異世界戦記『ヒーロー&ヴィラン』
前田薫八
第1話 現実世界&異世界
「ははは、これでこの世界は俺のものだ。逆らう奴など一人もいない。俺が世界の支配者なのだ」
薄暗い城の中、一人の男が笑っていた。この世の全てを手に入れた、そんな気分が伝わってくる笑いだった。
「そうはさせません」
「誰だ」
男の前に現れたのは一人の女性であった。両手で剣を持ち、長い髪をなびかせている。
「正義の、ヒーローです」
「ヒーローだと?」
男は剣を取り出し、ゆっくりと女性のもとへと近づいていく。
「ヒーローが俺に、何の用だ」
「悪の王であるあなたを、倒しにきました」
「お前のような小娘が、か?」
男はククク、と笑う。こんな小娘に負けるはずがない、という自信が満ち溢れていた。
「おもしろいじゃないか。それならば、少し相手をしてやろう」
男は剣をクルクルと回し、それからまっすぐ女性を見た。
「いくぞ!」
男は一気に女性との距離を詰め、剣を突き出した。しかし、女性はその剣をあっさりとかわし、逆に女性の剣が男の頬を斬る。
そこから二人の攻防が始まった。互いが斬り、かわし、防ぐ。何度も剣戟の音が城の中に鳴り響いた。
「なかなかやるじゃないか。だが、お前の力はその程度か、ヒーローってのはその程度の力なのか」
「私は、みんなのヒーローです。悪を滅ぼす、正義の味方なんです」
「その正義の力を、悪の俺に見せてみろよ!」
二人は同時に走り出した。剣と剣がぶつかった音がした。二つの影が交差する。
次の瞬間、男が目を見開き、胸を押さえて苦しみだした。
「ぐぐぐ、まさか、悪の王であるこの俺が……」
男が胸から血を流して跪く。その様子を女性が見下ろしていた。
「当然です。正義は、ヒーローは必ず勝つのです」
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「むにゃむにゃ、ひーろーは、必ずぅ、勝つのでしゅぅ……はっ!」
ガバッ、と女性がベッドから跳ね起きる。急いで窓の外を見た。カーテンを開けると山間から朝日が昇ってくる瞬間が見えた。
「ま、まずいです。早くしないと先生が来てしまいます」
女性は先ほど見ていた夢の内容など忘れ、すぐ学校指定の白い制服に着替えだした。こんなにも朝早くから人に会うようだ。
着替え終わると一階へと降りていく。バタバタという足音が家中に響いた。
「先生、待っていてください」
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竜造寺コウという男がいた。歳は二十八歳。職業は高校教師。教え方は大雑把だが、生徒には人気があった。
コウの住む岡崎町には自然が多い。四方が山で囲まれているためか、空気が美味しかった。
その自然の多い岡崎町に、一つの古ぼけた神社があった。羽白神社。昔からある神社のようだが、コウはどのような神様を祭っているのか知らない。
コウは毎朝、この羽白神社に来ている。
別に信心深いわけではない。健康のためにはじめた早朝ランニングの目的地を羽白神社にしただけなのだ。
初夏のある日、今日もコウは羽白神社でランニングの汗をぬぐっていた。
「先生、今日も早いですね」
コウのすぐ後ろから女の子の声が聞こえた。コウはすぐさま声のしたほうを振り向く。
「ユメか」
コウは声の正体がわかると興味を失ったようにタオルで汗を拭く作業に戻った。
彼女の名前は羽白ユメ。髪は長く、腰まである。何かの運動をしているらしく、すらりとした体が特徴的でもあった。
ユメはこの羽白神社の神主の娘であり、コウの生徒でもある。
「もう、先生、つれないなぁ。ちょっとは将来の奥さんに愛想を見せてもいいんじゃないですか?」
「いつからお前が俺の将来の奥さんになった」
「昔から」
「それは初耳だ」
「いや、少なくとも高校一年の夏休み前には言ったことがあるはずなんですけど……」
現在、ユメは高校二年生である。つまり、一年前にはすでにユメの求婚活動は始まっていたということだ。
