第35話 ヒーロー&ヴィラン
ユメは王宮に到着した。すぐさま王座の間にたどり着き、そこでコウを見た。王座に座り、剣を地面についている。服装はこちらの世界に来たときと同じであろう、黒いスーツであった。
「先生!」
コウは剣を地面についたまま、その目を開けた。
「来たか」
ユメはすぐに駆け寄りたかった。しかし、コウの態度がそれを拒絶する。王座から立ち上がり、剣を向けてきたのだ。
「この戦い、もうすぐシャーロットたちがクイーンとハロルドの首を取るだろう。俺たちの勝ちだ」
「先生、先生はなぜ戦っているのですか? こんなことはもうやめましょう。一緒に戦争のない世界をつくろうと言っていたではありませんか」
「俺が魔族と機械族を支配すれば戦争はなくなる。それが最善の方法だ」
「そんな、この国は魔族と機械族のものです。異世界の住人である先生のものではありません」
「所詮、お前にはわからないさ」
コウはユメを見て鼻で笑う。挑発していることは明らかだ。
だが、ユメはコウを信じている。どれだけ挑発されてもコウと戦おうとはしない。
「同盟軍に残されたまともな戦力はお前だけだ。お前さえいなくなれば、同盟軍に勝利はない」
コウはゆっくりとユメに近づく。ユメは慄きながらも、逃げ出すことはしなかった。
「先生、もういいです。帰りましょう。私たちはこの世界に来てはいけなかったのです。帰って、元の先生と生徒という関係に戻りましょうよ」
「俺はこの世界で暮らすさ。この世界で、魔族と機械族の王になる。邪魔をするなら、殺すだけだ!」
コウはユメに斬りかかった。容赦のない、本気の攻撃だった。
ユメは驚きながらもコウの剣戟を受け止める。本気のコウと剣で戦うのは剣道の部活動以来だ。
「先生、やめてください。なぜ私たちが戦わなくてはいけないのですか」
「俺の、目的のためだ」
コウの剣戟は止まらない。鋭い突きや斬りがユメを襲う。V3システムで強化された肉体でなければすでに斬られていたことだろう。
防戦一方のユメにコウは苛立ってきた。
「ユメ、なぜ戦わない。お前なら魔法を使えば俺など一撃で葬り去れるだろう」
「私は、先生に魔法を使いたくありません。剣も向けたくありません」
コウは舌打ちした。コウの目的は死ぬことである。しかも、ユメに殺されることであった。
同盟軍がシャーロットたちに押されている今、自殺するのは不自然すぎる。ならば、侵入してきた同盟軍の刺客、ユメに殺されるのが一番自然だ。
自然に殺されなければ、コウの死は怪しまれることになる。コウの死が怪しまれ、魔族と機械族の同盟までもが怪しまれることになれば、計画は台無しだ。
(そのためには、ユメに戦う気を、いや、俺を殺したいと思わせなければならない)
コウは剣をひき、王座へと戻っていく。
「先生、わかってくれたのですか」
ユメの表情は少し明るくなる。コウがユメの言葉を理解したと思ったからである。
コウはユメの言葉に反応せず、王座の近くにあった箱を開ける。中には女性用の服装が入っていた。
「ユメ、これをお前に渡しておく。受け取れ」
コウは丸まった女性用の服をユメに投げた。ユメは服を受け取り、首を傾げる。
「こんなときにプレゼントですか?」
「ああ、プレゼントだ。その服をよく見てみろ。見覚えがあるとは思わないか?」
「え?」
ユメは受け取った服を広げてみる。その服には大量の赤黒い血がついており、とても着られるようなものではない。しかし、ユメはこの服をどこかで見たような気がしていた。
「この服、まさか……」
ユメの目は大きく見開かれる。心臓が跳ね上がり、呼吸が荒くなった。
「そうだ、イリスとかいう女のものだ。俺を説得しに来たようだが、言っていることが鬱陶しかったから殺したよ。死体は腐ると臭いから燃やしたな。骨ならその辺に落ちているんじゃないか。いや、犬の餌にでもしたかな」
コウは高々に笑う。その一言一言がユメの心に突き刺さった。
もちろん、コウの言っていることは嘘である。イリスはコウが変装した架空の女性なのだ。死ぬはずがない。しかし、それを見破るにはユメの心はイリスに依存しすぎていた。
「先生……」
ユメはイリスの服を置き、剣を構える。
「あなたって人はぁ!」
