第27話 ナイト&シャーロット

 ユメがビショップと戦っていた頃、フランメではシャーロットたちがナイトと対峙していた。


 ナイトと対峙してから、あたりをうっすらと霧が包む。



「こんなところに何の用だい? ……っと、訊くまでもないか」


「フランメの兵を指揮している隊長、ナイト、あなたを倒しにきました」


「僕を倒して、フランメを占領する。君たちは機械族の側についたのかい?」


「私たちはキングにも、機械族にも協力しません。私たちは私たちの生き方をするのです」



 シャーロットは高々と宣言する。そこには凛々しい魔族としての姿があった。



「ふーん。まあ、いいや。難しいことは僕にはわからない。ただ、君たちを殺せばいいってことさえわかれば問題ないよ」



 ナイトは三角帽子の中からレイピアを取り出す。まるでマジックショーを見ているようだ。



「右近さん、お願いします」


「任せるでござる」



 右近はゆっくりと刀を鞘から抜いた。重々しい雰囲気があたりに漂った。



「おじさん、クイーンの親衛隊だったんだよね。強いって話だけど、僕より強いのかな」


「随分と自信があるようですね。その自信の源は、あなたが持っている魔法のせいですか?」



 ナイトは少々驚く。シャーロットの口ぶりからするとナイトの魔法の効果を知っているようだ。



「僕の魔法を知っているようだね。知っていて、なお挑んでくるとは、君たちは馬鹿なのかな?」


「あなたの魔法の弱点は、私の師匠が看破しました。あなたは戦う前から負けているのです」



 ナイトの魔法の効果はクイーンからすでに聞いている。コウはその魔法の性質を調べ、対処法をシャーロットに教えていたのだ。


 ナイトは少々イラッ、とした。ナイトの能力を知り、畏怖しなかったものはいない。クイーンやキングですら、一目を置いたのだ。その魔法を侮辱されるなど、あってはならないことだった。