コウはユメの求愛行動を受け流している。教師と生徒の恋愛は御法度だ。コウにも常識レベルの倫理観はあった。
「今度の日曜日にデートに行きませんか? 確か、先生も日曜日は部活動ありませんよね」
「個人的に学校外で生徒に会うことは禁止されている。第一、この辺でデートができるところなんてないだろう」
「岡崎デパートの屋上があります」
岡崎デパートとは岡崎町唯一のデパートだ。家族連れは多いが、恋人同士で行くようなところではない。
「ちなみに、その岡崎デパートの屋上では何があるんだ?」
「カブトライダーのヒーローショーがあります!」
ユメは自信満々に拳を構えた。コウはユメから視線をずらし、大きくため息をつく。
ユメには趣味があった。それはヒーローが好きだという、女の子にしては変わった趣味だ。
子供の頃からヒーローが好きで、近所の男の子と混じってよくヒーローごっこをやっていた。
ユメがコウを好きになった理由も、
「先生は私のヒーローだからです!」
というわけのわからない理由だ。
コウはユメのこの趣味を好ましくもあり、心配でもあった。
(こいつ、将来彼氏ができたらデートでヒーローショーに連れて行くのか。これはこいつの彼氏になるやつは大変だ)
まるで他人事のようにユメの将来の彼氏の心配をする。その将来の彼氏に自分がなることなど微塵も考えていないようだ。
「まあ、いい。今日も朝練があるぞ。遅れるなよ」
コウはそういうとユメを置いて走り出した。コウは剣道部の顧問もしている。ユメも剣道部の次期部長候補として活躍中だ。
「え、先生、デートは?」
「無理」
コウはユメに背中を向けながら去っていく。ユメはその姿を呆然と見つめるしかなかった。
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その日、事件が起きた。ユメが学校に来なかったのだ。連絡もない。無断欠席である。
(親からも、連絡がない)
異常と言っていいだろう。
コウは胸騒ぎがした。朝見たユメの笑顔が頭の中で思い出される。
「……行くか」
コウは再び羽白神社に来た。今度は日も落ちた夕暮れ時である。神社は夕焼けに染まり、人の気配を感じさせない、不気味な雰囲気があった。
黒いスーツ姿のコウが羽白神社の周りを調べる。
一通り調べたが、ユメと、ユメの家族がいる様子はない。朝とはまったく違った神社がそこにはあった。
(……念のため、社殿の中も覗いてみるか)
コウは賽銭箱をまたぎ、社殿の奥をのぞき見る。そこには神々しいご神体が祭られている、そう思った。
「なっ!?」
コウが社殿を覗き込もうとした瞬間、社殿の扉が開き、中から二つの手が伸びてきた。その手はコウを掴むと、漆黒の社殿の中に引きずりこもうとする。
コウは賽銭箱に掴みかかった。
「くっ!」
しかし、社殿から伸びる手の引っ張る力は思った以上に強く、コウの手を賽銭箱から引き剥がした。賽銭箱にはコウの爪あとが残る。
社殿から伸びた手がコウを引きずりこむと、扉がひとりでに閉じた。羽白神社には再び静寂が訪れた。
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コウは気を失っていた。土の感触と、風の匂いがする。その自然の感触がコウの目を覚まさせた。
「うっ、ここは……」
コウはあたりを見渡した。そこには見渡す限りの大草原があった。遠くには見たことがない山々が見える。
コウは呆然とした。先ほどまで自分は羽白神社にいたはずだ。岡崎町に自然が多いといっても、人工物が一つもないこの草原は異常といって良いだろう。
さらに、
「太陽が、二つ?」
先ほどまで夕暮れだったのだ。今が昼であるはずがない。しかも、空を見るとそこには双子のように寄り添っている二つの太陽が見えた。
「何だ、この世界は……」
黒いスーツ姿の人間が、大自然の中に取り残されたような景観だった。
竜造寺コウは、異世界へとやってきたのだ。
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