ユメはコウに斬りかかった。躊躇のない、本気の一撃だった。コウは素早く剣を構え、受け止める。
「やっと本気になったか。これで存分に戦えるな」
「何で、何で変わってしまったんですか。あのやさしかった先生はどこにいったのですか」
「そんな奴、最初からいなかったさ」
コウはユメの剣を弾く。大きく開いた胸元に剣を突き入れた。
「がら空きだ」
「くっ」
ユメは半身になり、肩にある防具でコウの突きを受けた。防具ははじけとび、地面に落ちる。
「まだまだぁ。お前の実力はそんなものか。V3システムはその程度か」
「私だってぇ!」
ユメは剣を横に薙いだ。コウの胴を狙った攻撃だ。しかし、コウはその動きを読んでいたのか、あっさりと受け流す。
「なかなかやるじゃないか。楽しいぞ、ユメ」
「殺し合いを、楽しまないでください!」
ユメは次々と攻撃を仕掛けてくる。コウもその攻撃を受け、反撃する。そんなことが何度も続いた。
(楽しいさ。楽しまなくちゃいけないんだよ。これが、お前に言える、最後の言葉なんだから)
ユメの剣がコウの右肩を裂く。肩口からは血が噴出した。
(こうやって剣を合わせているときだけが、お前と会話ができる。素直な言葉は言えないが、それでも俺は嬉しいんだ)
ユメの剣がコウの左足を突いた。コウの移動速度は遅くなる。
(本当は、生きて、お前にもっと教えたかった。お前の未来を、もっと見たかった)
ユメの剣がコウを押し返した。コウは数歩後退する。
「なかなかやるじゃないか。だが、お前の力はその程度か、ヒーローってのはその程度の力なのか」
「私は、みんなのヒーローです。悪を滅ぼす、正義の味方なんです」
「その正義の力を、悪の俺に見せてみろよ!」
コウとユメは同時に走り出した。剣と剣が交差し、そして、血が噴出した。
「……そうか、これが、ヒーローの力か」
「……先生」
ユメは大粒の涙を流していた。体が痛いからではない。心が痛いのだ。
ユメの剣はコウの胸を貫いていた。コウは仰向けになって倒れる。すぐさまユメが駆け寄り、コウの手を握った。
「さすが、正義の、ヒーロー、だな」
「先生、喋らないでください。今手当てを……」
「無駄、だ。この傷では、助からない」
コウの言葉は次第に小さくなっていく。ユメは耳をコウの口元にあてた。
「ユメ、最後に、伝えたいことがある」
「最後なんて言わないでください。先生にはまだ教えてもらいたいことがいっぱいあるんですよ」
「聞け。俺は、お前のこと……」
コウの口はわずかに動く。空気の漏れる音がユメの耳に届いた。
コウの最後の言葉を聞いて、ユメは泣き崩れた。その様子を見て、コウはわずかに笑った気がした。
「先生は、やっぱり私の……」
コウはその笑顔のまま、息を引き取った。最後の言葉は、ユメにしか聞こえなかった。
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戦争は終わった。シャーロットたちはコウが死亡したことを知ると、力なく泣き崩れ、戦場から姿を消した。
ハロルドはシャーロットたちを反逆者として探させたが、見つかることはなかった。どこか山の中にでも身を隠したのだろう。
コウの死体は同盟軍に回収され、国中に晒された。反逆者の処置としては当然なのだろう。このことはユメに知らされなかった。もし知らされていたら烈火のごとく怒ったであろう。ハロルドがユメに知らせなかったのは当然と言える。
ユメは国を救ったヒーローとして皆に愛された。
ユメはこの異世界で、憧れのヒーローとなったのだ。
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ある日、王宮で祝賀会が開かれた。国民も広場に集まり、一際大きな歓声を上げた。ヒーローであるユメが王宮のテラスに姿を現したのだ。
あれこそが救世主だ、この国を救ったヒーローだ、と国民は言いはやした。
しかし、その声を掻き消すように一人の女性が大声を発した。
「違います。その人はヒーローなんかではありません。本当のヒーローを殺した、大悪人です!」
国民が一斉にその声の主を見た。右目に眼帯、サラサラとした髪が簡単にまとめられている。コウの弟子であり、一番の理解者であったシャーロットだ。
