第11話 女装&侵入

 魔族が敗北したその夜、コウたちはドナーの宿屋のテーブルの席に腰を下ろしていた。喋るものはいない。気まずい静寂だけが空間を支配していた。


 そこに、コンコンコン、とドアをノックする音が聞こえた。シャーロットとメアリーがドアの方を向く。コウは腕を組んでうつむいたままだ。



「誰だ」



 ドアが開いた。そこには首のない侍が立っていた。



「いや~! お化けですわ~」



 メアリーが椅子から転げ落ちるようにコウの後ろに隠れる。普段はコウと言い争うことが多いのだが、こういうときだけコウを頼るらしい。



「お化けとは失礼でござるな。拙者でござるよ」



 首なしの侍は手に持っていた首を前に突き出す。その顔は、まさに万永右近の顔であった。



「きたか。しかし、首を落とされているとは驚いた」


「うむ。拙者もここまでされるとは思ってなかったでござる。まあ、不死の体で助かったでござるな」



 右近はかははは、と笑ってテーブルの席についた。メアリーもおずおずとではあるが、先ほどの席に戻っていく。



「な、何でそれで生きていますの? それではお化けとかわりませんわよ」


「酷いことを言うでござるな」



 右近はテーブルの上に置いた顔をメアリーの方に向ける。その動作自体がメアリーに恐怖感を与えていた。



「まあ、無事で良かった。右近を残してきたのは正解だったようだな」


(……無事?)