「僕の魔法は時の魔法。時を止める魔法だぞ。時を止めている間、お前たちは動けない。僕だけの時間だ。これを最強の魔法といわずに何というんだ」


「ですから、その魔法は私の師匠が破っています。すでに時の魔法は最強の魔法ではありません」



 ナイトの苛立ちは最高潮に達した。もはや話しているのも馬鹿馬鹿しい。早くこいつらに時の魔法の恐ろしさを見せてやりたかった。



「そこまでいうなら破ってみろ。僕の時の魔法を!」


「いわれるまでもありません。右近さん、メアリー」



 右近とメアリーは同時に頷く。すでに作戦は理解している。



「時を稼いでください」



 ナイトは一瞬、動きが止まる。あまりにも馬鹿馬鹿しい作戦に思考が停止したのだ。



「僕から、時を稼ぐだって? 時の魔法を使う僕から?」


「それが、時の魔法の弱点です」



 シャーロットの自信は揺らがない。コウの言ったことは絶対だ。失敗するはずがない、という信頼感がそこにあった。



「できるものなら、やってみろよ! タイム・ストップ」



 一瞬にしてナイトの姿が消えた。右近は身構えたが、すでに右近の視界の中にナイトはいない。



「遅いよ、おじさん」



 右近の後ろから声がした。振り返ると、そこにはレイピアをクルクルまわして遊んでいるナイトがいた。



「左腕、もらったよ」


「なっ!?」



 右近の白骨化した左腕はいつの間にかナイトの足元にあった。時を止め、右近の左腕を斬りおとしたのだろう。いくら右近でも防げるものではなかった。



「これを、時を稼ぐだけで防げるっていうのかい?」


「まだですわ。いって、私の木偶人形」



 今度はメアリーが動く。剣を持った五体の人形を動かし、ナイトを取り囲んだ。



「あなたには憎んでも憎みきれないほどの恨みがあります。わたくしの手で、葬ってあげますわ」


「……? 何のことだ」


「あなたに殺されたブロンのことですわ。わたくしはブロンの姉です。ブロンの恨み、今ここで晴らしてあげますわよ」



 五体の木偶人形は一斉にナイトに襲い掛かった。しかし、次の瞬間には五体の人形が木片となって地上から消えていた。



「な、何ですの!?」



 木片になった人形たちの上にナイトが立っていた。時を止め、全ての人形を斬り刻んだのだ。



「ブロン? そんな奴は知らないよ。逆恨みは止して欲しいな」



 ナイトの態度は飄々としていた。随分と余裕がある。時の魔法に絶対的な信頼を寄せているのだ。



「これなら、どうでござるか!」



 右近がナイトに襲い掛かる。刀を鞘に納め、高速の抜刀術でしとめようとしていた。


 右近の刀が一閃した。瞬間的にはナイトの首が飛んだように見えた。しかし、それは残像でしかなかった。



「これが最強と言われたクイーンの親衛隊の力なの? がっかりだよ」



 またしてもナイトは右近の後ろにいた。しかも、今度は刀を持っていた右腕を斬りおとしている。



「これで刀は使えないね。もう降参したら? 今降参したら死ぬまで奴隷ってことで許してあげるよ」


「そんなの、死んだほうがましですわ」



 メアリーは馬鹿の一つ覚えのように人形を出現させる。これにはナイトも飽き飽きしてきたようだ。



「つまらないな」



 人形はまたしても木片に変わる。メアリーたちの行動はまるで意味のないものに見えた。



「シャーロット、まだですの?」


「もう少しのはずです。もう少し時を稼いでください」



 時を稼げ、と言っているが、シャーロットは戦闘を見守るだけで何もしていない。これでは無為に時を過ごしているようにしか見えなかった。



「もう飽きてきたよ。そろそろ終わりにしようかな」



 ナイトはレイピアをクルクル回してシャーロットに近づく。殺すなら、時の魔法を馬鹿にしたシャーロットから殺そうと決めていた。



(間に合わなかった?)



 シャーロットの顔から血の気が引いていった。あれだけの事を言っておいて、何もできなかったというのか。



「これで終わりだよ。タイム・スト……」



 ナイトが時の魔法を使おうとした瞬間、その時は訪れた。



「ぐっ!」



 ナイトは胸を押さえ、急に苦しみだした。レイピアは手から離れ、まともに立つことすらできない。



「きました!」



 シャーロットの顔は笑顔に変わる。待ち望んだ時が、今来たのだ。



「こ、これは、どういうことだ。なぜ、僕は膝をついている」



 ナイトは朦朧とする意識の中、シャーロットを見る。その姿は先ほどまでの余裕のある姿ではなかった。



「答えは、この霧にあります」



 ナイトはゆっくりとあたりを見渡した。確かにうっすらと霧がかかっている。しかし、戦闘の邪魔になるほどではない。変哲もない霧に見えた。



「あなたはブロンの事を知らない、と言っていましたわよね。でも、そのブロンが何の魔法を使っていたかは覚えておくべきでしたわ」



 メアリーの言葉にナイトは記憶をたどり、ブロンという単語を探した。そして、フランメ奪還作戦のときに王都から連れてきた子供である事を思い出した。



「確か、あのガキの魔法は……」


「そう、毒の魔法ですわ」



 メアリーは右手に埋め込まれたブロンの魔石を見せる。その緑色の魔石は霧の中でも輝いていた。



「だが、なぜ毒の霧の中で平然としていられる。おじさんや金髪はともかく、眼帯女は毒に耐性がないはずだ」


「私だって毒の霧を吸っています。ただ、あなたよりも毒の霧を吸っている時間が短いってだけです」


「何を言っている。霧が出だした時にはお前も一緒に……。まさか!」


「気づいたようですね。時を稼ぐという意味。それは、私たちの時を稼いでいたのではありません。あなたの時を稼いでいたのです」



 ナイトが時間を止めている間、シャーロットは呼吸をしていない。毒の霧を吸い込むこともないだろう。


 しかし、ナイトは違う。時を止めている間に毒を吸い込み、毒は体内を回っていたのである。



「時を止めれば止めるほど、あなたは毒が回っていく。あなたはどれほどの時を止めましたか? 一分ですか? 五分ですか? その止めた時間だけ、あなたは敗北へと向かっていったのです」



 ナイトは愕然とした。すでに時を止める余力も残っていない。視界は霞み、シャーロットの言葉も耳に入ってこなくなっていた。



「こ、こんな奴らに、僕の最強の魔法が……」



 ナイトは一度立ち上がろうとしたが、すぐに意識を失った。


 メアリーは意識を失ったナイトに近づき、額に埋め込まれていた魔石を砕いた。



「命だけは、助けてあげます。生きて、その罪の重さを知るがいいですわ」



 ナイトの敗北後、フランメはシャーロットたちが占領した。クイーンはすぐにフランメに入り、フランメに残った魔族に声明を発表した。


 フランメに残った魔族はすぐにクイーンに恭順した。


 わずかだがこれでコウたちも兵力を持つことができた。


 大会戦の戦況が、変わろうとしていた。

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