別の場所で元気にやっている、そう言ってあげたかった。



「本当は教えるつもりはなかったのだけれど、今回の件でコウにはお世話になったしね。真実を知るのも悪くないわね」


(……真実?)



 クイーンの言い方はどこか大げさだ。たかが少年の行方を知るだけで真実、などという言葉を使うだろうか。



「コウ、近くに寄りなさい」



 コウはクイーンの玉座にまで近づき、跪いた。クイーンはコウの頭に手を置き、呪文を唱える準備に入る。



「今から消えたエドの記憶を見せるわ。あなたにとっては、辛い記憶かも知れないけど」


(俺にとって辛い?)


「それは、どういう……」


「メモリー・トラベル」



 コウの疑問が届く前に、クイーンは呪文を唱えた。コウの意識は虚空へと飛んでいく。


 バタリッ、とコウが倒れた。



「本当は、ずっと秘密にするつもりだったのよ」



 クイーンの呟きが王の間に響く。その言葉はコウには届かなかった。




   ###




 エドの肉体はビショップの黒い球体に触れた瞬間に消失していた。残されたのは魂ともいえる精神エネルギーだけである。


 エドの魂は空間を旅した。その空間は様々な世界へとつながっており、クイーンたちがいる世界、ユメがいた世界以外にも様々な世界があった。


 そして、長い旅をした後、エドの魂は一つの世界に降り立った。コウが元の世界と呼んでいた世界である。


 エドの魂はその世界で一つの生命に宿った。まだ人の形もしていない。母の胎内にあった生命である。


 エドの魂を宿した生命は、赤ん坊として生まれ、ある名前を授かった。


『竜造寺コウ』


 それが赤ん坊の名前である。


 コウはすくすく成長した。そして、エドの魂が導いたのか、ヒーロー好きの少年として仲間の間で有名になる。



「僕はヒーローだ。僕がみんなを守ってやるぞ」



 コウはいつも友人とヒーローごっこをして遊んだ。泥だらけになり、いくら傷ついてもヒーローごっこをやめなかった。


 しかし、コウがいくらヒーローの事を好きでも、周りは次第に大人になっていく。


 ある日、コウはいつものようにヒーローごっこをしようと仲間を誘った。



「おい、今日もヒーローごっこしようぜ」



 しかし、その子は拒否した。周りから自分たちが痛い存在だと言われている事を気にやんだのだ。



「もう、そんな子供じみたことはやめようよ」



 コウは憤った。そんなに嫌ならもう仲間にならなくても良い、と言ってその子と遊ばなくなった。


 別の子を誘った。しかし、その子も拒否した。その子は塾があるからもう遊べない、という理由だった。



「コウも大人になりなよ。もうヒーローなんて歳でもないだろう」



 コウは絶望した。周りはすでにヒーローなど眼中になかった。ヒーローは子供が憧れるもの。現実には子供しかなれないものなのか。



(僕は、もうヒーローにはなれないのか)



 コウはヒーローごっこをやめた。


 そして、中学生になり、高校生になり、大人になった。


 高校教師になったコウは、ある日不思議な女性と出会う。



「先生」



 コウが振り返ると、そこにはみたこともない女生徒がいた。長い髪が腰まで達している。目がキラキラと輝き、随分と快活そうな女性だった。



「ヒーローの登場です。私が来たからには、もう悪をのさばらせるようなことはさせませんよ」



 女生徒はポーズをきめ、コウの反応を待っている。その目は期待に満ち溢れていた。



「お前、高校生にもなってヒーローごっこか? もういい歳なんだから、そんなことは卒業しろよ」


「ヒーローに歳は関係ありません。正義を愛する心さえあれば、ヒーローはヒーローであり続けるのです」



 それが高校生となった、羽白ユメとの出会いだった。




   ###




 クイーンがいる王の間に、コウはいた。ゆっくりと目を覚まし、そして立ち上がった。外はすでに暗くなっていた。



「……そうか、あのヒーロー馬鹿は、こんなところにいたのか」


「あなたたちがなぜ時の旅人と言われるか、わかったかしら。この世界で死んだものは異世界へといく。そこで新たな生命を授かり、生きていくのよ」


「そして、エドの魂は俺の命に宿った。いや、俺がエド自身なのか?」


「難しいことは考えなくてもいいわ。ただ、あなたはもともとこの世界の住人だった。だから私が呼び寄せることができたのよ」


「やはり、俺をこの世界に連れてきたのは……」


「あら、これは内緒だったわね」



 クイーンはわざとらしく視線をそらす。しかし、今のコウにそれを追求するつもりはない。



「エドのことがわかれば十分です。私は、これで失礼します」


「ええ、この世界のために、がんばってちょうだい」


「私は、私のためにがんばりますよ」



 コウは王の間を退室した。


 その足取りはどこかおぼろげで、危うさを感じられる。



(そうか、ユメの事をヒーロー馬鹿だと言っていたが、本当のヒーロー馬鹿は俺だったか)



 コウは自嘲的な笑みを見せる。あれほどユメのヒーロー趣味を馬鹿にしていたのだ。その言葉がそのまま自分に返ってくる。



(しかし、この歳でもうユメのようなヒーローにはなれないな。ユメはヒーローに歳は関係ないといっていたが、俺は歳という概念から抜け出せないようだ)



 コウは夜空を見上げる。二つの月がコウを照らしていた。



(なら、俺は俺なりの、歳相応のヒーローになってみるか)



 コウは目を瞑り、少しの間考える。次に目を開けたときには、すっかり顔つきが変わっていた。



(見つけた。世界を救う方法、皆が助かる方法を)



 コウの中のヒーローという存在が大きくなった瞬間であった。

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