第16話 ユメ&右近

「自己紹介が遅れたでござるな。拙者は万永右近まんえいうこん。コウ殿の……友人みたいなものでござるな」



 右近の口元が歪む。相変わらず人を食ったような笑顔だ。



「自己紹介なんて必要ありません。今すぐそこを退いてください」


「ふむ、それはなぜでござるか?」


「毒の霧を止めるためです。この霧は明らかに人為的に発生させています。魔族がやっているに決まっています」



 多少感情的な推論が混ざっているが、ユメの想像は正しい。魔族がこの霧を発生させている以上、ユメの感情は魔族を憎悪する方へと向かう。



「もしかしたら、私たちと魔族は分かり合えるかもしれないと思いました。しかし、このような非道な行いをする種族が私たちと分かり合えるはずがありません」


「どうするつもりでござる」


「正義の名の下に、霧を発生さている魔族を抹殺します」



 ユメは剣を右近に突きつけた。邪魔するならば右近も殺す、という意気込みが感じられる。



「ふっ、話が通じる相手ではござらぬな」


 右近も刀を正眼に構える。



「正義とは恐ろしいものでござる。人間は正義を語れば何をしても良いと錯覚する。それが、人を殺すような残虐な行為だとしても」


「その言い分、私が正義ではない、と言っているように聞こえますね」


「そうは言ってないでござるよ。ただ、おぬしが正義なら、正義に反抗する拙者たちは何になるのか」


「悪です」



 ユメははっきりと答える。ユメの中には正義と悪しかない。完全な二元論だ。はっきりしているだけに、その理論は凶暴である。



「悪でござるか。ならば……」



 右近は腰を落とし、眼つきが鋭いものに変わった。



「悪には悪の意地がござる。いざ!」



 右近が飛び出した。一気にユメとの距離を縮め、懐にもぐりこむ。



「くっ」



 ユメはバックステップで距離をとろうとするが、右近の速度についていけない。易々と右近の攻撃範囲に入った。


 右近の刀が横に薙がれた。それをユメの剣がギリギリのところで受け止める。



「ぐっ、サンダー……ボルト!」



 ユメの剣から電撃が発生する。しかし、その頃には右近はユメから離れている。先日の戦いでユメと接近しすぎては危険だと学んだようだ。



「ならば、動きを止めるまでです。アイスウィンド!」



 視認できるほどの冷気が右近を襲う。今回も動き回って避けようとするが、回避できる速度ではなかった。


 ついには右近の左足が氷漬けにされ、動きを封じ込められた。



「これなら、逃げられませんね。燃やしつくしてあげます」



 ユメは剣をひきつけ、そして右近に向かって突き出した。



「ファイアショット!」



 炎の弾丸が右近を襲う。首を落としてダメなら、今度は丸焼けにしようという魂胆か。



「不死の肉体は、こういう使い方もあるでござる」



 右近は氷漬けにされている左足を根元から斬りおとした。右近は片足で飛び跳ね、炎の弾丸を避ける。


 右近の顔がやや苦痛に歪む。不死とはいっても痛覚はあるようだ。足を斬りおとすなど、尋常な痛みではないはずである。



「しかし、これで移動力は半減ですね。この大技が避けられますか?」



 ユメは剣を下から上に突き上げる。周りに熱気が集まり、温度が急上昇してゆく。



「これでとどめです。フレイムウォール!」



 炎の壁が右近に向かって迫ってくる。魔族の大軍を壊滅させた技だ。本来なら大人数用の大技だが、万全を期すために使ったのだろう。



「これは、さすがに避け……」



 右近は胸を両手で隠しながら炎に焼かれた。その様子にユメは勝利を確信する。


 念のため、数分間様子を見た。丸焦げになった右近は動く気配がない。今度こそやっつけた、そう思った。



「先を、急がないと」



 ユメは振り返り、台地の方を見た。あの上に毒の霧を発生させている魔族がいるはずだ。コウもそこにいる。そこまでもう少しである。



「……!」



 ユメに悪寒が走った。身体能力の全てを使い、迫り来る危機に対処した。


 バキッ。


 ユメが装着していたヘッドフォンのような装飾が破壊された。目の前には黒焦げになりながら立ち上がってきた右近の姿があった。


 ユメは転がりながら距離をとる。接近戦で右近には勝てない。しかし、ここまで痛めつけても勝負がつかない相手に、これ以上どうすれば良いのか。



「あなた、なぜそこまで……」



 痛みはあるはずだ、苦しいはずだ。しかし、それでも右近は立ち上がってくる。痛みに耐え、苦しみながらユメと対峙するのをやめない。



「なぜか、でござるか」



 右近は呼吸を荒くしながら考える。すでに不死の回復量より与えられているダメージの方が大きいのだろう。



「ユメ殿は、コウ殿が好きなのでござろう」



 ユメは一瞬、ポカン、としてしまう。戦いの最中に恋愛の話などされるとは思わなかった。



「い、今、そのことは関係ないはずです」



 ユメの顔は真っ赤に染まる。自分からコウのことが好きだというのは問題ないが、誰かに言われるのは恥ずかしいようだ。



「関係は、あるでござるよ」



 右近は刀をユメに向け、ニヤリと笑う。



「女が男に惚れた場合、女は体を捧げるものでござる。身を尽くし、子供を生んで男の気を引こうとする」


「……?」



 ユメには右近が何を言おうとしているのかわからない。ただ、黙って右近の言葉に耳を傾けた。



「しかし、男が男に惚れた場合は別でござる。男が捧げるものは、己の命でござる。己の人生を捧げるでござるよ」



 右近は刀を鞘に納めた。そのまま腰を落とし、ユメに向かって突き進む気配を見せる。



「それは危険な思想でござるが、とても甘美な思想でもござる。拙者も、コウ殿に命を預けたくなった。理由はそれだけでござる!」



 右近は片足でユメに突進した。刀は鞘に納まっている。抜刀術で仕留めようとしているのか。



「私だって、命くらい!」



 ユメも右近に向かって走り出す。


 二人が中央で衝突する。激しい金属音がした後、そのままの勢いですれ違った。



「……」


「……」



 一瞬の静寂が訪れた。ユメも右近も、剣と刀を振りぬいた態勢のまま固まっている。



「なんで、正義が……」



 ユメは足元から崩れ落ちた。体を守っているメタリックな装飾に大きな傷がついている。体が真っ二つになることは防いだようだが、ダメージは体の内部まで到達したようだ。意識を刈り取るのに十分なほどに。


 ユメは倒れた。右近は振り向き、刀を納める。



「男の意地と、女の意地は違うでござる」



 そう言うと、右近も地面に倒れ伏した。体力の限界が来たのだろう。死ぬことはないが、回復にはしばらく時間がかかる。


 当分の間、二人が目を覚ますことはないだろう。

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