 シャーロットは右近の姿を見て首を傾げる。とても無事な姿には見えないからだ。



「話を進めよう。今日戦った敵、羽白ユメについてだ」



 皆に緊張が走る。


 今日の出来事でコウとユメが特別な関係だということはわかった。しかし、具体的にどのような関係で、今後はどのように対処していくかは未知数だからだ。


 コウは自分とユメの関係について話した。ユメはコウと同じ世界から来たこと、教師と生徒の間柄だったこと、ユメはコウを好いていたこと、などである。



「事情はわかりましたわ。それで、これからどういたしますの? フランメを一人で落とした英雄はそのユメという女ですわよ」


「……」



 コウは腕を組み、少しうつむく。まだ考えがまとまっていないのだろうか。



「できれば、説得したい」


「できるでしょうか」



 シャーロットが心配そうに言う。今日の様子を見ているととても説得が通じる相手ではない。もう一度説得をしても無駄ではないだろうか。



「今のままでは無理だ。だから、あいつの周辺を調査したいと思う」


「調査、ですか」


「そうだ。ユメは明らかに機械族の誰かの思想を吹き込まれている。それが誰か、そしてどんな思想を吹き込まれたかがわかれば、説得の糸口が見つかるだろう」


「そんなにうまくいくのかしら」


「うまくいかなければ、魔族は敗北する。ユメがいる限り、魔族に勝てる術はないだろう」



 メアリーは黙って横を向く。コウの個人的な感情で作戦を立てられるのは気に食わないが、魔族の利益となっているうちは異を唱えられない、といったところか。


 シャーロットたちは納得した。魔族の勝利のためにもユメを説得する。少なくとも、無力化する必要があった。



「それで、具体的にはどういたしますの?」


「フランメに侵入する」



 メアリーは驚いた。ユメの周辺を調査するためだけに危険を冒すのか。とてもメアリーにできることではない。



「それは、誰が行きますの?」


「お前らに危険なまねはさせられないだろう。俺が行こう」


「き、危険ですよ」



 シャーロットが立ち上がってコウの意見に反対を示した。おとなしいシャーロットにしたら珍しい。



「もともとは俺の生徒が起こした問題だ。なら、教師である俺が責任を取る」


「……教師と生徒はそこまで関係が深いものなのですか?」



 コウは少々黙って考える。そして、コウとシャーロットを順番に指差した。



「俺と、お前みたいなものかな」


「……」



 シャーロットは何も言えない。コウの言う教師と生徒の関係を否定すれば、自分とコウの関係も否定してしまうことになるからだ。


 他に反対するものはいない。



「ならば、決まりだな。俺はフランメに侵入する。期間は十日。それまでに帰ってこなければ、俺は死んだものと思え。後のことはシャーロットに任せる。以上だ」



 コウは立ち上がろうとした。これで今日の会議は終わりなのだろう。



「待ってください」



 そこをシャーロットが引き止める。



「どうした。まだ何かあるのか」


「フランメに侵入するならこれを使ってください」



 シャーロットがポケットから取り出したのは銀の魔石が組み込まれた首飾りだった。随分と機械的な装飾がされている。



「これは?」


「機械族からの鹵獲品ろかくひんです。効果は、肉体変化。自分とは別の人になることができます」


「ほう、スパイ活動にはちょうどいいな」



 鹵獲品とは敵兵から奪い取った物資のことである。鹵獲品を自軍で再利用することはよくあることであった。


 コウは首飾りを受け取り、シャーロットから使い方の説明を聞いた。



「変化するのは肉体だけです。ですので、服装は別に用意しなければなりません」


「それも機械族の鹵獲品から探してみるか。シャーロット、頼む」


「わかりました」



 こうしてコウのフランメ侵入作戦は計画されることとなった。その日はこれで解散となる。


 侵入するにも計画が必要だ。コウが侵入できる、と確信したのは、それから数日後のことだった。




  ###




 フランメの城壁の外側。鉄鋼化作業が進められている場所で、いまだに木製の場所があった。さらに人目につかない場所、そこに一人の女性が立っていた。


 銀色の髪をなびかせ、マフラーで首元を隠している。随分と厚手な格好だ。ただ、眼つきは鷹の目のように鋭い。


 銀髪の女性は左右を確認すると、城壁の一部分を叩いた。すると、城壁はあっさりと外れ、人一人が入れそうな穴が出現した。


 銀髪の女性はその穴を通ってフランメの中に入る。その動きは随分と機敏だ。


 中に入ると辺りを確認した。人はいない。すぐさま侵入経路である穴を塞いだ。


 銀髪の女性は歩き出す。露店などが立ち並ぶ人通りが多いところまできたが、誰も彼女を気に止めるものはいないようだ。



(まったく、シャーロットの奴。何で変身できる姿が女の体なんだ)



 銀髪の女性の表情が少々曇る。


 そう、彼女こそコウが変装した姿、名前はイリスと名乗るつもりのようだ。


 イリスは旅の行商人として行動するつもりだ。商いをしていれば情報を集めやすい。そのためにドナーから大量の鹵獲品を持ってきている。もちろん、シャーロットが軍部の倉庫から盗んだものなのだが。


 大量の鹵獲品はイリスが腰に下げている小さな袋に全て入っている。小さな袋には魔石が埋め込まれており、中は四次元になっているようだ。機械族が発明した道具の一つである。



(さて、どうするかな。ユメが簡単に見つかるとは思えないが、まずは商いをしながら情報収集を……)



 ドンッ。


 イリスが左右を見回しながら歩いていると、誰かにぶつかってしまった。周りに注意を集中していたために前方不注意となっていたようだ。


 白兜をかぶった機械族の兵士が振り返る。大柄で、イリス以上に目つきが悪い。



「おい、姉ちゃん。ぶつかっておいて侘びもなしかい」



 イリスは観察しすぎた。すっかり謝ることを失念していたのだ。



「申し訳ございません」



 イリスは慌てず、丁寧に頭を下げた。ここで目立つのは得策ではない。



「誠意ってのが感じられねぇな。謝るのなら、それなりの態度ってのがあるだろう」



 白兜は下卑た笑みを見せる。何を考えているのかわかりやすいだけに、イリスは憤りを感じた。



(古今東西、どこの兵士も占領地では居丈高になるものだ。この世界でもそれは同じか)



 イリスは無視して白兜の横を通り過ぎようとした。


 しかし、白兜はイリスの肩を掴み、無理やり正面を向かせる。



「待てや。無視するってのか?」


「これ以上あなたと話すことはありません。手をどけてください」


「この……!」



 白兜は額に血管を浮き立たせ、口元を引きつらせた。



「調子に乗るなよ、女ぁ!」



 バキッ。


 白兜は容赦なくイリスの顔を殴った。イリスの体は簡単に吹き飛び、露店を破壊しながら倒れ伏した。



(この野郎、騒ぎは起こしたくないっていうのに)



 イリスは顔を押さえながら身を起こす。今ので顔を怪我したらしく、ポタポタと血液が地面に落ちた。


 イリスは立ち上がり、白兜を睨みつける。騒ぎを駆けつけ、辺りには人だかりができていた。



「何だ、その目は。まだ殴られ足りないのか?」



 白兜はイリスに近づく。こうなったら徹底的にイリスを痛めつけるつもりのようだ。



(仕方がない……)



 イリスは戦う決意をした。騒ぎもここまで大きくなってしまったらどうしようもない。それならば早くケリをつけ、場所を移した方が良いと考えたのだ。


 イリスが拳を構える。その態度に白兜はさらに逆上した。



「いい度胸だ。そのすました顔を泣き顔に変えてやるよ!」



 白兜は突進する。腕を振り上げ、容赦なく撃ちかかろうとした。



「待ちなさい!」



 その時、凛とした声が辺りに響き渡った。皆がその声のした方を振り向く。当然、イリスと白兜もだ。



「かよわい女性に向かって拳を振るう。それが正義の兵士がすることですか」


(……この声!)


「誰だ、貴様は!」



 白兜が大声で叫ぶ。勝負を邪魔されていらだっているのだろう。



「私はユメ。正義の執行者、羽白ユメです」



 イリスの前に現れたその姿は、まさに正義と称して申し分ない姿だった。


 これが、羽白ユメとイリスの出会いである。

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