第22話 コウ&ハロルド

 コウはリーン博士を押さえつけ、ナイフを首元に突きつけている。



「貴様、なぜここにいる。外で魔族と一緒に戦っている奴は誰だ!」


「人形。魔法で動く人形を身代わりにたてたんだ」


「人形だと!?」



 ハロルドはモニターを凝視する。確かに体はスーツに覆われ、顔はマフラーとフードで隠れている。さらに今は深夜だ。細かいところまではっきりとは見えない。


 つまり、コウは人形の身代わりをたて、本人は単身で研究室にもぐりこんだのだ。



「警備は、トラップはどうした!」


「ここの見取り図はすでに手元にある。トラップの位置も示した詳細なものがな」


「な!?」



 これはシャーロットの功績といえよう。見取り図は倉庫から盗み、トラップの位置は研究室内に設置されている監視カメラのレンズから探した。レンズも光を反射するからだ。



「貴様、何が目的だ」


「質問、いや、尋問に来た」



 コウのナイフがリーン博士の首元を薄く切る。下手な事をすればリーン博士が危ない事を示唆したのだ。



「第一の問だ。羽白ユメをこの世界に連れてきたのはお前たちか」


「……」



 ハロルドは答えない。口をつぐんで黙ったままだ。


 ザクッ、という肉を裂く音が響いた。



「うわああ!」



 リーン博士が叫び声をあげる。コウに右腕を刺されたのだ。



「博士!」


「答えなければ、この女の体が傷つくだけだぞ」


「くっ」



 ハロルドはコウを睨みつける。



「十秒だ。十秒以内に答えろ。一、二……」



 ハロルドは倒れているリーン博士に視線を送る。リーン博士は懇願するような目で見つめていた。



「……」



 ハロルドは迷った。ここでコウの言いなりになれば次々と要求を呑まされるだろう。ここは何としても最初の要求から拒否しなければならない。



(しかし、今は時間を稼ぐしか……)



 コウのカウントダウンは進む。もはや時間はなかった。



「八、九……」


「わかった。答える。答えるから……」


「十」



 コウのナイフがリーン博士の左腕に突き刺さる。またしても研究室内に悲鳴が響き渡った。



「な、なぜだ。答えると言っただろう」


「本当に答えるつもりなら、答えを最初に言うものだ。答える、などと宣言することに時間稼ぎ以上の意味はない」



 ハロルドの顔は青ざめた。もはやこの男と駆け引きすることは危険だ。下手な事をしてしまえばリーン博士が殺されてしまう。


 そうなれば機械族の技術力は大幅に低下してしまうだろう。つまりは、機械族の敗北である。



「次、十秒だ。一、二……」


「そうだ。我々が羽白ユメを誘拐した」



 ハロルドはもはや観念した。今はリーン博士の命を助けることに専念する。情報などくれてしまえ、とでも思ったのだろう。



「理由は、さっき大声で話していたな。V3システムの実験台か」


「ああ」



 コウは舌打ちをする。こんな奴のためにユメは異世界で戦争に巻き込まれてしまったのか、と思うと怒りが湧き上がってくるのだ。



「次の質問だ。ユメを元の世界に帰す方法はあるのか」



 ユメ自身はイリスに、ない、と言っていた。そのために魔族との戦争に勝ち、魔石を大量に手に入れなければならない。もっとも、ユメは魔族を悪魔、悪の存在だと教えられていることのほうが重要なのだろうが。



「方法はない。装置はあるが、圧倒的に魔石が少ないのだ」


「そうか」



 コウはリーン博士の右足を刺した。もはやリーン博士からはうめき声しか出ない。



「な、なぜ博士を刺す!」


「貴様が嘘をついたからだ。この建物の見取り図は手に入れたといっただろう。地下に大量の魔石が蓄積されている。それでも足りなければ、各地の拠点から運び込めばいい」


「そ、そんな事をすれば我々は魔族との戦争に負けてしまう」


「俺たちの知ったことか。もともと、お前たちが勝手にユメを誘拐したのだろう」



 ハロルドはすでに生気が抜けている。もはやコウの言いなりだ。



「次の問だ。では、俺をこの世界に連れてきたのもお前たちか」


「……? いや、それは知らない。魔族が連れてきたのではないのか?」


「嘘は言っていないな」


「言っていない! 本当だ! 信じてくれ」



 ハロルドは大げさな手振りで潔白を主張する。もはや恥や外聞など気にしていられないのだろう。



(機械族ではない? では、魔族なのか?)



 ユメがこの世界に来た理由はわかったが、コウがこの世界に来た理由はまだわからない。誰の思惑がコウをこの世界に呼び寄せたというのか。



「では最後の問だ」



 最後の問、と聞き、ハロルドの顔に少しだけ血色が戻ってきた。やっとこの地獄から開放されると思ったのだろう。



「量産型V3システムを制御しているコンピュータがあるはずだ。それは、どれだ」


「な!」



 ハロルドは開いた口が塞がらない。せっかく手に入れた量産型V3システムなのだ。しかし、コウに制御装置の場所を教えてしまえば破壊されてしまうだろう。それだけは絶対に避けたかった。



「そ、それは……」



 コウのナイフがリーン博士の左足に突き刺さる。すでにリーン博士は意識を失っていた。血を流しすぎたのだろう。



「躊躇するな。答えなければ、次はこの女の心臓を刺す」


「何!?」


「十秒だ。一、二……」



 カウントダウンが進む。しかし、ハロルドはあまりのことに意識を失う寸前だ。まともな思考が出来ない。



「六、七……」



 ハロルドの表情が固まった。



「八、九……」



 ハロルドの腕がゆっくりと上がる。何かを指差そうとした。



「……十」



 ナイフが振り下ろされる。狙いはリーン博士の心臓だ。


 だが、その時、



「ファイアショット!」



 炎の弾丸がコウの持っていたナイフを弾き飛ばした。コウとハロルドは炎の弾丸が飛んできた方を見る。



「先生、これは一体、どういうことですか!」



 そこにはV3システムで変身したユメがいた。


 威厳に満ちた、ヒーローとしての姿だった。

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