広場には悲鳴が沸きあがり、兵士が殺到する。
「魔族と機械族が手を取り合えたのは誰のおかげですか。この国に平和が訪れたのは誰のおかげですか。今この場にいられるのは、誰のおかげですか!」
兵士がシャーロットを取り押さえる。地面に押さえつけ、口を塞ごうとする。
「本当のヒーローは師匠です。異世界からやってきた、私たちのヒーローなんです」
兵士は剣を取り、シャーロットの首元に狙いを定めた。これ以上話させないために殺すつもりようだ。
「師匠は、私たちの、ヒーローなんです!」
兵士の剣が振り下ろされた。だが、剣はシャーロットの首を斬りおとさなかった。寸前のところで何者かの刀に弾かれたのだ。
「その通りでござる。拙者たちにとって、本当のヒーローはコウ殿だけでござる」
「右近さん!」
右近は兵士を蹴散らすと、シャーロットを広場の外に投げ飛ばした。避難していた国民はさらに逃げ惑う。
「右近さん、何を」
「シャーロット殿は逃げるでござる。シャーロット殿はやることがあるでござろう? コウ殿の、遺志を継ぐでござる」
「右近さんはどうするつもりですか」
「拙者か、拙者は……」
右近の周りを新たな兵士が取り囲む。皆が長い槍を持っていた。
「どうやら拙者の命は長くないようでござる。最後にひと暴れして、黄泉路への共を増やすでござるかな」
「右近さん!」
右近はシャーロットに笑顔を向けた。その瞬間、複数の兵士の槍が右近を貫いた。まるでハリネズミにでもなったかのように体中が槍で突かれている。
「拙者の人生、まったく、楽しいものでござった」
右近の胸にあった赤い魔石が完全に砕けた。それと同時に、右近の肉が削げ、骨が粉となり、風に乗って消えてしまった。
残ったのは、右近が身につけていた着物と、刀だけだ。
兵士はシャーロットにも襲い掛かる。しかし、シャーロットは右近の言葉を心に刻み、一心不乱に逃げ出した。
(私が、師匠を助けるんです。師匠を、悪人のままにはさせてはいけません!)
兵士はシャーロットを捕まえることができなかった。シャーロットは姿を消した。
この様子をユメはテラスの上から見ていた。その表情はどこか悲しげだった。
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また別の日、事件が起こった。晒していたコウの死体が消えたのである。
兵士には犯人がわからなかった。しかし、複数の人形が目撃されていることから、メアリーが関係していることは明らかだ。
メアリーは山中に隠れ、コウの死体を抱いている。
「もう、安心してもいいですわよ。これで、静かに暮らせますわ」
メアリーはコウの死体を涙で濡らす。メアリーの涙を拭くものは、誰もいなかった。
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戦争が終わり、平和な世の中が戻ってきた。ユメも目的を達成し、元の世界に帰ることとなった。
出発の日、見送りにきたのはクイーン、ハロルド、リーン博士だった。
彼らに何か言われた気がするのだが、ユメはよく覚えていない。
元の世界に帰ると、そこは羽白神社の社殿の中だった。夕暮れ時で、近くにはユメの両親も眠っていた。
どうやらコウが異世界に旅立った時刻とそう変わらないらしい。
次の日になり、ユメは学校に登校した。もちろん、コウの姿はそこにはなかった。
帰り道、羽白神社の近くの公園で子供たちが遊んでいた。
「ヒーロー参上。悪い奴は、ヒーローの僕が退治するぞ」
ユメはそのヒーローごっこをしばらく見ていた。まるで平和な遊び。本当のヒーローとは何なのか、そんな疑問など考えもしないのだろう。
ユメは空を見た。一つの太陽が
ユメの頭の中には、コウの姿が浮かび上がった。あのときのコウの言葉が思い出される。
「本当のヒーローは、誰だったのですか? 先生……」
ユメの言葉に答える人はいない。
ヒーローを語る子供たちの声が、いつまでもユメの耳に残った。
(了)
異世界戦記『ヒーロー&ヴィラン』 前田薫八 @maeda_kaoru
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