第26話 ユメ&ビショップ

 ビショップはイリスたちの前に現れた。目的は機械族の長、ハロルドの抹殺だろう。


 司令官が死亡すれば機械族の指揮系統は混乱する。自然と会戦も魔族側の勝利とつながるのだ。



「あなたが、ハロルドね」



 ビショップはユメの後ろに隠れているハロルドを見た。顔面蒼白で肩が震えた情けない姿だった。



(できれば、戦わせたくはなかったが、仕方がない)


「ユメさん、この場で戦えるのはあなたしかいません。お願いします」



 イリスはユメの方を見た。ユメは剣を構えるのだが、どこか覇気がない。



(こいつ、この期に及んで迷っているのか)



 迷う、ということは悪いことではない。それほど考えているということだからだ。しかし、戦場において迷いは死につながる。


 イリスもユメの迷いの原因は自分だと気づいている。しかし、それでも、自分のことは棚に上げても、ここはユメに戦ってもらわなければいけなかった。


「ユメさん、しっかりしてください。敵は目の前にいるのですよ」


「て、敵……?」



 ユメはビショップの姿を凝視する。機械族とは衣装などの雰囲気が違っている。肌に刻まれた紋様などは魔族とすぐにわかるほどの特徴だ。



「あなたは、私の敵なのですか?」



 ユメはうつろな目でビショップを見る。その目には戦意がなかった。



(この馬鹿、時と場合を考えろ)


