第15話 メアリー&ポイズン
ブロンの遺骸は穴に埋められ、簡易的だが、ブロンの墓がつくられた。
その日は雨が降っていた。
メアリーはブロンの墓の前で呆然とし、その手にはブロンの右手に埋め込まれていた緑色の魔石が握られている。
周りには誰もいない。メアリーに気を使い、墓の前では一人にさせてあげようとしたのだろう。
「ブロン。痛かったですわよね。辛かったですわよね」
メアリーはブロンの墓に抱きつく。墓にはメアリーの涙が落ちていった。
「もう、苦しまなくていいですわよ。安心して眠ってちょうだい」
メアリーはそのまま数十分、ブロンの墓に抱きついていた。そして、急に立ち上がり、まっすぐブロンの墓を見た。
「痛みも、苦しみも、これからはわたくしが背負いますわ」
メアリーは自身の右手の甲を食い破った。メアリーの顔が苦痛に歪む。
右手の甲には大きな穴があいた。その穴にブロンの形見である魔石を埋め込む。
「これで、いつも一緒ですわ」
メアリーの右手からは血が流れ落ちる。ブロンの墓は、メアリーの血を吸い込んでいった。
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ユメは宿屋で考え事をしていた。あの日、イリスに言われたことが頭から離れないのだ。
(魔族と私たち、一体どこが違うのでしょうか)
ユメは魔族の見方が変わってきている。もしかしたら、魔族は自分たちと同じなのではないか、と考え始めたのだ。
それは機械族の博士であるリーンから教えられたことと異なっている。
魔族は悪魔の種族だ。その悪魔たちが我々機械族を襲っている。悪魔である魔族を殲滅しなければ人間に未来はない。
これがリーンから教えられた価値観だった。ユメは疑いもせず、その話を信じた。
(それが、間違いだったのでしょうか?)
ユメはわからない。その答えを知るためにも、もう一度イリスに会いたいと思った。
「探しましょう。もしかしたらまだフランメにいるかもしれません」
ユメは立ち上がった。
その時、外から悲鳴が聞こえてきた。
ユメはすぐに窓から外の様子をうかがう。
「な、なんですか、これは……」
外は禍々しい色の霧に覆われていた。人々は倒れ伏し、まともに外で活動している人はいない。
「これは、魔族の!」
ユメはすぐさま変身して外に飛び出した。変身でユメの身体能力は向上している。解毒能力も向上しているはずだ。多少の毒ならば問題なく活動できるだろう。
「まずは、人々を救出しなければ」
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同時刻、ドナーの宿屋に泊まっていたコウのもとにシャーロットが飛び込んできた。
「師匠、大変です。フランメの村に毒の霧が覆っています。機械族の大半が毒にやられました」
「何!?」
コウはすぐさま立ち上がった。そばにいた右近も刀を片手に立ち上がる。
「メアリーはどこだ」
シャーロットがドナーの村中に設置した鏡からメアリーを探す。しかし、村の中、どこを探してもメアリーの姿は見当たらなかった。
「い、いません」
「ということは、やはり……」
コウは嫌な予感がした。できれば当たって欲しくない予感だ。しかし、確かめないわけにはいかない。
「フランメの東に台地がある。風上にあたる場所だ。そこにメアリーがいないか確かめてくれ」
「はい。しかし、光が反射するものがあるかどうか……」
「台地には花畑があった。そして昨日の天気は雨。おそらく水滴が草花に溜まっているはずだ。見える」
「なるほど、わかりました」
シャーロットは眼帯で隠れている右目に意識を集中させる。フランメの東にある台地に右目を移し、あたりを見回した。
「……! いました。メアリーです」
「何をやっている」
「右手を天にかざし、禍々しい霧を身にまとっています」
「わかった」
コウは確信した。フランメを襲った毒の霧はメアリーが発生させている。このままではフランメは壊滅するだろう。
(それだけではないな)
フランメの先にあるのはコウたちのいるドナーである。風に運ばれれば、毒の霧は魔族のいるドナーにまで到達するだろう。
「メアリーは機械族と魔族、両方に復讐しようとしている、というわけか」
「と、止めましょう」
「ああ」
「当然でござる」
コウたちは宿屋から飛び出した。目指すはフランメの東にある台地である。
毒の霧がドナーに届くまで、時間はなかった。
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「き、きりがありません」
ユメはフランメで毒に倒れた人々の救出作業をしていた。しかし、数が多いために作業がすすまない。こうしている間にも毒で倒れる人が増えていくのだ。
(泣き言は言っていられません。私は正義の執行者です。正義はこんなことでは負けはしません!)
その時である。ユメの作業を手伝うように大量の兵士が現れた。全員がガスマスクを着用している。
「兵士さん!」
白兜の兵士が、
『ここは任せて、あなたは毒の元凶をやっつけてください』
と身振り手振りでユメに伝えた。
「わかりました」
ユメはこの場を兵士に任せて走り出す。おそらく、風向きなどは考えていない。霧の濃い方へと向かっていっているのだろう。
(私が、みんなを救うのです!)
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コウたちは南に迂回し、毒の霧を避けながら進んだ。
途中で分かれ道に出た。一方は台地へと向かう道、もう一方はフランメへと向かう道だ。
「右近、お前はこのままフランメの方へ向かってくれ。シャーロット、お前は俺と一緒に来い」
「御意」
右近は何も訊かずに走り出す。自らが行うことを理解しているのだろう。
「なぜ、右近さんと別れたのですか?」
「この霧の中を進める奴がいるとしたら二人。不死の肉体を持つ右近と、超人的な能力を持つユメだ。ユメはこの霧を魔族の仕業だと思うだろう。ユメが先に東の台地に着き、メアリーと会ったら……、メアリーは殺される」
「つまり、足止め」
コウは頷く。ユメを止められるとしたら右近だけだ。
その不死の肉体に毒は無意味。剣術もユメに勝っているだろう。唯一、魔法の点でユメに遅れを取っている。そこを克服すれば、ユメと対等以上の戦いができるはずだ。
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コウとシャーロットは再び走り出す。そのままフランメの東にある台地に到着した。
台地に広がる花畑。そこに、メアリーがいた。
「メアリー」
メアリーがコウたちに気がつく。しかし、その顔に生気がない。まるで人形のように、ただ呆然とコウたちを見ているだけだ。
「メアリー、こんなことはやめてください。こんなことをしても、ブロンは帰ってこないです」
「別に、帰ってきて欲しいわけではないですわ」
メアリーが抑揚のない声で答える。
「なら、復讐ですか? 機械族に復讐するためにこんなことを」
「機械族?」
メアリーが自嘲気味に笑う。それだけではない、ということなのだろう。
「機械族だけではありませんわ。ブロンを死地に追いやった魔族も。いえ、ブロンのいないこの世界など、全ての人間がいなくなればいいのですわ」
メアリーの瞳は狂っていた。もはや正気ではない。
メアリーを動かしているのは、一種の狂気であった。
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「……どうして、あなたがここにいるのですか? あなたは私が殺したはずです」
「拙者はあのくらいでは死なないでござるよ。拙者は、不死身でござる」
フランメから台地へ向かう途中、ユメは右近と出会った。その衝撃はある意味、フランメが毒の霧に覆われたときよりも大きい。
「あなたが邪魔をするということは、この先に……」
「左様、コウ殿がいるでござる」
ユメは剣を構えた。右近も抜刀する。
正義を称する
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