第7話 右近&魔石
夜明け前、ボーゲンの村は静まり返っていた。先ほどまで戦闘があったとはとても思えないほどだ。
村の広場。そこに木刀を地面に突き刺し、焚き火の前に厳然と立っている人物がいた。竜造寺コウである。
(村の制圧は完了した。しかし、占領の維持となると話は別だ)
村からは機械族の兵士たちを追い出した。しかし、占領を維持するには三人では難しい。
人数が必要である。フランメの村から魔族の兵士を相当数連れてこなければならない。
(夜が明ければ俺たちがたった三人であることが敵にもわかる。わかれば当然、反撃にうって出てくるだろう)
ボーゲンの陥落は魔術的なものだった。村全体に擬似的な催眠術をかけ、その間に侵攻を開始した。それが見事に当たったのである。
しかし、魔術が有効なのは夜の間だけだ。夜が明ければ魔術は消え、残るのは敵陣の中で孤立する二人の魔族と一人の異世界人だけなのである。
(今からフランメに行く時間はない。とすると、シャーロットの能力を使うか)
シャーロットが能力を使う。そうすればフランメの鏡の近くにいる兵士に事情を説明できるだろう。フランメから援軍を送ってくれるはずだ。
シャーロットは現在、怪我人の収容をしている。それが終わればこの広場に戻ってくることになっていた。
(待っている時間も惜しいな。探しにいくか)
コウは歩き出そうとした、その瞬間、後ろから豪快な笑い声が聞こえてきた。
「かははは。これは、思ったよりもすごいことをしたものでござるな」
コウが木刀を手にして振り返る。そこには異様な姿をした男がいた。
その姿は、どう見ても侍、武士の姿だった。
それだけではない。さらに異常なのは、その侍の着物から出ている左腕が白い。骨がむき出しになっているのである。
「侍の、亡霊!?」
「亡霊とは失礼でござるな。ちゃんと足はあるでござるよ」
侍は肉のついた右手と骨となった左手で自身の足を叩く。足はあっても見た目は幽鬼に近い。
「まあ、いいでござる。拙者は
右近が満面の笑みでコウに話しかける。だが、コウはまだ警戒を解かない。
「その親衛隊が、何の用だ」
「おぬしの死体を回収しにきた、でござるよ」
右近はニヤリと笑う。その姿もあってか、不気味さが一気に増した。
コウは木刀を右近に向ける。今の発言の意味は、コウを殺す、とも取れるからだ。
「待つでござる。拙者はおぬしと戦う意思はござらぬ」
「なら、俺の死体を回収にしにきた、とはどういう意味だ」
右近は相変わらずニヤニヤと笑いながらコウと対峙する。生来の性格が陽気なのだろう。
「おぬしが死んだら死体を回収するはずだったのでござるよ。クイーン殿はコウ殿がこの戦いで死ぬと見越していた。だから拙者を遣わし、死体を回収してくるように、と命令したのでござる」
「クイーンはなぜ俺の死体を欲しがる」
「ふーむ」
右近は宙に視線を漂わし、腰に差している刀の柄を叩いた。これが右近の考えるときの癖なのだろう。
「まあ、いいでござろう。特に口止めはされていないでござる」
右近は懐から小さな石を取り出した。ビー玉ほどの大きさだ。焚き火の光を浴びて、怪しく黒色に輝いている。
右近はその石をコウに向かって放り投げる。コウは石を受け取り、まじまじと見た。
「これは、魔石か」
コウはこの石をすでに見たことがある。シャーロット、メアリーと一室で話し合ったときだ。
魔石とは、魔法の素である。この中に莫大なエネルギーが溜め込まれているのだ。
魔族はこの魔石を体の中に埋め込む。それにより、魔石から直接エネルギーを取り出し、魔法を使っている。
機械族も魔石を使っていた。道具の中に魔石を組み込み、機械的な操作をすることで魔石からエネルギーを取り出しているのだ。
ボーゲンにあった発電施設も、エネルギー源は大量の魔石であった。
「それで、この魔石がどうした」