「私があなたの敵か、ですか」



 ビショップは右手を前にかざす。その手のひらからは黒い球体が出現した。



「これが、答えです」



 黒い球体は発射された。まっすぐにユメの方へと向かっていく。



「ユメさん、避けて!」


「……!」



 ユメはハロルドを抱えて横に跳んだ。黒い球体は岩石にあたり、その存在を消滅させた。



「消えた!?」



 イリスは目を見張る。クイーンから聞いていたが、本当にものを消失させる魔法があるとは信じられなかった。



「私の魔法は消失の魔法。消えたものは私ですらどこにいったかわかりません。まあ、異空間にでもいったのでしょう」



 イリスは舌打ちをする。この場にいては戦闘の邪魔になる。ハロルドを連れて後方にさがる方が良い。



「ユメさん。私たちはできるだけこの魔族から距離をとります」



 イリスはハロルドを支えながら後方へとさがる。その際に一度だけ、ユメの方を振り返った。



「ユメさん、信じていますから」



 ユメは無表情に頷く。本当にわかっているのか、本人にしかわからないことだった。



「私は、魔族と戦いたくありません。魔族と機械族は仲良くなれるはずです」


「それは、無理ですね。機械族は魔族に支配される存在です。同等の存在だと思わないで欲しい」


「どうしても、ですか?」


「どうしてもです」



 ここにきてようやく覚悟を決めたのか、ユメは剣をしっかり構えた。しかし、わずかな闘志は感じられるが、殺意は感じられない。



「中途半端な覚悟です。あなた、死にますよ」



 ビショップは複数の黒い球体を出現させた。その全てが物質を異空間へと消失させる魔法の球だ。



「クレセント・オブリヴィオン」



 黒い球体が三日月形に並んでユメを襲う。前後左右に逃げ場はなかった。



「ならば、上です」



 ユメは超人的な跳躍力で黒い球体を回避した。V3システムで強化された肉体のおかげである。



「空中に、逃げ場はないですよ」



 ビショップは複数の黒い球体を空中にいるユメに向かって発射した。ユメは空中で身動きが取れない、と思ったのだろう。



「逃げる必要はありません。フレイムウォール」



 ユメは空中で剣を振りぬいた。黒い球体に向かって炎の壁が突き進む。


 黒い球体は炎を吸収し、そして消えてしまった。



「なるほど、相殺したわけですか。ですが……」



 ユメは地上へと着地する。しかし、ビショップはその瞬間を狙っていた。



「グランド・オブリヴィオン」



 ビショップは地面に手をつき、呪文を唱えた。



「え!?」



 その瞬間、ユメの足場は消え、大きな落とし穴へと落ちていった。避ける暇さえない。完全に不意打ちだった。



「これで、終わりですね。スフィア・オブリヴィオン」



 巨大な黒い球体がユメの頭上に出現する。これではユメに逃げ場はなかった。



「まだです。フレイムウォール」



 ユメは巨大な黒い球体に向かって魔法を放った。しかし、黒い球体は少し小さくなるだけで消滅しない。



「打ち消せない!?」


「無駄です。その球体を消滅させるには莫大なエネルギーが必要になります。球体が消える前にあなたの体が消滅しますよ」


「くっ、サンダーストーム。……アイスウィンド」



 ユメはあらゆる魔法を放ったが、空しく黒い球体の中に消えていくだけであった。


 絶望的な状況に、ユメの顔が青くなる。



「ふふふ、機械族の英雄。消えなさい」



 もうだめかと思った、その瞬間、ビショップの後ろから何かが飛び出してきた。



「何!?」


「魔族め。正義の鉄槌を食らえ!」


「その声、エド君!」



 飛び出してきたのはエドであった。ユメのことが心配でこっそり後をついてきていたのだろう。


 そのエドが木刀を振り下ろし、ビショップの頭を殴った。



「ぐっ」



 ビショップの集中力は切れ、ユメの頭上にあった黒い球体は消滅した。間一髪のところでエドがユメを救ったのである。



「師匠、大丈夫ですか」



 エドはユメのいる穴を覗き込む。そこには呆然とするユメの姿があった。



「き、貴様……」



 ビショップは頭から血を流してエドを睨む。



「お前の相手はこの俺だ。俺が師匠を守るんだ」


「エド君、逃げて。そいつはあなたがかなう相手じゃない」


「俺が師匠のそばにいて、守るんだぁ!」



 エドは木刀を振りかざしてビショップへと踊りかかった。しかし、そのときにはビショップも態勢を立て直している。



「調子に乗るな!」



 ビショップは黒い球体を出現させ、エドに向かって発射した。エドは空中で木刀を振りかざしている。避けることなどできなかった。



「俺が、師匠を守って……」



 エドは黒い球体と接触した。足が消え、手が消え、体が消えた。カランッ、と木刀が地面に落ちる音が聞こえた。



「エド君!」



 ユメはすぐさまエドが消えた場所まで行き、木刀を拾い上げた。手元にいつもの剣がないことすら気づいていないようだった。



「エド君……」



 ユメから涙が流れる。涙は頬をつたい、手に持っている木刀へと落ちた。



「ふん、忌々しい子供ね。次は、あなたの番よ」



 ビショップは手をかざし、黒い球体を発射した。黒い球体は涙を流すユメへと突き進んでいく。



「私が、戦うことを拒んだから。私が、魔族を傷つける事を嫌ったから」



 ユメは木刀を持って立ち上がった。その様子に黒い球体を避ける意思は感じられない。



「今度こそ、もらいました」



 ユメは木刀を振りぬいた。黒い球体が木刀に斬られた瞬間、黒い球体は消滅した。



「何!?」



 ユメは木刀を構える。その涙で赤くなった目には、戦う決意がみなぎっていた。



「ごめんね、エド君。私、戦うよ。戦って、戦争を終わらせる。魔族と仲良くなるのは、そのあと」


「なぜ私の魔法が消滅した。あんな棒切れなどに、私の魔法が負けるはずがない」



 ビショップは次々と黒い球体を発射する。しかし、その全てがユメの持っている木刀に触れた瞬間、消滅した。



「馬鹿な」



 ビショップは目を見開いて驚いた。手が震え、恐怖心というものがビショップの心を支配した。


 ユメはゆっくりとビショップに向かって歩いていく。



「その球体は全てを消滅させます。しかし、消滅させるエネルギー量は決まっているようですね」



 ビショップはじりじりと後退して行く。



「この木刀には私の魔力を込めました。あまりにも巨大なエネルギーに、その球体でもこの木刀を消滅させきれなかった」


「そんなこと、できるはずが……」


「できます。嘘だと思うなら、魔力を込めたこの木刀、その身で確かめてください!」



 ユメはビショップに向かって突進した。木刀を振り上げ、ビショップの前に躍り出る。



「私が、負けるはずが!」



 ユメの全精力を込めた木刀が振り下ろされた。ビショップの首を打ち、一撃で意識を刈り取る。


 ビショップが倒れ伏す姿を見て、ユメは勝利を確信した。



「……エド君、ごめんね、ありがとう」



 ユメは木刀を握り締めた。ユメの流した涙が、風で飛んでいった。

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