第10話 再会&決別

 フランメを一人で陥落させた英雄は、コウの生徒、羽白ユメであった。剣をかざし、機械的な装飾を身につけたその姿は、ヒーローと呼ぶのにふさわしかった。


 だが、コウもこのまま見ているわけにはいかない。フランメを落とした英雄がユメだとわかったのなら、観察などよりも先にやることがある。



「右近、出るぞ。ついて来い」


「御意」



 コウは木刀を握り締め、右近とともに森から飛び出す。荒野に一人で立つユメのもとに向かったのだ。



「わ、私もいきます」



 コウの後を追ってシャーロットも飛び出した。戦闘は苦手だが、コウのそばにいたかったのだろう。



「え、ちょっと、わたくしを置いていかないでくださいませ」



 メアリーも皆の後を追う。


 結局、四人ともユメのもとに向かう羽目になってしまったのである。




  ###




 羽白ユメは勝利に酔っていた。悪である魔族を追い払い、正義を執行するこの瞬間こそ生きる実感を得られると思っているのだろう。


 そこに、コウたちが現れた。



「ユメ!」



 ユメは最初呆然とし、その後、はじけるような笑顔になった。



「先生!」



 ユメはコウの胸に抱きつき、涙を流して喜んだ。



「先生、会いたかった」



 ユメはコウの胸に顔をうずめる。しかし、コウはそんなユメを無理やり引き剥がす。



「ユメ、何でお前がここにいる。まさか、お前も誰かにこの世界に連れてこられたのか?」


「お前も、ってことは先生も?」



 コウの表情が歪む。


 何者かは知らないが、コウとユメをこの世界に連れ込んだ人物がいる。そいつがこの事件の黒幕だろう。


 だが、今はそれ以上にしなければならないことがある。ユメを機械族の支配から抜け出させることだ。



「ユメ、なぜお前が機械族の味方をしている。この世界にきただけなら、わざわざ危険なまねをしなくてもいいだろう」



 ユメはポカン、と口を開けて固まった。コウの言っている意味が理解できないのだろうか。



「もしかして、先生、私が無理やり戦わされていると思っていますか?」


「……違うのか?」



 コウの場合は元の世界に帰ることを餌に無理やり魔族側として戦わされている。ユメの場合も同じだと考えても不思議ではない。



「違いますよぉ。私は自らすすんで戦っているんです。魔族という人々を苦しめる悪を滅ぼす。それがこの世界にきた理由なんです」



 今度はコウが呆ける番だ。ユメは明らかに機械族に吹き込まれている。しかも、自覚していないところが厄介だ。



「ユメ、魔族が人々を苦しめているという証拠はあるのか」


「え? 現にこうして戦争が起きているじゃないですか。この戦争は魔族が起こしたものなんですよ。それだけでも魔族が人々を苦しめている証拠になるじゃないですか」


「……」



 どうやらユメの思い込みは深刻らしい。完全に魔族を悪だと思い込んでいるようだ。この思い込みを解くのは容易ではない。



「ユメ、とにかく俺と一緒に来い。俺が元の世界に戻る方法を探す。お前は危険なまねをするな」


「心配してくれているのですか? 大丈夫ですよ。これでも私、ヒーローとして……」


「ふざけるな!」



 コウの大声にユメが慄く。コウの後ろにいたシャーロットたちも同様だ。



「お前、何をやったのかわかっているのか? 人を殺したんだぞ? これ以上戦争に参加するのはやめろ」


「人ではありません。魔族です」


「お前はあれが人じゃないように見えるのか!」



 コウは荒野に倒れている魔族を指差した。丸焦げになり、息をしているかすら怪しい。しかし、その姿は人の形をしていた。


 ユメは数歩、コウから離れる。まさかコウにここまで言われるとは思っていなかったのだろう。



「先生、変です。どうしたんですか……?」


「変なのはお前だ。子供が戦争なんてするものではない」


「子供ではありません! 私はもう十七歳です」


「年齢を重ねれば大人になれると思っている時点で子供だ!」



 ユメはさらに数歩下がる。もはやコウに不信感しか抱いていない。



「先生、おかしいです。こんなの先生じゃない……」



 ユメはコウの後ろにいるシャーロットたちに気がついた。どう見ても機械族ではない。魔族なのである。



「そうですか。わかりました」



 ユメは剣を構えた。コウたちに緊張が走る。



「先生の後ろにいる、その人たちですね。その人たちが先生にわけのわからないことを吹き込んだんですね」


「違う。ユメ、話を……」


「先生は退いていてください!」



 ユメはコウの話を聞かず、地面を蹴った。変身したことで身体能力が上がっているのか、一瞬でコウの横を通り過ぎる。


 剣を振り上げ、今にもシャーロットに振り下ろそうとした。



「ちっ、右近!」


「任せるでござる」



 キンッ、と金属と金属がぶつかる音がした。右近が間一髪のところでユメの剣戟を防いだのだ。


 シャーロットは腰を抜かしたようで、その場に座り込んでしまう。



「退却だ。みんな、ドナーまで走れ」



 メアリーはすぐさま走り出す。すでに異常な雰囲気に居たたまれなくなっていたのだろう。



殿しんがりは任せるでござる」


「頼む」



 コウは腰が抜けて立てなくなっていたシャーロットを担いで走り出す。後に残ったのはユメと右近だけだ。



「退いてください。私は先生を助けたいんです」


「これは、思い込みの激しい女子おなごでござるな。どちらが助けられる存在かわかっていないようでござる」


「何を!」



 ユメは再び剣を振るった。高校では剣道部で次期部長といわれた腕前だ。並の剣筋ではない。


 が、右近にとってはユメの剣技は子供の遊びのようなものなのだろう。あっさりと刀で受け流してしまう。



「悪くはない。しかし、所詮は暴勇の剣でござるな」


「剣が効かない? なら!」



 ユメは大きく後退し、剣を高々と掲げた。



「アイスウィンド!」



 ユメが剣を左右に薙ぐ。すると、目に見えるほどの冷気が右近を襲った。



「これは、魔法でござるか!?」



 右近は冷気から逃げるように動き回った。しかし、風の速さもある冷気から逃げることはできない。


 ついには足を冷気で凍らされ、動けなくなってしまった。



「これなら、どうです!」



 ユメが再び右近に迫る。剣をしっかり握り、右近の体に突き刺そうとした。



「なんの」



 右近は刀を横にし、ユメの突きを受け止めた。尋常な技ではない。神技と言って良いだろう。


 だが、ユメはニヤリ、と笑う。策にはまった、ということだ。



「とどめです。サンダーボルト!」



 剣の先から電撃が発生する。電撃は刀を通り、右近の体に流れ込んだ。



「ぐ、う、ぬ……」



 右近は白目をむき、ついには刀を落として倒れこんだ。


 ユメは右近の首を剣で斬った。



「……先生」



 ユメは呟いた。その視線の先にコウはいない。すでにドナーに向けて退却したのだろう。


 コウは羽白ユメから逃げ出した。現時点ではユメには勝てない。そして、ユメを説得することもできないだろう。



(だが、あきらめるものか。せっかく会えたんだ。ユメも俺の大事な生徒だ。一緒に元の世界に戻ってやる)



 コウは退却中に決意を固めた。


 この日、魔族は敗北した。敗因は、またしても一人の少女だったという。


 羽白ユメという存在は、この世界で大きなものへとなりつつあった。

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