「おぬしが死んだら、その魔石を体に埋め込むつもりだったのでござる」
コウの眉が歪む。死んだらわからない、と言っても、死んだ後に体をいじられるのは気持ちが良いものではない。
「何のために」
「拙者と同じ体になるためでござるよ」
右近はそう言うと着物の脱ぎ、上半身を露出させた。胸にはコウが持っている魔石と同じようなものが埋め込まれている。違いといえば、右近の魔石は赤々と輝いていることだろう。
「その魔石を死体に埋め込めば、死体を生き返えらせることができるでござる。しかも、魔石が破壊されるまで何度でも生き返る不死の体が手に入るでござるよ」
「なるほど。クイーンはその不死の兵隊を増やすために俺の死体が欲しかった。だからお前を遣わし、機械族に俺の死体を回収される前に魔石を埋め込もうとしたわけか」
「そうでござる」
確かにクイーンは死んでも利用するとは言っていた。つまり、コウを不死の兵隊に仕立て上げる、という意味だったようだ。
「ふざけた女だ」
死んだ人間を利用するなど、死者を冒涜する行為だ。いくら戦時中だからといっても、気持ちが良いものではない。
だが、ここで一つの疑問が出てくる。
「そんな便利なものがあるなら、俺でなく、別の人でもいいだろう。なぜ俺の死体でなくてはならないのだ」
「拙者たちは特別でござる。理由はわからないでござるが、魔石が生き返らせることができるのは、時の旅人だけでござるよ」
「ほう、そうすると、お前も時の旅人か」
「そうでござる」
魔石が生き返らせることができるのは時の旅人だけ、となるとすでに不死の体となっている右近は時の旅人、というわけだ。
「道理で俺たちの世界にいた侍に似ていると思った」
「記憶は曖昧でござるが、拙者ももともとはおぬしと同じ世界から来たようでござるな」
右近はかははは、と大きく笑う。自分と同じ世界の住人と会えて嬉しいのだろう。
(しかし、現代に侍などいない。この世界に連れてこられる人は、バラバラの時代から連れてこられるのか。だから、『時の旅人』)
コウは手に持っている黒い魔石をじっと見る。魔石と時の旅人、二つの事柄にはどのような関係があるのだろうか。
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「それで、右近、お前はこれからどうする。残念だが、俺は生きているぞ。不死の兵士にはなれないな」
「当分は、おぬしと共に行動するでござるよ。一応、おぬしの監視も任務のうちでござるからな」
「なるほど、目付けか」
コウは右近から興味を失ったように背を向けて歩き出した。右近はコウの後についていく。
「どこに行くでござるか?」
「シャーロットを探しにいく。夜明け前に魔族の兵士でボーゲンを固めたい。このままではせっかく制圧した拠点が敵に奪われてしまう」
「なるほど、シャーロット殿は連絡係でござるか」
「そういうことだ」
コウは歩を進める。怪我人を収容している場所はわかっている。シャーロットもそこにいるはずだ。
しばらく歩いていると、シャーロットの方から現れた。息を切らしてコウの方へと走ってきたのだ。
「どうした。そんなに慌てて」
「コウさん、フ、フランメが……」
「ああ、ちょうどフランメに連絡を取ろうとしていたところだ。フランメがどうした。気をきかせて援軍を出してくれたのか?」
シャーロットは息を二、三回吐き、大きく深呼吸した。姿勢を正し、コウの目をまっすぐ見る。その様子にコウはただならぬものを感じた。
「……どうした」
「落ち着いて聞いてください」
コウはすでに落ち着いている。シャーロットの方が息が上がり、少々取り乱しているようにも見えた。
シャーロットの口が開く。そこからは、信じられない言葉が出てきた。
「フランメが……陥落しました」
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