第17話 メアリー&コウ

 フランメの東の台地、そこにメアリーがいた。毒の霧を発生させている張本人だ。


 毒は台地から西の方角へ散布されている。コウたちが立っている場所とは反対側である。


 コウとシャーロットがメアリーと対峙した。必死にメアリーを説得しようとする。



「全ての人間を殺す? そんなことをしても、あなたが苦しむだけです。事を成した後、罪悪感で押しつぶされてしまいます」


「シャーロット、あなたに何がわかるのですの? わたくしは後悔などしませんわ。機械族を殺し、魔族を殺し、そして最後にわたくしも死ぬのです。そうすればみんな一緒。ブロンも寂しくありませんわ」



 メアリーの思想は殉教者のそれに似ている。その身を捧げ、目的を達成しようとするその姿はまさに狂気じみていた。



「メアリー……」



 コウが鋭い眼つきでメアリーを睨む。その表情からはメアリーを助けたいのか、殺してしまいたいのかはわからない。



「コウ、あなたもわたしを説得しようとしていますの? でしたら……」


「違う」



 コウは間髪いれずに言い放った。言われたメアリーも驚きながら口をつむぐ。



「今のお前に何を言っても無駄だ。まずは、お前を拘束する」


「できるかしら」


「やってみるさ」



 コウは木刀を構えた。これならばメアリーを殺してしまう心配も少ない。


 シャーロットもコウに倣って短剣を取り出す。


 まずはメアリーの動きを止める。それで意見が一致したらしい。



「無駄なことですわ。あなたたちはわたくしの力を見くびっています」



 メアリーはポケットから人形たちを取り出す。地面にばら撒き、五体の木偶人形が現れた。


 木偶人形の手には剣が握られている。本気でコウたちを殺すつもりのようだ。



「この人形たちの攻撃を避け切れるかしら? 五体くらいならバラバラに動かせますわよ」



 人形は一列に並び、それぞれが複雑な動きをした。どの人形も一筋縄ではいかなそうだ。



「し、師匠。どうしますか?」


「……」



 コウは黙って考えた。人形がそれぞれ複雑な動きをし、メアリーを守りながら攻撃してくる。その動きを完璧に把握することは不可能だろう。



「ならば……」



 コウはシャーロットに目配せをした。右手で次々と数字を作っていく。その数字自体がコウとシャーロットにしかわからない暗号となっているのだ。



(いつも俺のそばで見ていたお前ならわかるだろう)



 シャーロットは一瞬、不安そうな顔をしたが、大きく頷いた。どうやらコウの意図がわかったようだ。



「話し合いは終わったかしら? ならこちらから行きますわよ!」



 メアリーが手を前に出す。それと同時に人形たちがコウとシャーロットに襲い掛かった。



「シャーロット、退け!」


「はい」



 シャーロットは突如として撤退を始めた。後姿を見せた、なりふり構わない姿である。


 人形たちはシャーロットを追おうとする。しかし、コウがそれを遮った。



「お前たちの相手は、俺一人で十分だ」



 コウは木刀を薙ぎ払い、先頭の人形の頭を砕く。


 元の世界では剣道部の顧問をやっていたほどの腕だ。並の剣戟ではない。



「まだですわ」



 残りの四体の人形がコウを取り囲む。倒された人形もすぐに起き上がってきた。人形なので、頭が砕かれたくらいでは動きは止まらないらしい。



「ちっ、厄介な」



 コウは完全に包囲される前に逃げ出した。メアリーからはどんどんと離れていく。



「どうしましたの? それではわたくしは倒せませんわよ」



 メアリーは勝ちを確信したのか、余裕の表情で笑っている。心なしか、霧の量も増えてきているように見えた。


 コウとメアリーの距離は十分に離れた。接近戦しかできないコウにとっては絶望的な距離だろう。


 メアリーからしたらこのまま距離をとり、人形を使ってなぶり殺しにすれば良い。一人に対して五体の人形を使っているのだ。負けるはずがなかった。


 しかし、メアリーは気づいていなかった。コウの目は死んでいないことに。それどころか、ギラギラと輝いているようにも見えた。まるで狩りのチャンスをうかがっている獣ようだ。



「距離は、十分」



 コウは人形たちの剣戟を切り払いながら笑った。術にはまったのは、メアリーの方だった。



「シャーロット、今だ!」



 草花に溜まっていた水滴の中に耳が浮かんでいる。その耳がコウの言葉に反応した。


 次の瞬間、メアリーの目の前に腕が出現した。その手には何かを握っている。



「何で、手が……」



 昨晩の天気は雨だった。この台地にも大量の雨が降り注いだのだろう。ところどころに大きな水溜りができている。もちろん、メアリーの足元にもだ。


 出現した手はメアリーに向かって襲い掛かった。メアリーは怯まず、その手に噛み付こうとした。



「わたくしを、舐めないことですわ!」



 バッ、と手が開いた。その中からは大量の砂が現れた。砂はメアリーの目に入り、視界を奪う。


 メアリーの視界が奪われると、コウを襲っていた人形たちの動きが鈍くなった。


 人形の操作は視認で行われている。メアリーが人形の姿を確認できなければ、人形を上手に動かすことはできないのだ。


 コウはその隙を見逃さない。人形たちの間をすり抜け、メアリーへと突き進んでいった。もはや人形たちの防御陣はない。



「ま、まずいですわ。新しい人形を出さないと」



 メアリーは新しい人形を出そうとする。しかし、目潰しで苦しんでいるときに盗まれたのか、ポケットには人形が入っていなかった。



「な、何でないんですの!? 人形、わたくしの人形……」



 メアリーは這いつくばって人形を探した。視界を奪われ、手探りで人形を探す。その間にコウはメアリーへと迫ってきていた。



「あ、ありましたわ!」



 奇跡的に、人形が一つ落ちていた。人形をポケットから取り出したときに落としたのだろう。メアリーからしたら僥倖ぎょうこうといえた。



「わたくしを守って、木偶人形!」



 最後の人形はコウの目の前に出現した。剣を持ち、コウの突進に構えている。


 この間にメアリーの視界も少し戻ってきていた。一体の人形を動かすくらいなら問題ないだろう。



「これで最後ですわ、コウ!」


「それは、お前の方だ!」



 人形の剣はコウの肩へと突き刺さった。だが、コウの突進は止まらない。肩から血を噴出し、痛みに耐えながら木刀を振り下ろした。



「寝てろぉ!」



 木刀はメアリーの後頭部を直撃した。メアリーは倒れ伏し、一撃で意識を刈り取った。


 メアリーから出ていた毒の霧は消え、人形たちも活動を停止した。


 完全にコウたちの勝利である。



「……話は、戻ってから聞こうか」



 コウはメアリーを背負い、台地を下りていく。


 フランメの方からは悲鳴と歓声が聞こえてきた。どうやら魔族がこの機会にフランメを奪還したらしい。ナイトらしい、抜け目のないやり方だ。


 この事件の結果、コウの名前は機械族の間で有名になった。毒を使って村を壊滅させた悪魔、として。


 メアリーはもともとコウの指示に従っていた。今回もコウの指示で毒をばら撒いたと思われたのだろう。


 決定的だったのは、コウが台地にいると知っていたユメの発言だ。


 コウの悪名は、ここから広まっていった。

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